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安城市役所

安城市は昭和27年5月5日に市制を施行し、県下13番目の市として誕生しました。明治用水の豊かな水にはぐくまれ「日本デンマーク」と呼ばれるほど農業先進都市として発展してきましたが、中部経済圏の中心である名古屋市から30キロメートルという近い距離や、豊田市などの内陸工業都市や碧南市などの衣浦臨海工業都市に隣接するという地理的条件にも恵まれ、自動車関連企業をはじめとする大企業の進出、住宅団地の建設が盛んになり、急速に都市化が進んできました。 また、工場や住宅がたくさんできたことによって商業も盛んになり、市制施行当時37,704人であった人口は、今では19万人ほどに成長し、農・工・商業のバランスのとれたまちとなっています。

「公務員は退屈」なんて言わせない。安城市で見つけた、自分とまちを幸せにする働き方。

安城市役所

2026/03/16

 

―「公務員は退屈」なんて言わせない。

――安城市で見つけた、自分とまちを幸せにする働き方。

 

「公務員の仕事は、決められたことを淡々とこなすだけの、少し退屈なものだと思っていませんか?」
安城市役所に勤める稲垣さんは、そんな公務員への先入観を鮮やかに塗り替えてくれる存在です。
17年のキャリアの中で5つの部署を経験し、どの現場でも「市民、組織、そして働く自分たち」の三者が共に幸せになる道を模索し続けてきました。
かつては「とりあえず地元だから」と試験を受けた稲垣さんが、なぜ今、後輩から「最もキラキラ輝いている」と慕われるようになったのか。保育課での劇的な業務改革や、100万人を魅了する七夕まつりでの挑戦。その歩みの根底にあるのは、現状に甘んじない飽くなき探究心と、地元への深い愛情でした。
今回は、安城市が誇る情熱の職員・稲垣さんに、仕事を楽しむ極意と、公務員として歩む人生の豊かさについて、ゆっくりとお話を伺いました。


“うまくいかなかった”スタートと、最初の「寂しさ」を越えて

ー稲垣さんは今でこそ「熱い職員」の代名詞のようですが、入庁前は少し意外なスタートだったとお聞きしました。


稲垣:そうなんです。実を言うと、私は市役所の採用試験に一度落ちているんですよ。2年目の挑戦でようやく合格したのですが、当時は大学生活も決して真面目とは言えず、自分のことを「劣等生」だと思っていました。志望動機も「地元だし、とりあえず受けておくか」という、今から思えば少し恥ずかしいくらい、ぼんやりとしたものだったんです。


ーそんなスタートから、17年前の最初の配属はどちらだったのですか?


稲垣:最初の配属は体育課(現:スポーツ課)でした。ただ、当時は市役所の庁舎内ではなく外の施設での勤務だったので、同期たちが本庁舎でバリバリ働いている姿を見て、「自分は市役所の本流から外れてしまったのかな」という、少し寂しいような、疎外感を感じていたのを覚えています。


ーその寂しさは、どのようにして変わっていったのでしょうか。


稲垣:4年間、マラソン大会や駅伝などのイベント運営に携わる中で、民間企業の方々と接する機会が多くありました。そこで出会った方々の仕事の進め方や、社会人としての立ち居振る舞いに触れるうちに、「市役所の常識」に染まる前に、もっと広い世界があることを教わったんです。
正解のない仕事に悩み、もがいた4年間でしたが、今振り返れば、あの場所で多様な価値観に触れられたことが、私の公務員人生の確かな土台になりました。

 


「言われたことをやる」から「課題を自分で見つける」へ

 

ーその後、人事課へと異動。雰囲気も随分変わったのではないでしょうか。


稲垣:ガラリと変わりました。体育課がどこか、のどかな雰囲気だったのに対し、人事課は組織全体を支える中枢。他の部署からも常に厳しい目で見られているような、ピリッとした緊張感がありました。周囲は頭の切れる優秀な人ばかりで、最初はまた劣等感に襲われそうになりましたね。


ー人事課での仕事を通じて、稲垣さんの中で変化したことはありますか?


稲垣:それまでは「与えられた仕事をどうこなすか」ばかり考えていたのですが、人事課で職員の親睦イベントや、東日本大震災の被災地支援事業などを担当する中で、少しずつ意識が変わっていきました。
何もないゼロの状態から、「今、何が求められているのか」を考え、形にして、誰かに喜んでもらう。その手応えを感じたのが、この時期だったと思います。「指示を待つ」のではなく「自ら課題を見つけに行く」。その大切さに気づき始めたんです。


ーその気づきが、次の商工課での大きな活躍に繋がっていくのですね。


稲垣:商工課では、安城市最大のイベントである「安城七夕まつり」の運営を任されました。100万人規模の方が訪れるお祭りですから、責任の重さは計り知れません。でも、そこには正解がないからこその面白さがありました。
地域の商店街の方々や民間事業者の方々と手を取り合い、時にはぶつかりながらも、まちの賑わいのために汗を流す。安城市を舞台にした小説とのタイアップで、当時メジャーデビューを控えていた『緑黄色社会』のライブを実現させたことも、忘れられない思い出です。現場に足を運び、多様な方々と対話を重ねる中で、「市役所の中にだけいては、本当の課題は見えてこない」ということを痛感しました。

 


保育課で成し遂げた、働く自分たちも守るための「業務改革」

 

ーキャリアの4番目に経験された保育課での取り組みは、公務員を目指す人にとって非常に勇気をもらえるお話です。当初はあまり前向きではなかったとか。


稲垣:正直に申し上げると、少し落ち込みました(笑)。窓口業務や入園事務という、いわゆる「ルーチンワーク」中心の部署に配属されるのは、自分の性分には合っていないのではないか、と思っていたんです。
でも、配属されてすぐに、別の大きな課題に直面しました。保育課はとにかく業務量が凄まじかったんです。全庁でも三本の指に入るほど忙しく、職員は年中、夜遅くまで残業しているような状態でした。


ーその過酷な環境を、どのように変えていかれたのですか?


