―完璧じゃなくていい、何か一つ「尖った強み」を。
――安城市役所をもっと面白くする挑戦。
「公務員」という言葉に、皆さんはどんなイメージを抱くでしょうか。
安定、地域貢献、それとも静かなデスクワーク……?
安城市役所の岩井さんは、そんな固定観念を軽やかに飛び越え、職員民間企業派遣研修の研修生として、大手通信会社・ソフトバンク株式会社に勤務し、組織のあり方を最前線で学んでいます。
民間企業から転職し、故郷の市役所へ、そして再び外の世界へ。一見すると異色なそのキャリアの根底には、地元への深い愛情と、「納得して働く」という自分への誠実さがありました。
今回は岩井さんに、公務員としてのリアルな仕事、そしてこれからの安城市を担う仲間に向けた想いを伺いました。
広域のインフラを守る日々から、故郷・安城の未来を守る道へ
ー岩井さんは安城市役所に入庁される前、民間企業で働かれていたそうですね。まずは当時のキャリアについて教えてください。
岩井:前職はインフラ関係の民間企業に勤めており、メンテナンス部門の管理に携わっていました。何らかのトラブルが発生した際にはすぐに現場へ駆けつけ、原因の究明や対策の検討を行います。現場の声に耳を傾け、どうすれば迅速に、かつ確実に安全を取り戻せるかを考える。それが私の役割でした。
ー「安全」という、非常に責任の重い現場にいらしたのですね。なぜ、最初のキャリアとしてその道を選ばれたのでしょうか。
岩井:学生時代に、機械工学を学んでいたこともあり、就職活動は、自分の学びを活かせるような業界を中心に行っていました。就活をしていく中で、その会社が掲げていた「安心・安全」という理念から、私は「人の安全意識」や「行動原理」といった、人の心がどう動くのかという分野に興味を惹かれるようになり、就職を決めました。単にルールで縛るのではなく、仕組みを整えることで、人が意図せず起こしてしまう危険な行為を自然と防いでいく。そんな「安全の仕組みづくり」に挑戦したいという想いでした。
ーそこから転職を考え、市役所という道を選ばれたのは、何か大きな転機があったのですか。
岩井:仕事自体には非常にやりがいを感じていたのですが、生活環境の面で大きな壁にぶつかりました。その会社は日本の広域をカバーしていたため、1〜2年おきに地方から都会まで、どこへ異動するかわからない環境でした。
3年目を迎える頃、ふと「自分はどこに根を下ろして生きていきたいんだろう」と立ち止まりました。自分は意外と地元が好きで、大好きな場所で大切な人たちと過ごす時間を守りたいタイプなのだと気づいたんです。
「もし愛知県の実家で何かが起きたとき、ここから駆けつけるのに半日以上かかってしまう……」。そんな不安を抱えながら働くのではなく、愛着のある安城に定住し、地域に深く根ざして働きたい。そんな気持ちが徐々に大きくなっていきました。そんな時に、安城市役所に勤める友人と話す機会があり、ここなら自分の望みが叶うのではないかと思い、安城市役所を受けてみました。
正直なところ、安城市役所を受かってからが一番悩みましたね。
これまでのキャリアが途切れてしまうことをいつか後悔するのではないか、そもそも自分の悩みは一時的なものではないか、今このタイミングで決断してもよいのだろうか、ひたすら自問自答し、葛藤していました。一緒に働いている人たちも皆良い人たちばかりで、大好きな職場に後ろ髪を引かれる思いもありました。しかし、自分が初めに感じた「地元で働きたい」という気持ちを信じ、安城市役所へ入庁する決断をしました。
「生活の基盤」を整えることが、良い仕事への第一歩
ー安城市役所に入庁されてから、ワークライフバランスや働く環境についてはどう感じていらっしゃいますか。
岩井:前職のような数年おきに居住地が変わる不安がなくなったことは、精神的に非常に大きなプラスでした。安城市役所であれば、職場が変わっても生活の拠点は変わりません。自分自身の生活基盤が安定しているからこそ、腰を据えて地域の課題に向き合える。これは公務員として働く上での、何よりの魅力だと感じています。
