「専門知識を深めることが、目の前の業務に直結するから、自分の成長を肌で感じられました」
そう語るのは、玉名市役所都市整備課で働く入庁20年目のIさん。地元の工業高校を卒業後、土木職として玉名市役所に入庁し、土木課や教育総務課などを経て、現在はまちづくりを担う都市整備課に所属しています。
今回は、資格取得とジョブローテーションを通じて広がった土木職としてのキャリアについて、詳しくお話を伺いました。
- 地元の工業高校から、戦略的に選んだ公務員の道
- 現場の厳しさからのスタート。土木職1年目で痛感した「知識」の大切さ
- 専門職から事務中心の部署へ。資格取得とジョブローテーションで広がった視野
- アイデアを提案できる職場、幸福度が上がるまち。玉名で働き、暮らすということ
地元の工業高校から、戦略的に選んだ公務員の道
ーまずは、これまでのご経歴を教えていただけますか。
I:玉名で育ち、地元の小中高を卒業しています。公務員の専門学校に1年間通ったあと、土木職として玉名市役所に入庁して、今で20年目になります。高校は地元の工業高校で、土木科で測量やCADなど仕事に繋がる内容を教わっていました。
ーなぜ工業高校に進学されたのでしょうか。
I:もともと中学生の頃から、漠然と公務員を目指していました。両親からも『公務員は安定している』と勧められたこともあって、競争率の低さを考えたところ、大卒より高卒、一般職より専門職が優位と考え、土木職を目指せる工業高校に進もうと思いました。また、兄が土木職の公務員として働いていたことも理由のひとつですね。
ー専門学校時代の様子と、玉名市役所を選ばれた理由を教えてください。
I:専門学校では1日10時間は勉強していましたね。みんな同じように頑張っていた環境だったので、苦はなく、一番充実した1年だったと思います。公務員試験は消防や国家公務員なども含めて6つの自治体・機関を受験しましたが、その中で玉名市を選びました。
熊本県内で働きたいという思いに加えて、地元には気心の知れた友人や、当時打ち込んでいたスポーツをできる環境があったので、地元を離れたくないという気持ちが大きかったです。

現場の厳しさからのスタート。土木職1年目で痛感した「知識」の大切さ
ー入庁後、最初の配属先と業務内容を教えてください。
I:土木課土木係に配属され、最初の3年間は工事の発注業務がメインでした。舗装工事や道路改良工事、災害復旧工事などを担当していました。流れとしては、まず予算の確保が必要ですが、容易な工種の工事であれば自分たちで測量し図面を作成したうえで数量を算出し、工事にかかる費用を積み上げるという形です。
ー当時、働くうえで感じたギャップや苦労はありましたか。
I:土木の仕事なので、現場の職人さんたちとやり取りをする機会が多かったのですが、19歳という若さもあって、最初は恐る恐る接していました。同じ内容を伝えても、上司が言うと納得してもらえるのに、自分が言うと受け入れてもらえないということが何度もありました。若さゆえに軽く見られていると感じることもありましたね。
そこで痛感したのは、知識がないと信頼してもらえないということでした。だからこそ、勉強に励むようになりましたし、知識や理論で示していくしかないと考えるようになりました。
ー当時を振り返って、どんなことが仕事を続ける支えになりましたか。
I:やはり、周りの先輩や同僚に恵まれていたことが大きかったと思います。また、休暇が取りやすい環境が整っていたので、仕事以外の時間にしっかり気持ちをリセットできたことも支えになっていましたね。当時踏ん張ってよかったと思いますし、その経験はその後の仕事にもつながっていると感じています。

