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平戸市役所

 平戸市は、九州の西、長崎県の北西端に位置し、平戸島、生月島、大島、度島、高島の有人島及び九州本土北西部の沿岸部に位置する田平と周辺の多数の島々で構成されています。  古くから海外貿易が盛んに行われ、中国や朝鮮と深いつながりをもち、奈良、平安時代には遣唐使船の寄港地として、多くの若者が夢とロマンを胸に往来していました。また、1550年にはポルトガル船が入港して貿易がはじまり、これを契機に栄えて「西の都」と呼ばれ、オランダやイギリスなどヨーロッパの国々の船が行きかう国際貿易港となりました。  現在、平戸市では私たちの郷土に誇りをもち、「夢あふれる 未来のまち 平戸」を未来像として掲げ、市民の誰もがずっと住みたいと思えるまちづくりに挑んでいます。平戸市ではこのようなまちづくりに一緒に取り組んでくれる職員を募集しています。

幼い日の恩返しを、愛する地元・平戸で。命を繋ぎ、街の安全を守る消防士の誇りと素顔

平戸市役所

2026/02/13

「あの時助けてくれた人のようになりたい」。幼い頃、交通事故で救急車に運ばれた経験が、一人の少年の運命を決めました。


長崎県平戸市。美しい海と緑に囲まれたこの街で、消防吏員として市民の命と安全を守り続けているのが、平戸市消防の永田さんです。
一度は街を離れたからこそ気づけた地元の温かさ、そして「命を救う」という究極の使命に向き合う日々の葛藤と喜び。


今回は、平戸への深い愛と、消防の仕事に懸ける永田さんの情熱に迫ります。

 

 


 

「救急車に運ばれたあの日」から始まった、消防士への道

ーまずは、永田さんが消防士を目指したきっかけから教えてください。

 

永田:私が消防士を志した原点は、かなり幼い頃にあります。

小学校に入るか入らないかという時期に、実は交通事故に遭いまして、救急車で運んでもらった経験があるんです。

 

当時の記憶は断片的ですが、不安な中で救急隊員の方が優しく接してくれたこと、そして無事に病院へ届けてもらったことへの感謝は、幼心に強く刻まれていました。

 

 

ーその時の経験が、ずっと心に残っていたのですね。

 

永田:はい。その後、中学2年生の時に平戸市消防本部での職場体験に参加する機会がありました。

そこで実際に訓練に励む消防士の姿を間近で見た時、幼い日の記憶が「あ、これだったんだ」と、今の自分と繋がった感覚があったんです。

 

火災現場や救助に向かう消防士たちの姿が純粋にかっこよく見えて、「自分もこの人たちのようになりたい」と強く憧れるようになりました。

 

 

ーそこから一度もブレることなく、消防士を目指されたのですか?

 

永田:そうですね。高校は佐世保の学校に通い、自動車工学科で学んでいましたが、頭の片隅には常に消防士への道がありました。

 

高校卒業が近づくにつれ、「やはり地元である平戸で、消防士として働きたい」という思いが固まっていきました。

 

平戸の親しみやすい雰囲気、温かい人々、そして豊かな自然。自分が育ったこの街のために働きたいと考え、他の自治体ではなく、平戸市消防一本に絞って受験を決めました。

インタビュー風景

挫折を乗り越え、同期と切磋琢磨した消防学校時代

ー採用試験から合格までの道のりは、いかがでしたか?

 

永田:実は一度、現役の時に落ちてしまったのですが、どうしても諦めきれなかったので、高校卒業後は専門学校で1年間、猛勉強して再チャレンジしました。

 

二次試験の体力試験では、腕立て伏せや1500メートル走などがあるのですが、当時は筆記対策に全振りしていたせいで運動不足によるブランクがあって(笑)。

「これ、やばいな」とかなり焦りましたが、執念で合格を掴み取ることができました。

 

 

ー合格後、消防学校での半年間はかなり過酷だったと伺いました。

 

永田:長崎県内から集まった47人の同期との全寮制生活でしたが、ここは本当に人生で一番きつい時期でしたね(笑)。

 

教官の指導は非常に厳しく、「本当にやっていけるのか?」と思うぐらい実技訓練は大変でしたが、同じ苦しみを共有している仲間の存在が支えでした。

 

同期と励まし合い、一つの目標に向かっていく中で築いた絆は、今でも私の大きな財産です。同じ釜の飯を食べ、共に泥にまみれた仲間がいたからこそ、今の自分があると確信しています。

 

 

ー学校を卒業し、いよいよ現場へ配属された時の心境はいかがでしたか?

 

永田:最初は本署に配属されましたが、毎日が緊張の連続でした。消防学校で学んだことはあくまで基礎。実際の現場には特有のスピード感や判断基準があります。

 

また本署は、本部の事務作業と現場出動を兼務するスタイルなので、覚えることが山積みでした。

最初はとにかく先輩の背中を必死に追いかけ、現場の空気に慣れることに全力を注いでいました。

消防学校での訓練の様子
消防学校での訓練の様子

24時間体制で街を守る、平戸市消防のリアルな現場

ー現在はどちらに所属し、どのような業務を担当されているのですか?