ー入庁後、最初の部署では、どのようなお仕事をされていたのでしょうか。
岩井: 最初の3年間は農務課に配属されました。農業用地の工事に関わる仕事で、非常に専門的で現場に近い仕事です。地図を広げ、農家の方々と対話を重ねながら、互いに支え合って進めていく、やりがいのある仕事でした。
その後、経営管理課に異動しました。市役所全体の業務改善やDX(デジタルトランスフォーメーション)推進、事務の効率化などを担当しました。ここでは「市役所という組織をどう動かすか」という、内側に向けたアプローチが求められました。
目の前の一枚の書類が、組織改革の壁になる
ー経営管理課でのプロジェクトで、特に印象に残っていることはありますか。
岩井:全庁的な「ペーパーレス推進」に取り組んだ際のことです。紙を減らしてデジタル化を進めようと、民間企業と連携して窓口にタブレット端末を導入し、申し込み書類をその場でデジタル化する実証実験を行いました。
意気揚々と始めたプロジェクトでしたが、現実は想像以上に厳しかった。どれだけ「市役所全体を変えよう」という大きな旗を振っても、実際に向き合うのは「この部署の、この業務の、この一枚の書類」という、気が遠くなるほどミクロな調整の積み重ねなんです。
各部署にはそれぞれの歴史があり、守るべき法律やルールがあります。現場の職員もデジタルに慣れていない。自分の理想と現場のリアリティの間に横たわる深い溝を目の当たりにして、正直、大きな無力感に襲われました。業務改善を成功させるためには、職場環境とそこで働く人の心理、ハード面とソフト面の両方が揃わなければならないということを痛感しました。まさか、ここで自分が前職で関心を持つようになった「人の心がどう動くのか」というソフト面へのアプローチ方法が、業務改善のキーになるとは思わなかったですね。
ーその「壁」にぶつかった経験が、現在のソフトバンク㈱への派遣研修の原動力になったのですか?
岩井:その通りです。市役所の内部にいるだけでは、この高い壁を乗り越えるための視点や、組織を動かす力に限界があると感じました。外の世界では、どのようにデジタルツールを使いこなし、どのように「新しい働き方」や「働きがい」を組織に根付かせているのか。それを見て、学び、安城に持ち帰りたい。その一心で、手を挙げました。
ソフトバンクで知った、人を育てる「言葉の力」
ー実際に出向されてみて、民間企業と市役所の違いをどこに感じていますか。
岩井:業務改善のソフト面という観点から見れば、最も衝撃を受けたのは「教育体制」と「フィードバック」のあり方です。市役所の新人教育は、基本的には4月1日から現場に配属され、先輩の仕事を見て覚えるOJTが中心です。これは教える側のスキルや忙しさに大きく左右されてしまい、成長の速度にバラつきが出てしまいます。
一方でソフトバンク㈱には、インプットとアウトプットのサイクルが仕組みとして整っています。まず研修で学び、現場を体験し、また研修に戻って整理する。さらに数ヶ月経てば、自分が何を学んだかを部署内で発表する機会が必ずあります。
「学んだことを自分の言葉で語る」というアウトプットを経て初めて、人は自分の成長を実感できるのだと、私自身も身をもって体験しました。そして、そのアウトプットを上司が正しく評価し、また次のステージへと導いてくれる。この「人を育てる文化」の熱量は、安城市にも絶対に取り入れたい仕組みです。
厳しい環境こそが、学びの宝庫であるという喜び
ー派遣研修先での日々は、やはり厳しい場面も多いのでしょうか。
岩井:毎日が刺激の連続です。研修先ではスピードが非常に速く、周りの職員も各自治体から選りすぐられた優秀なメンバーばかりです。特に若い世代の吸収力や、デジタルツールをまるで自分の手足のように使いこなす姿には、正直、圧倒されることもあります。
でも、そこで「自分はダメだ」と折れてしまうのではなく、「こんなに能力の高い人たちから教わることができる環境にいる自分は、なんてラッキーなんだろう」と考えるようにしています。
ーその前向きな姿勢の源は何ですか。
