「公務員は、一番クリエイティブな仕事だ」。そう語るのは、玉名市役所で施設マネジメントを担う上田さん。
かつて「公務員にだけはなりたくない」と3年間のフリーター生活を送った彼が、なぜ市役所の門を叩き、今、熱を持って街づくりに向き合っているのか。
未完成な街・玉名だからこそ転がっているチャンスと、組織の枠を超えて汗をかく面白さ。総務、防災、企画、教育、人事など、市役所内の多様な部門を歴任してきた上田さんだからこそ語れる、情熱のインタビューをお届けします。
- 「回り道」があったからこそ見えた、自分らしいキャリアの起点
- 市町合併、公共施設マネジメント、小学校の統合。多様な現場で培った「調整力」
- 組織の壁を越えた「調整」の極意。対話から始まる公共施設の最適化
- 「聴く」ことから始まる。若手職員とつくる新しい風
- 未完成な街・玉名。この街を面白くするかはあなた次第
「回り道」があったからこそ見えた、自分らしいキャリアの起点
ーまずは、上田さんのご出身や入庁前の経歴からお聞かせください。
上田:出身は玉名市の横島町です。小中高と地元の学校に通い、大学は福岡へ出ました。実は、大学を卒業してから3年間ほどはフリーターのような生活をしていたんです。今振り返ると、かなり濃密な「回り道」でしたね(笑)。
私は現在49歳ですが、当時は「超就職氷河期」の真っ只中。周りが必死に就職活動をする中で、正直に言うと、当時の自分は全く働く気が起きませんでした。
大学時代も遊び呆けていましたし、卒業後もスノーボードをしにカナダへワーキングホリデーにでも行こうかな、なんて漠然と考えていたんです。
でも、それだけの行動力も伴わず、福岡で1年、地元に帰ってきてからも1年、居酒屋などでアルバイトをして過ごしていました。
ーそこからなぜ、公務員を目指そうと思われたのですか?
上田:実は、最初は「公務員には絶対なりたくない」と思っていたんです(笑)。大工だった親父からは「公務員か会社員になれ」とずっと言われていましたが、当時の私にとって、公務員は「面白くなさそう」という先入観がありました。
けれど、フリーター生活が2年を過ぎた頃、ふと気づいたんです。民間企業ではセンスや特別な能力が求められる場面も多いけれど、公務員の仕事は「頑張れば頑張るほど結果がついてくるんじゃないか」と。
一回本気で頑張ってみようと決意し、当時の横島町役場を受験して、なんとか合格することができました。
今思えば、あの3年間の経験は無駄ではありませんでした。居酒屋での接客やフリーターとしての不安定な立場を経験したからこそ、個人経営や働くことの厳しさを肌で感じることができました。
もし最初から公務員になっていたら、仕事をすることのありがたみが分からずに途中で辞めていたかもしれません。

市町合併、公共施設マネジメント、小学校の統合。多様な現場で培った「調整力」
ー入庁当時はどのような環境でしたか?
上田:職員数50人ほどの小さな町役場でした。最初は総務課で、交通から給与関係まで、本当に何でも屋さんのように広く浅く担当しました。
当時は「平成の大合併」と呼ばれた市町村合併の動きが出ている時期でした。総務課で数年働いた後、近隣3町との合併協議会への出向を経験しました。前例がない中で新しいルールを作っていく作業は、思いのほか刺激的で面白かったですね。
その後、現在の玉名市としての1市3町合併を迎え、本庁舎に配属となってからは防災関係を3年担当しました。そして、自分にとっての大きな転機となったのが、その後の企画経営課への異動でした。
ー企画経営課では、どのようなお仕事に携わったのでしょうか?
上田:今も私のメインテーマとなっている「公共施設マネジメント(FM)」の立ち上げです。
当時はまだ九州で取り組んでいる自治体はほとんどありませんでしたが、「これからは施設を維持するだけでなく、経営的な視点で管理しなければならない」という議論が始まり、私が担当になりました。
誰も正解を知らない中で、手探りで「公共施設白書」を作成しました。どの施設にどれだけコストがかかり、利用状況はどうなのか。それを可視化する作業は膨大で大変でしたが、この時に「ゼロから仕組みを作る面白さ」を知りました。
ーその後も、教育委員会や人事など、幅広い部署を経験されていますね。
上田:教育委員会では、6つの小学校を1つに統合するプロジェクトを担当する係に配属されました。スクールバスの運行計画を立てるなど、実務的で泥臭い調整の連続でしたが、街の未来を左右する大きな仕事に携わっている実感がありました。
人事部門では、「人事評価システム」の導入を主に担当し、職員の適正な配置や管理といった管理的な業務にも携わりました。職員一人ひとりが持つ能力をどう評価し、組織として最大化させるか。仕組みを動かす側として、組織の土台を支える経験を積みました。

