鬼北町保健センター1階、保健介護課・保健係のフロア。 森下さんのデスクには、その日の予定表が広げられていた。集団検診の保健指導、赤ちゃんを持つお母さんへの離乳食講座、地域の料理教室、保育園での食育の出前授業 — 役場の中だけでなく、町の中をめぐる時間もたくさんある。
「街に出て、いろいろな世代の方に会いに行ける。これが、行政の栄養士としていちばん面白いところなんです」
愛媛県南西部の自然ゆたかな町・鬼北町。 ここで縁もゆかりもなかった森下さんが、管理栄養士として働きはじめて8年。たどり着くまでの道のりを聞いた。

「給食」が、毎日学校に行くモチベーションだった
森下さんが管理栄養士の道を選んだ原点は、中学生のころにある。
「食べることが、本当に好きで。毎日の給食が、学校に行くモチベーションになっていたぐらいなんです」
中学を卒業するとき、ぼんやりと「給食を作る側になりたいな」と思った。そこから栄養士を意識するようになる。
最初に就職したのは、病院だった。管理栄養士として、病院食の献立を組み、入院されている方の栄養管理を担当した。
「病院でも、毎日学ぶことがたくさんありました。栄養士として、土台になる経験をさせてもらったと思っています」
「もっと広い世代の方と関わってみたい」
数年が経ったころから、森下さんの中に、ひとつの気持ちが芽生えはじめた。
「もっと幅広い世代の方と、栄養を通して関わってみたい。今は健康で元気にされている方にも、病気を予防する側から関わってみたい — そういう気持ちが、だんだん大きくなってきたんです」
そこで頭に浮かんだのが、行政の栄養士、つまり公務員という選択肢だった。
「すごく大層な理由はないんですけど」と前置きしつつ、森下さんは2つの理由を挙げる。
ひとつは、腰を据えて長く働けそうなこと。もうひとつは、関わる相手の幅の広さだ。
「行政の栄養士なら、生まれて間もない赤ちゃんから、子育て中のお母さん、働き盛りの方、高齢の方まで、本当に幅広い世代の方と関われる。検診を受けに来られた方とお話しすることもできる。そこに挑戦してみたかったんです」
テレビで知った「活気のある町」へ、1人で
そもそも森下さんは、鬼北町の出身ではない。
「私、愛媛県の中予地区の出身なんです。鬼北って、名前だけは知っていたけど、地理感はわかってなかった」
それでも、たまにローカル番組で目にする鬼北町の姿が、心に残っていた。 「すごく活気のある、元気な田舎まち、っていう印象があって。自然ゆたかなところが好きだったので、行ってみたいなと思ったんです」
26歳のとき、森下さんは親戚も友達もいない鬼北町へ、たった1人で引っ越した。
「住まいも、わりとすんなり決まりました。私の地元もけっこう田舎なんですけど、それと比べたら、鬼北町のほうがスーパーもコンビニも近くて、十分便利だなと」
「世界が、広くなった」— 料理教室と、保育園と、町ぐるみで
入庁から8年。森下さんが感じる、いちばんの変化は何か。
「感覚として、世界がぐっと広くなったんです」
いまは、必要に応じて町のあちこちに出向く。集団検診の保健指導、4〜5か月の赤ちゃんを持つお母さんへの育児相談・離乳食講座、健康診断後のフォローアップ、そして保育園での食育の出前講座。
森下さんの話の中で驚いたのが、地域での料理教室だ。