岩井:相手への「尊敬」です。年齢や立場は関係ありません。優れたものを持っている人へは、常にリスペクトを持って接しています。アンテナを高く張り、受け身にならずに自分から吸収しに行く。その姿勢こそが、新しい環境で自分をアップデートし続ける唯一の方法だと感じています。
「市民のため」の前に、「自分を納得させる」こと
ー岩井さんにとって、市役所職員として働く上での「良い仕事」の定義を教えてください。
岩井:建前ではなく本音で語るなら、「自分自身が納得でき、達成感を得られる仕事」が良い仕事だと思っています。もちろん、最終的には「市民のため」に繋がらなければなりませんが、自分が納得していないまま進める仕事は、結局のところ誰の心も動かせないと思うんです。
たとえそれが地道なルーチンワークであっても、自分なりにその仕事の意味を見出し、「よし、やりきった」と思えることが大切だと思います。自分の中に一本の筋を通し、納得して向き合うことが、結果として市民サービスの質を高めることに繋がると信じています。
ー定期異動についてはどう思いますか。ゼロから学び直しになるのではないかという不安を持つ方もいるかもしれません。
岩井:たしかに、公務員の仕事には異動がつきもので、キャリアが途切れるように感じることもあるかもしれません。でも、どの部署、どの持ち場にいても、自分なりに面白さを見つけ、モチベーションを「自己発電」できる力があれば、仕事はいくらでも楽しくなります。自分が成長しているという実感を、自らの手で掴み取りに行く。そんな価値観を持つ人が増えれば、市役所はもっと面白い場所になります。
安城市を変えるのは尖った強さを持つ「仲間」
ー岩井さんが考える「安城市役所で活躍できる人」とは、どのような人でしょうか。
岩井:これからの安城市役所に必要なのは、何かに「特化」している人だと思います。何でも平均的にこなせるジェネラリストももちろん大切ですが、これからの公務員は「データ分析なら誰にも負けない」「事務処理のスピードが神速」「誰よりも深く人と関係を築ける」といった、尖った強みを持つスペシャリストが組織を動かす力になると感じています。
何かに興味を持ち、それを深掘りして突き詰められる力。その専門性は、組織に新しい風を吹き込む力になります。
ー岩井さんがソフトバンク㈱から安城市に戻られた後、実現したいビジョンを教えてください。
岩井:一番やりたいのは「仲間づくり」です。私が研修先でどれだけ素晴らしい知識や最新のスキルを学んで帰っても、私一人の力で変えられることなんて、たかが知れています。「岩井が何か言ってるな」で終わらせてはいけないんです。
DXや業務改善、人材育成に情熱を持つ、尖ったメンバーが集まり、安城市役所の“当たり前”そのものを、チームでアップデートすることです。そんな未来を思い描いています。
安城市には、相談すれば親身になって応えてくれる、温かい人たちがたくさんいます。この素晴らしい「人柄」という土壌の上に、新しい仕組みを接ぎ木して、より良い市役所を作っていきたい。
一緒に安城の未来をおもしろがってくれる、そんな仲間の挑戦を、私は心から待っています。
ー今日はありがとうございました。
―「公務員という枠に、自分を当てはめなくていい」。
岩井さんのお話を伺いながら、心の中に爽やかな風が吹き抜けるような感覚を覚えました。
印象的だったのは、ご自身の無力感さえも隠さず、前向きなエネルギーへと変えていくしなやかな強さです。「納得して働く」という自分への誠実さを大切にするその姿勢は、組織の論理に流されがちな現代において、とても尊く、温かい光のように感じられました。
完璧であることよりも、自分だけの「尖った強み」を愛し、それを地域のために役立てようとする。そんな岩井さんのもとに集まる仲間たちが、これからの安城市をさらに面白く、そして優しい場所へと変えていく未来が、今から楽しみでなりません。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年1月取材)
撮影場所:WeWork 神谷町トラストタワー 共用スペース