専門職から事務中心の部署へ。資格取得とジョブローテーションで広がった視野
ー教育総務課への異動は、ご自身の希望だったのでしょうか。
I:はい、自分から事務が出来る部署への異動希望を出しました。専門職でありながら、事務職のスキルも兼ね備えた職員になりたいという思いがありました。教育総務課では、玉名市立の小中学校の施設管理を担当し、校舎・体育館等の雨漏りやプールの老朽化対応といった修繕や改修、光熱水費の管理、施設の維持管理に必要な年間契約の手続きなどを担当していました。
ー事務職を経験したことで、どのような学びがありましたか。
I:専門職は、工事を担当する一方で、予算の流れは詳しく知らないケースが多いと感じました。教育総務課では実際に各種調査への対応や予算執行などの事務も行い、予算が足りなければ今後予想される費用を算出し、その根拠資料も作成して追加で予算要求することもありました。
そうした事務を通じて、同じ予算でも補助金などを活用することで市の負担が少なくなることなどを肌で感じ、非常に良い勉強になりました。特に最初の1年は必死に学びましたね。教育総務課内の人間関係も非常に良かったので、助けられる場面も多々ありました。
玉名市では、若いうちにさまざまな業務をジョブローテーションで経験させる風土があるように思います。
ーその後、異動になり、橋りょうに関する業務を担当されていますね。資格取得にも取り組まれたと伺いました。
I:教育総務課に5年、その後は建設管理課(現在の土木課)で11年間、橋の補修・点検業務にあたりました。専門知識を深めることがそのまま業務に直結していたので、自分の成長を肌で感じられたのが、この仕事の魅力でしたね。
異動して2年目には熊本地震が発生し、管理する橋にも多大なる被害があったのですが、熊本県庁の職員のご助力もあり、災害復旧にあたる中で、より専門性を高めたいと考え、コンクリート主任技師やコンクリート診断士といった資格を取得しました。
ー資格取得は、仕事にどう活きましたか。特に印象に残っている事業も教えてください。
I:資格の勉強をすることで、構造物の素材がどのように造られ、どのように劣化していくのか、その理解が深まりました。劣化機構が深まると劣化原因を理解できるので、最小限のコストで最大限の効果を得られる補修方法を自分から提案できるようになったときは、大きなやりがいを感じました。
特に印象に残っているのは、JRの上をまたぐ橋の耐震工事です。前例の少ない工法を採用した難易度の高い工事で、2か年かけて取り組みました。玉名市が先進的な取り組みをしている自治体であるため、橋りょう建設に関わる企業のスペシャリストの方々からの助言・協力も得て、何とか乗り越えることができました。
ー直近で印象に残っている出来事を教えてください。
I:昨年(令和7年)豪雨災害があったのですが、担当ではなかったものの、災害対応のシステムの内製化を主導しました。当時、情報の横断的な共有が難しく、同じ場所の通報を重複して対応するなど、多くの時間が費やされていました。その課題を解決すべく複数の部署がリアルタイムで対応状況を把握できる仕組みを、システム会社との協力を得てゼロから構築したんです。
予算をかけずに業務効率化を実現できたことは、直近でいちばん印象に残っている業務ですし、実動部隊からも使いやすくなったと感謝の言葉をいただいて嬉しかったですね。

アイデアを提案できる職場、幸福度が上がるまち。玉名で働き、暮らすということ
ー職場の雰囲気を感じるような制度や取り組みがあれば教えてください。
I:『職員提案制度』というものがあって、自分の担当業務以外でも、部署を問わずアイデアを提案できる仕組みがあります。また『職員寺子屋』という有志による業務時間外の勉強会もあり、業務効率化のノウハウから業務に活かせる趣味の話まで、自分の得意な分野の知識をシェアしたりすることもありますね。
ー仕事以外の時間の過ごし方や、玉名市役所という職場ならではの良さについても教えてください。
I:仕事以外では、社会人になってから始めたバスケットボールに、ずっと打ち込んできました。趣味に時間を割けるのは地元ならではと思いますし、それが自分の幸福度に大きくつながっているのかなと感じています。
また、市役所には定期的な人事異動がありますが、その都度、上司や部下が変わっても、お互いに困っていたら聞ける体制、助ける体制が玉名市にはあると思います。
ー最後に、地元の高校生をはじめ、求職者の方へメッセージをお願いします。
I:AI技術が急速に進化し、働き方も大きく変わってきています。これまではExcelの関数を駆使したデータ管理が主流でしたが、若い皆さんはSNSやAI技術に日常的に触れていて、素晴らしいデジタル感覚を持っているはずです。
これまでの当たり前にとらわれない新しい発想で、私たち年上の世代にもどんどん刺激を与えながら、これからの玉名市役所、そして街を力強く先導していってくれるような、熱意のある方をお待ちしています。

ー本日はありがとうございました。
オンラインでの取材でしたが、画面越しにもIさんの言葉ひとつひとつから、現場で培ってきた実感のこもった重みが伝わってきました。19歳の頃に味わった悔しさを原動力に、専門資格の取得とジョブローテーションを通じて、着実に視野を広げてきた20年間。
土木職という枠にとどまらず、さまざまな分野に挑戦を続けるその姿勢は、これから玉名市役所を志す方にとっても、大きな道しるべになるはずです。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年6月取材)



