長崎県平戸市。豊かな海と歴史に彩られたこの街で今、まち全体を一つのホテルと見なす「アルベルゴ・ディフーゾ」という世界初のアプローチが注目を集めています。
かつて「安定」を求めて入庁した小川さんは、なぜ今、既存の枠を超えた挑戦を続けているのか。多様な部署を渡り歩いて見えた自治体仕事の奥深さと、民間企業での経験が平戸の未来をどう塗り替えるのか。現場の最前線で戦う小川さんの想いを紐解きます。
- 事業畑から税務課まで、多様な部署が教えてくれた公務員の基礎
- 世界が認めた「アルベルゴ・ディフーゾタウン」。
- デジタルノマドから広域連携まで。平戸観光を塗り替える「攻め」の施策
- 「失敗を恐れずチャレンジする」――新人の頃の成功体験が、今の私の土台にある
- 都会でのノウハウを平戸の未来へ。中途採用者に期待する「変える力」
事業畑から税務課まで、多様な部署が教えてくれた公務員の基礎
ー小川さんは入庁されてから、非常に多くの部署を経験されているそうですね。
小川:そうですね、早いものでキャリアも20年を超えました。キャリアのスタートは農林課での有害鳥獣対策や生月支所勤務で、市営住宅の管理やイベント運営など、幅広い業務に携わってきました。
その後は企画課で離島振興や過疎対策といったまちの骨格作りに携わり、教育委員会では6年間にわたって学校の耐震化工事という大きなハード事業を完遂しました。
都市計画課での住宅管理を経て、市長秘書を務めた2年間では、行政のトップが何を基準にまちの舵取りをしているのかを間近で学ぶ、代えがたい経験もできました。
それぞれの現場で得た知識が、今の私の土台になっています。
ーこれまで多種多様な課を経験されてきましたが、自治体職員ならではの人事異動というのは、かなり大変な面もあるのではないでしょうか?
小川:そうですね、特に税務課へ異動した時のギャップは凄まじかったです。それまでの私は農林や企画といった、施策を立ち上げたり動かしたりする「事業畑」の経験が長かったのですが、税務課は法律の規定に則って【一点のミスも許されない極めて厳格な正確さ】で事務を遂行しなければならない世界です。仕事の質そのものが180度変わり、全く毛色が違いました。
また、住民情報を取り扱う基幹システムを覚えるのも一苦労でしたが、あの4年間で培った「行政職員としての実務能力」が、今の観光施策をスピード感を持って進める上での確かな土台になっています。

世界が認めた「アルベルゴ・ディフーゾタウン」。まちを一つのホテルに
ー現在、観光課で注力されている「アルベルゴ・ディフーゾタウン」について詳しく教えてください。
小川:これはイタリア語で「分散したホテル」という意味です。過疎化によって商店街の空き家が増えている課題に対し、建物単体ではなく商店街全体を一つの「宿泊施設」と見なす、ダイナミックなアプローチです。
ーまち全体を宿泊施設に……、具体的にはどのようなイメージなのでしょうか?
小川:例えば、ある空き家を改修してホテルの「フロント」機能を持たせ、別の古民家を「客室」として再生します。宿泊客の方は、フロントで鍵を受け取ると、商店街を「廊下」のように歩いて自分の部屋へ向かい、食事は地元の飲食店で摂る。まさに「街に泊まる」という体験そのものを提供する形です。
平戸市は自治体として世界で初めてイタリアの本部から「アルベルゴ・ディフーゾ・タウン認定」をいただきました。これは単なる古民家再生ではなく、街の歴史を重んじ、そこに暮らす人々との交流をデザインする持続可能なモデルなんです。

ー「世界初」への挑戦。住民の方々の協力も不可欠だったのではないですか?
小川:もちろんです。言葉も馴染みがないですし、最初は「何が始まるんだ?」という戸惑いもありましたので、何度もワークショップを重ね、コンセプトを丁寧に説明しました。「これは市がやるのではなく、民間事業者さんが主役になるプロジェクトなんです」と。
現在は宿泊施設3棟、飲食店3店舗が稼働し、国際認証を受けるまでになりました。令和8年度にも新施設がオープンする予定です。今まで空き家だった場所に明かりが灯り、観光客と地元の方が談笑している光景を見たときは、これまでの苦労が吹き飛ぶ想いでしたね。
💡詳しくは、【長崎県平戸市 アルベルゴ・ディフーゾタウン専用サイト】からご確認ください。

