「縁もゆかりもない土地で、こうして働かせてもらっていることが本当にありがたいです」
そう語るのは、宇美町役場都市整備課農林振興係で働く岸川真里さん。大学卒業後、地元・山梨県庁で森林技師として勤務し、結婚を機に福岡へ移住。宇美町役場に中途入庁し、現在は森林・農地・鳥獣被害対策など、住民の暮らしに近い業務を担当しています。
今回は、転職・移住という決断の裏側や、宇美町役場での働き方について伺いました。
- 化粧品開発への憧れから一転。たどり着いた先は「森林」という第2希望
- 結婚、そして移住。「人生で一番悩んだ」決断の先に見つけた宇美町
- 同じ「森林」でも全く別物。県庁時代との違いで見えた住民との距離
- 小規模な町だからこその「距離感」と福岡での「暮らし」
化粧品開発への憧れから一転。たどり着いた先は「森林」という第2希望
ーこれまでの簡単な経歴を教えてください。
岸川:山梨県出身で、大学進学を機に他県に出た後、就職で地元山梨に戻り、山梨県庁で森林技師として5年間働きました。その後、結婚を機に福岡へ移住し、民間企業に勤めたのち、宇美町役場に入庁しました。
ー大学では森林科学を専攻されたそうですが、もともとの志望は違ったそうですね。
岸川:当時は化粧品の開発に興味があり、化学系の学科を志望していました。思春期に肌トラブルで悩んだ経験があり、自分と同じように悩む女性の力になれたらという思いがきっかけです。大学受験で第一志望の大学に合格できず、第二志望の大学でも希望していた化学系の学科には通らず、森林の学科に入学することになりました。
ー当初は本意ではない選択だったと思いますが、実際に学んでみていかがでしたか。
岸川:最初はやりたかったこととの違いにギャップを感じました。ただ、同じ学科の仲間と野外実習で森林を観察したり、実習後にバーベキューや宿泊を楽しんだりするうちに、新しい楽しさを見つけることができたので、前向きな気持ちで学ぶことができました。
ー就職活動では、なぜ地元・山梨県庁を選んだのですか。
岸川:国や東京都の同様の専門職も受験しましたが、地元に貢献したいという思いと、大学で学んだ知識をいかせる仕事に就きたいという思いから、山梨県庁の林業職を最終的には選びました。

結婚、そして移住。「人生で一番悩んだ」決断の先に見つけた宇美町
ー山梨県庁ではどのような業務を担当されていましたか。
岸川:最初は山崩れや土石流といった大雨による山地災害を防ぐための構造物の設計や、工事の発注・監督業務を担当しました。その後は、県有林の木材を伐採して市場に出し、その収益で植林を行うという森林の循環に関わる業務を担当しています。山梨県は森林の大部分を県が所有しているのが特徴で、育った木を伐採して市場に出し、その売却益でまた植林をするという循環ができています。
木の太さ(幹の直径)によって売れる値段が変わり、家の柱として使える太さが最も高く売れるため、現場で直径を測って売却額を見積もったりする、という仕事もしていました。
ー5年間勤めた県庁を離れる決断をされたのは、大きな転機だったのではないでしょうか。
岸川:結婚を機に、夫の転勤先である福岡についていくことを決めました。山梨と福岡は遠く離れていて、縁もゆかりもない土地に行くことは不安だったため、これまでの人生でとにかく一番悩みました。ただ、今後の生活を考えると、やはり近くにいたほうがいいと思い、仕事を辞めて福岡についていく決断をしました。
ー福岡に来て、すぐに宇美町に入庁されたわけではないのですね。
岸川:福岡に来たのが年度の途中だったこともあり、まずは民間企業に転職しました。ただ、働くうちに、もう一度自治体で住民との距離が近い仕事がしたいという思いが段々強くなりました。そんな時、パブリックコネクトの求人で宇美町が募集していることを知って、応募しました。
実はまちのことも深く知りたいなと思って、休みの日に宇美町を散策したりしていました。福岡は都会で人が多く、時間に追われているイメージがありましたが、宇美町は市街地から少し離れていて、自分の地元に似た懐かしさを感じ、「落ち着くな」と感じました。

同じ「森林」でも全く別物。県庁時代との違いで見えた住民との距離
ー現在はどのような業務を担当されていますか。
岸川:町の森林の管理業務のほか、農地に関する業務、有害鳥獣による農地被害への対策業務を担当しています。同じ森林でも、県庁時代の仕事とは全く別の仕事だと思います。県庁時代は県有林の管理をしていたため、自分たちで方針を考えて進められる自由度がありました。
しかし、宇美町の森林は面積も限られており、また、私有林が多く個人の同意も必要となるため、思うように管理ができないもどかしさもあります。
ー具体的にはどのような業務をされているのですか。
岸川:県の補助事業である森林環境税を活用し、住民の方が所有する森林について、協定を結んだうえで整備を行ったり、国の森林環境譲与税を活用し、公民館など公共施設の近くで木が覆いかぶさって危険になっている箇所を伐採したりするなど、身近なお困りごとや課題解決もしています。
ー仕事のやりがいを感じるのはどのような時ですか。
岸川:県庁時代はほとんど住民と直接やり取りする機会がありませんでしたが、住民の方の困りごとや課題を解決できたときに、直接「ありがとう」「助かった」という言葉をいただけることが一番のやりがいです。
ー一方で、難しさを感じることはありますか。
岸川:私有地が絡む相談では、所有者の許可を得る必要がありますが、連絡が取れなかったり、対応してもらえなかったりすることもあります。最後まで課題を解決できないこともありますが、可能な限り、やれるところまでは全力で対応するという姿勢を大事にしています。

小規模な町だからこその「距離感」と福岡での「暮らし」
ー山梨県庁時代と比べて、大きなギャップは感じましたか。
岸川:特に大きなギャップは感じませんでした。社会人経験を経て同じタイミングで入庁した同期が10人以上いて、懇親会などで気軽に交流できる関係を築けています。小規模な町だからこそ、職場全体の距離感が近いと感じています。
ー福岡での暮らしや宇美町での働き方はいかがですか。
岸川:私の住んでいる場所が市街地にも近く、公共交通機関も発達していて、買い物も自然も身近にあるバランスの良さを感じています。仕事についても土日祝日が休日なので、仕事と私生活の時間を分けやすいと思います。
大雨や台風など有事の際は出勤することもありますが、それも一時的なもので、休みの日は趣味の時間や友人とのご飯、夫と過ごす時間にしっかり充てることができています。縁もゆかりもない土地で、こうしてやりがいを持って働かせてもらっていることが本当にありがたいです。
ー最後に、公務員を目指す方へメッセージをお願いします。
岸川:筆記や面接など試験に不安を感じることもあると思いますが、やってみたいと思ったことには悔いが残らないように挑戦してほしいです。そうした挑戦の意欲がある方と一緒に働けたら嬉しいです。

ー本日はありがとうございました。
オンライン越しではありましたが、岸川さんの言葉には終始、宇美町で働けることへの率直な感謝がにじんでいました。山梨から地縁のない土地へ飛び込み、県庁とは異なる距離の近さに戸惑いながらも、それを前向きに受け止める姿が印象的でした。移住・転職という決断を経て今の場所にたどり着いた岸川さんの歩みは、同じような選択を迷う方の背中を押してくれるはずです。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年6月取材)