組織の壁を越えた「調整」の極意。対話から始まる公共施設の最適化
ー現在はどのようなミッションを担っているのですか?
上田:管財課の施設マネジメント係長として、市が保有する128の公共施設の管理・運営を統括しています。
ただ維持管理をするのではなく、老朽化した建物をどうするか、機能をどこかに集約できないか、あるいは長寿命化してコストを抑えられないか、といった全体戦略を立てる仕事です。
ー非常にハードな調整が求められるお仕事ですね。
上田:そうなんです。私たちの仕事は、自分たちが直接何かを作るのではなく、施設を持っている各部署(所管課)に動いてもらわなければなりません。
市民の方にとっても、施設の集約や削減は、一見すると「不便になる」というネガティブな側面が強く映ります。
所管課の職員も、現場を守りたいという想いがある。そこに対して、経営的な視点から「こう変えていきましょう」と提案し、納得してもらう。そこが一番の厳しさであり、工夫のしどころでもあります。
ーその中で、やりがいを感じる瞬間はどんな時でしょうか?
上田:意外かもしれませんが、「オフサイト(職場外)」での活動がやりがいに繋がっています。
私は今、岩手県紫波町の「オガールプロジェクト(紫波中央駅前の町有地を活用した公民連携の都市開発プロジェクト)」を手掛けた岡崎さんたちがコーチを務める「都市経営プロフェッショナルスクール」に派遣研修の形で参加していて、「補助金に頼らず、いかに民間と連携して街を面白くするか」を学んでいます。
プライベートでも、地元で頑張っているプレイヤーが中心となって構成されている「玉名地域デザイン協議会」の一員として、食と農を祝い、玉名の豊かな地域資源を内外に伝える「knowledge.(ノウレッジ)」というイベントの企画に参加したりしています。
そうした場で、民間の方々と対等に汗をかき、「上田さんが市役所にいてくれて良かった」「上田さんなら話が通じる」と言ってもらえる。組織の壁を越えて信頼され、街のために一緒に動ける瞬間は、何物にも代えがたい喜びです。

「聴く」ことから始まる。若手職員とつくる新しい風
ー係長という立場として、部下や若手職員の方とはどのように接していますか?
上田:一番意識していることは、「自分の意見を押し付けない」ということですね。
今の私たちの仕事はルーティンワークが少ないので、正解が一つではありません。だからこそ、若手の新しい視点や感覚を大切にしたいと思っています。
「失敗してもいいから、まずはやってみよう」という空気感を作るのが、私の役割です。彼らが「面白そう」と思えるような雰囲気を作れば、自ずと仕事の質も上がっていくと信じています。
ー職場の雰囲気はいかがですか?
上田:すごく対話が多いですよ。黙っていては進まない仕事ばかりなので、あれこれとコミュニケーションを取りながら進めています。
令和7年8月の豪雨災害の支援チームに部下一人が配属されたことから、私を含めて3人体勢で正直かなりきつい状況ではありますが、部下たちが非常に優秀なので助かっています。

未完成な街・玉名。この街を面白くするかはあなた次第
ー玉名市ならではの魅力、ここで働く醍醐味は何でしょうか。
上田:玉名は、悪い意味ではなく「まだ何もやっていない街」です。未完成だということは、自分の情熱やアイデア次第で、いくらでも街を塗り替えていけるチャンスがあるということです。
私が最初抱いていた「公務員はクリエイティブじゃない」という先入観は、完全に間違っていました。行政ほど、街の未来をクリエイトできる仕事はありません。
自分次第で、この街を面白くすることはいくらでもできる。そんなワクワクするような挑戦をしたい方は、ぜひ玉名市の採用試験にチャレンジしてみてください。

ー本日はありがとうございました。
「公務員らしくない人」を待ち望む上田さんの語り口には、未完成なこの街を自らの手で面白くしていこうという、尽きることのない期待が溢れていました。
3年間のフリーター生活という「回り道」があったからこそ、彼は誰よりも柔軟で、誰よりも市民や民間の心に寄り添えるのかもしれません。
「未完成な街だから面白い」。その言葉には、安定を求める公務員像とは対極にある、開拓者のような強さがありました。
玉名市の公共施設が一つひとつ形を変え、街が新しく生まれ変わっていくその中心には、きっと今日も、部下の声に耳を傾け、民間と肩を並べて笑う上田さんの姿があるはずです。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2025年12月取材)