稲垣:このままでは、働く職員が疲弊してしまう。そう思い、入園手続きの仕組みを根本から見直すことにしました。膨大な書類を集約し、不必要なプロセスを削ぎ落として、事務の効率化を図りました。さらに、これまで窓口に直接来てもらっていた対面でのチェック業務を、一気に電子化へと舵を切ったんです。


ーこれまでの慣例を変えることに、抵抗はありませんでしたか?


稲垣:もちろん、簡単ではありません。でも私が大切にしたのは「三方よし」という考え方でした。市民にとって便利になり、組織としての精度も上がり、そして何より、現場で働く自分たち職員の負担が減り、笑顔で働けるようになること。
最終的に、3年間の取り組みで時間外の業務量を約3分の1まで減らすことができました。市民の方からも「窓口に行かなくて済むようになって助かる」という声をいただき、職員も心にゆとりを持って働けるようになった。この「市民の幸せと、自分たちのワークライフバランスを両立させる」という経験は、私の誇りです。

 


どんな環境でも、自分をさらけ出して「順応」する力

 

ー多くの部署を渡り歩く中で、新しい環境に馴染むための稲垣さんなりの秘訣はありますか?


稲垣:私は、新しい部署に行くたびに「自分をさらけ出す」ことを意識しています。自分からあれこれ聞きに行くよりも先に、まず「私はこういう人間です」と自己開示をしてしまうんです。
時には冗談を交えたり、自分のパーソナルな部分を少し話したり。そうやって自分をオープンにすることで、周囲との心の距離がぐっと縮まります。組織というのは人の集まりですから、まずは信頼関係という土壌を作る。それができれば、どんな部署でも自分らしく力を発揮できると信じています。


ー現在の企画政策課では、どのような挑戦をされているのでしょうか。


稲垣:現在は、安城市の将来の構想を描く「総合計画」の策定や、市の魅力を外に届ける「シティプロモーション」を担当しています。ここでも大切にしているのは、現場の声です。
各部署がこれから取り組みたい事業について話を聞く時も、書類上の数字を見るだけではなく、可能な限り現場を見に行くようにしています。そして、安城市の良さをどうすれば本当に届けたい相手に届けられるか。若手職員たちとプロジェクトチームを組み、日々もがきながら、楽しみながら、新しい安城の姿を模索しています。

 


安城市という「挑戦を面白がってくれる」場所

 

ー稲垣さんの17年を支えてきた、安城市役所という組織の魅力とは何でしょうか。
 

稲垣:一言で言えば、「挑戦を面白がってくれる土壌」があることです。新しいことを提案した時に、「前例がないから」と門前払いされるのではなく、「とりあえずやってみよう」と背中を押してくれる。
「安城市が先駆けて新しいことにチャレンジして、一歩抜け出してやろう」という気概が、組織の中に流れているんです。そんな自由な空気感があるからこそ、私もここまで走り続けてこれたのだと思います。

 


公務員という道の先で、あなたを待っているもの

ー最後に、安城市役所を目指す方や、公務員という仕事に興味を持っている方へメッセージをお願いします。
 

稲垣:公務員という仕事は、決して「安定」だけのものではありません。自分のアイデア一つでまちが変わり、市民の皆さんの笑顔が増え、そして自分自身の人生も豊かになっていく。そんな可能性に満ちた仕事です。
安城市には、新しくできるアリーナの構想や七夕まつりなど、ワクワクするような挑戦の場が無限に広がっています。もし、あなたが「地元のために何かしたい」という温かい気持ちを持っているなら、ぜひその一歩を踏み出してください。
どんな環境にいても、自分なりの目的を見つけ、楽しみを見出す。そんな姿勢があれば、公務員生活は、あなたが想像している以上にキラキラと輝いたものになるはずです。安城市役所で、あなたと一緒に汗を流せる日を楽しみにしています。


ー今日はありがとうございました。


―「公務員の仕事は、もっと自由で、もっと輝けるはず」。

 

稲垣さんの弾むような言葉を聞いているうちに、私の中にある市役所への先入観が、心地よく崩れていくのを感じました。


特に心に残ったのは、多忙な保育課で見せた「三方よし」の改革です。市民のためだけでなく、共に働く仲間の笑顔も守る。その優しさと強さの根底には、かつての自分を「劣等生」と呼んだ、稲垣さんの謙虚な眼差しがあるように思えてなりません。


自分の弱さも、情熱も、まるごとさらけ出す。そんな稲垣さんのオープンな姿勢が、周囲を巻き込み、安城市というまちをさらに明るく照らしていくのでしょう。一歩踏み出す勇気が、自分とまちの未来をこんなにも美しく変えていくのだと、温かい希望をいただいた取材でした。
 

 

取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年1月取材)

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安城市は昭和27年5月5日に市制を施行し、県下13番目の市として誕生しました。明治用水の豊かな水にはぐくまれ「日本デンマーク」と呼ばれるほど農業先進都市として発展してきましたが、中部経済圏の中心である名古屋市から30キロメートルという近い距離や、豊田市などの内陸工業都市や碧南市などの衣浦臨海工業都市に隣接するという地理的条件にも恵まれ、自動車関連企業をはじめとする大企業の進出、住宅団地の建設が盛んになり、急速に都市化が進んできました。 また、工場や住宅がたくさんできたことによって商業も盛んになり、市制施行当時37,704人であった人口は、今では19万人ほどに成長し、農・工・商業のバランスのとれたまちとなっています。

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