 

永田:現在は中津良出張所に勤務し、救急・救助活動や火災発生時の現場活動を行っています。

また、現場への出動以外にも、「予防査察」という重要な業務を担っています。建物に立ち入り、消防設備が適切か、避難経路は確保されているかを確認する仕事です。

 

印象的な救助シーンだけでなく、消火栓の点検や避難指導といった地道な活動の積み重ねが平戸の平和を守っているのだと、現場に出て改めて実感しています。

 

 

ー消防士の24時間勤務は、具体的にどのようなスケジュールで動いているのですか?

 

永田:朝8時30分の交代から始まり、まずは車両や資器材の点検です。午前は主に事務作業、午後は訓練や立ち入り検査、水利点検や地理調査などで外に出ます。

 

夜も報告書作成や体力錬成を行い、23時から仮眠時間に入りますが、指令があればいつ何時でも動けるよう待機しています。

業務風景

命を繋ぐ喜びと、「助ける側」としての覚悟

ー永田さんがこの仕事で、最もやりがいを感じる瞬間はいつですか?

 

永田:やはり、搬送した患者さんや市民の方から「ありがとう」という言葉をいただいた時です。

消防は、市民の方が人生で一番困っている、あるいは生命の危機に瀕している瞬間に立ち会う仕事です。

 

無事に病院へ繋ぎ、後日「あの時は本当に助かりました」と声をかけていただけると、自分の仕事が誰かの人生を繋いだのだと実感でき、胸が熱くなります。

 

 

ー特に印象に残っているエピソードがあれば、教えていただけますか。

 

永田:以前、骨折で激痛に耐えながら、強い不安を抱えていた患者さんを搬送した時のことです。私は救急車の後部でずっと声をかけ続け、励ましながら病院へ向かいました。

 

到着した際、その方が「救急隊の人が来てくれて本当に安心した。ありがとう」と、涙を浮かべながら言ってくださって。

技術的な処置はもちろんですが、精神的な支えになれたことが、今の私にとって大きな自信になっています。

 

 

ー一方で、消防の仕事には厳しい側面もありますよね。

 

永田:現場では、私たちはプロでなければなりません。普段は和やかな職場ですが、ひとたび訓練や現場になれば、先輩方は非常に厳しく指導してくださいます。

それは「助ける側が助けられる側になってはいけない」という鉄則があるからです。

 

自分の身を守れなければ、誰も救うことはできません。その【プロとしての矜持】は、私も後輩たちに伝えていかなければならないと考えています。

業務風景

平戸の自然と仲間に囲まれて。オンとオフが充実する働き方

ー職場の雰囲気についても伺いたいのですが、どのような環境でしょうか。

 

永田:平戸市消防は、非常にアットホームで風通しの良い職場です。非番の日に先輩や後輩とご飯に行ったり、共通の趣味を楽しんだりすることも多いですね。24時間共に過ごす仲間ですから、信頼関係は非常に深いです。

 

オンとオフの切り替えがしっかりしていて、現場や訓練では厳しいですが、それ以外は冗談が飛び交うような明るい雰囲気があります。

同僚との談笑

ー平戸ならではの魅力は、どんなところにあると思われますか。

 

永田:やっぱり「人」ですね。立ち入り検査などで市民の方と接する時も、皆さんとても協力的に接してくださいます。地元の親しみやすさがある平戸だからこそ、私たちは活動しやすいのだと思います。

 

あとは、私は全く釣りをしないのですが釣りが好きな人には最高の環境ですよ。平戸市出身の職員はもちろん市外から来た職員も、平戸の魅力にハマって休日に釣り三昧という人もいるくらいです(笑)。

 

 

ー最後に、平戸市で消防士を目指す受験生の方へメッセージをお願いします。

 

永田:消防士は、決して楽な仕事ではありません。しかし、困っている誰かのために自分の命を懸け、直接「ありがとう」を受け取れる、この上なく尊い仕事です。

 

平戸市消防には、地元を愛する熱い仲間が揃っています。平戸出身の方も、市外から来られる方も、この素晴らしい環境で一緒に街の安全を守りましょう。

 

皆さんと現場で共に働ける日を楽しみにしています!

職員の写真

ー本日はありがとうございました。

 

永田さんとお話ししていると、その穏やかな口調の奥に、消防士としての揺るぎない覚悟と、平戸への深い愛が透けて見えるようでした。

 

「助ける側が助けられる側になってはいけない」。その言葉の重みは、彼が日々、本物の「命」の現場と向き合っているからこそのものでしょう。

 

過酷な訓練や現場の記憶を語る時、ふと見せる凛とした表情。そして地元の魅力を語る時の、少年のような眩しい笑顔。そのギャップこそが、市民に愛される永田さんの魅力なのだと感じました。

 

 

取材・文:パブリックコネクト編集部(2025年12月取材)

職員インタビュー

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