デジタルノマドから広域連携まで。平戸観光を塗り替える「攻め」の施策
ー観光課では、アルベルゴ・ディフーゾ・タウン以外にどのようなプロジェクトが動いていますか?
小川:平戸観光の形をアップデートするため、現在「攻め」の施策を次々と打ち出しています。一つは「デジタルノマド」の誘致です。世界中を旅しながら働く方々に、平戸の美しい海と歴史の中で仕事をしてもらう。これまでの「一過性の観光」から、インバウンド対応も含めた「滞在型・関係人口の創出」へと大きく舵を切っています。
また、西九州自動車道「平戸IC」の開通を機に、松浦市などの近隣自治体と連携し、福岡圏域からの集客を狙う広域観光プロジェクトも昨年度実施しました。自分たちのまちだけでなく、「エリア全体」という広い視野を持った事業展開を常に意識しています。
ー観光課の仕事は華やかに見えますが、現場での苦労も多いとお聞きしました。
小川:正直に言えば、体力勝負な面も多々あります(笑)。平戸はイベントが非常に多いまちです。5月から翌1月くらいまでは、ほぼ毎月のように大きなイベントが続きます。その準備から運営まで、土日に現場に出ることも珍しくありません。
皆さんがイメージする「定時で帰れる公務員」とは少し違うかもしれませんが、まちが一番盛り上がる瞬間に、その中心で汗をかける。この充実感は、観光課ならではの醍醐味だと思っています。

「失敗を恐れずチャレンジする」――新人の頃の成功体験が、今の私の土台にある
ー小川さんが20年以上のキャリアの中で、一貫して大切にされていることは何でしょうか。
小川:「失敗を恐れずにチャレンジすること」ですね。何かに挑戦しようとするとき、つい「それをやることで何が得られるのか」という最終的な結果ばかりを求めてしまいがちですが、社会情勢や周りの状況は刻々と変わるものですから、どれだけ準備をしても失敗することはあります。
それでも、結果が保証されているかどうかではなく、まずは「今の状況をより良くするために、自分がチャレンジできるかどうか」。その一歩を踏み出す姿勢そのものが、何より重要だと思っています。
ーそのチャレンジ精神の原点はどこにあるのでしょうか?
小川:企画課在籍中の平成21年(2009年)、1609年に平戸にオランダ商館が設置され、平戸とオランダとの公式な通商が開始されてから400周年を迎えたことを記念し、「平戸オランダ年」400周年記念事業として各種イベントが開催されました。
その際、職員による独自の取組として職員プロジェクトを任され、職員へのボランティア募集から開始し、若手職員約40名で構成されたチームを編成しました。組織構成の在り方やプロジェクトの発案方法など、事務局としての苦労もありましたが、最終的に4つの事業を実施しました。
そのうちの一つとして、オランダ船に乗船していた三浦按針が漂流した地である大分県臼杵市まで、「平戸オランダ年」400周年記念事業のPRを行いながら自転車で走破する企画を実施しました。本企画には延べ約30名の職員が参加し、2泊3日の日程で実施しました。
当初は実現が困難ではないかとの意見も多くありましたが、実際に取り組むことで大きな達成感を得るとともに、効果的なPRにもつながりました。また、本事業を契機として、臼杵市とは友好都市としての関係が築かれ、現在も物産交流や三浦按針に関連する事業などにおいて連携し、継続的な交流を行っています。
自分が手掛けた事業をやり遂げ、その後の継続的な交流に繋がっているという、当時の成功体験こそが、私の今の仕事観の土台になっています。
ーその実感が、今のマネジメントにも活きているのですね。
小川:そうですね。部下たちにも、同じように成功体験を積ませてあげたいと思っています。ゼロからイチを生み出すのが難しければ、まずは既存の事業を少しブラッシュアップすることから始めてもいいんです。そこで誰かに褒められ、認められることで「次もやってみよう」という前向きな気持ちになれますから。
部下たちが失敗を恐れずに意見を言える、そして小さな成功を自信に変えていける。そんな環境を作っていくことが、班長としての私の使命だと思っています。

都会でのノウハウを平戸の未来へ。中途採用者に期待する「変える力」
ー民間企業での経験を持つ方にはどのような期待をされていますか?
小川:都会でキャリアを積んできた「中途採用」の方々が持つノウハウに、非常に期待しています。私たちが築いてきた行政の知識に加え、今必要なのは外部からの「新しい視点」です。そして「外から見た平戸の魅力」を再定義する力は、強力な武器になります。
「観光を変革したい」という想いがあれば、皆さんのスキルが即戦力として活かされるフィールドはたくさん広がっています。
ー最後に、平戸市で働く魅力をぜひ語ってください。
小川:平戸城を眺め、海を見渡しながら仕事をすることの豊かさは、言葉では言い尽くせないものがあります。福岡まで車で2時間というアクセスの良さもありながら、ここには都会では味わえない人の温かさや、自分の仕事がまちの未来を左右しているという強い手応えがあります。
「安定」を求めて公務員になるのも一つの選択肢ですが、もし「自分の手で何かを変えてみたい」と考えているなら、平戸市役所は非常に面白い職場だと思います。ぜひあなたの経験を活かして、一緒に働きましょう。お待ちしています。

ー本日はありがとうございました。
小川さんの言葉の端々からは、平戸というまちに対する誇りと、現状を打破しようとする静かな熱意が伝わってきました。「安定」を求めて入庁した一人の職員が、現場での喜びを積み重ね、今や世界初のプロジェクトを牽引する。その姿は、これからキャリアを考える皆さんにとって、大きな勇気となるはずです。
歴史と自然が共存する平戸市。ここには、あなたの「民間の力」を最大限に発揮できるフィールドが広がっています。平戸の海に新しい風を吹かせるのは、他でもない、あなたの挑戦かもしれません。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年4月取材)