「月に1回程度、町民の方を対象に料理教室をやっています。地域の方と一緒に料理して、一緒に食べて、食育の話をして、というスタイルです」
最近の献立は、山芋の肉巻きと和風の酢の物、トウモロコシご飯、スープ。「これは町民の方に教えていただいたレシピなんです」と森下さんは言う。
教える側の難しさもある。
「自分が立てた献立メニューを、別の会場で再現してみたら、薄味になりすぎたり、食感がかたくなったり。料理教室の前は『大丈夫かな』と思いながら入るんですけど、それでも皆さんに楽しんでいただけることが多いので、いまは楽しみながらやってます」
保育園での食育出前講座も、保育園に配置されている管理栄養士と共同で行う。園児たちには、お箸の使い方をゲームにして教えたり、みんなで生地を踏んでうどんを作って食べたり、3色食品群のバランスを楽しく伝えたり。
「保育園の先生方が協力的で、私たちのやりたいことを汲んでくれる。スムーズに進むんです」

朝8時半、夕方5時15分。1人職種でも、孤独じゃない
働きかたも、いまは自分のリズムが整っている。
「朝8時半に出勤して、夕方5時15分から30分には帰っています。土日も、イベントがないかぎりは出勤はありません」
繁忙期も「ここがきつい」というのは特にない。有給休暇もしっかり取れている。
「私、休んだら回復するタイプなので。上司の方も『無理せず休んでね』と言ってくれて、すごく休みやすい環境です。栄養士って1人職種なので、自分のペースで計画的に休みを取れるのも、ありがたいですね」
通勤は車で10〜15分。ストレスはほぼゼロだという。
職場は、20〜25人ほどが同じフロアで働いている。フロア内の栄養士は森下さん1人だが、保健師が大半を占め、事務職員も数名いる。
「保健師さんが地区ごとに担当を持っていて、『この人は栄養士から話してもらった方がいいな』というケースは、保健師から声をかけてもらえる。1人職種ですけど、いつも誰かと連携している感覚があります」
不便もあるけれど、こんな人ならきっと幸せに
不便を感じる瞬間がないわけではない。
「大きな買い物のときは、車で1時間ぐらいかかる隣町まで出るか、松山や大阪、東京に行くとなると、けっこう時間がかかります。それは、正直遠いです」
ただ、その「移動の面倒くささ」も、ネット通販でおおむねカバーされている。 「ネットで買えばすぐに届きますし、生活に困ったことは、本当にないんです」
休日は、絵を描いたり、犬の散歩に出たり、友達と「推し活」を楽しんだり。 「都会に犬を連れて旅行したことがあるんですけど、散歩する場所が全然なくて。鬼北町は田んぼの中の道がそのまま散歩コースになるので、犬にとっても、幸せな環境です」
そんな森下さんに、最後に「どんな人が鬼北町で働くと幸せになれそうか」を聞いた。
「ひとつは、空気のきれいなところとか、自然ゆたかなところを求めている人。私自身が、最初にいちばん感動したのがそこだったので。本当に、想像していた以上にいいですよ」
「もうひとつは、人が好きな方。プライベートもふくめて、近所付き合いを前向きに楽しめる方が、たぶん過ごしやすいと思います」
赤ちゃんからお年寄りまで、町中のいろいろな人と出会える毎日。 「町中の人に会いに行きたい」というあの直感は、間違っていなかった。 森下さんの表情には、そんな静かな確信が宿っているように見えた。

パブリックコネクト編集部 編集後記
「街に出て、いろいろな世代の方に会いに行ける」— 取材中、森下さんが穏やかな表情で何度か口にされた言葉が、いまも私の中に残っています。
栄養士という専門職を活かす場所は、ひとつではありません。森下さんのお話は、いま自分のフィールドで日々を重ねている専門職の方々に、もうひとつの可能性をそっと差し出してくれるものだと感じました。
縁もゆかりもなかった町に、たった1人で飛び込む。 それは決して華々しい挑戦ではないけれど、自分の手と足で町を歩き、町の人と出会いながら、ゆっくりと自分の世界を広げていく — 森下さんの8年間には、専門職としての豊かなキャリアの作り方が、たしかに刻まれていました。
森下さんのような方が、これからも鬼北町で、仕事の魅力を町の人たちと一緒につくり続けていかれるのだと思います。



