大学院での研究の日々を経て、母の故郷である上天草市へ。歴史の専門家としての知見を、単なる「研究」に留めるのではなく、地域の「保護」と「発信」のために捧げる。そんな独自のキャリアを歩んでいるのが、上天草市役所で働く学芸員の西田さんです。
新施設「本と歴史の交流館イコット」の開館や貴重な古墳の修復など、彼がこの地で刻んできた挑戦の軌跡と、行政職としての学芸員のリアルな魅力について、じっくりとお話を伺いました。
- 研究の世界から母の故郷へ。行政学芸員としての第一歩
- 図書館と歴史が交差する、市民の交流拠点「イコット」
- 単なる「館員」ではない。文化財を未来へつなぐ業務
- 専門性が地域を救う。装飾古墳の修復にかけた情熱
- 海と島と月。この美しい上天草で、歴史の「伸びしろ」に挑む仲間へ
研究の世界から母の故郷へ。行政学芸員としての第一歩
ー西田さんは大学院で博士課程まで進まれたとお聞きしました。そこからなぜ、自治体の職員という道を選ばれたのでしょうか?
西田:はい、私は熊本市の出身で、大学から大学院まで計10年ほど歴史の研究に没頭していました。
就職を考え始めた時期に、たまたま上天草市で「非常勤職員(現在の会計年度任用職員)」としての学芸員募集を見つけたのがきっかけです。
実は私の母の出身が上天草市で、私自身も幼い頃から海や山で遊び回っていた、非常に愛着のある土地だったんです。
ー縁のある土地で、専門を活かせる仕事が見つかったのですね。
西田:そうですね。当時はまだ今のような新しい施設もありませんでしたが、自分にとって馴染み深い地域の歴史を支えられることに魅力を感じ、まずは非常勤職員として入り、令和4年度からは正規職員として採用いただきました。
気づけばこの市役所に来て10年になりますが、今でも毎日が新しい発見の連続です。
ー学芸員を志したきっかけも、やはり歴史への情熱からですか?
西田:もともと歴史が大好きだったというのもありますが、大学で学芸員資格の取得が必須だったことも大きいです。
勉強を重ねるうちに、単に知識を得るだけでなく、それをいかに「形」にして残し、伝えていくかという仕事の深さに惹かれていきました。
民間には学芸員のポストが少ないという現実もありましたが、結果的に「市役所」という場所を選んだことで、歴史をより【多角的かつダイレクトに】守る役割を担えていると感じています。
図書館と歴史が交差する、市民の交流拠点「イコット」
ー現在、西田さんが拠点とされている「本と歴史の交流館イコット」について教えてください。
西田:大矢野町にある「イコット」は、令和5年10月にオープンしたばかりの新しい施設です。老朽化した図書館を建て替える際、市民の皆さんがより集まりやすく、かつ地域の歴史を学べる場所にしようというコンセプトで創られました。
最大の特徴は、図書館と歴史資料館が一体となっている点です。
さらに交流スペースや、大型滑り台などの遊具のある広場も併設されていて、お子さんから高齢の方までが集う「地域の交流の場」となっています。
ー図書館と資料館が併設されていることで、どのようなメリットがありますか?
西田:これまで上天草市には歴史を専門的に紹介する施設がありませんでした。
歴史に関心がある人だけでなく、本を借りに来た人がふと展示に目を留め、自分の住む地域のルーツを知る。そんな【予期せぬ出会い】が生まれるのが、この施設ならではの面白さですね。


単なる「館員」ではない。文化財を未来へつなぐ業務
ー上天草市の学芸員は、普段どのような業務をされているのですか?
西田:一般的に学芸員というと、博物館の中で資料を展示したり、調査研究をしたりする仕事を想像されると思います。
自治体によってはそうした業務が中心のところもありますが、上天草市での私の役割は「文化財のプロフェッショナル」として、埋蔵文化財の調査や諸々の行政事務に広く携わっています。
朝、出勤してまずはメールや電話のチェック、そして事務処理をこなすという流れは、他の行政職の職員と変わりません。文化庁や県等からの文書への対応、市内の開発工事に伴う文化財保護法に関する手続きなどの業務もあります。

そうした事務をこなしつつ、資料館の運営や調査、展示を行うという、文化財担当としての行政事務と専門職の博物館学芸員の仕事を両方担当しているようなイメージですね。


ー「開発工事に伴う文化財保護の手続き」という業務もあるのですね。
西田:はい。例えば、市民の方が家を建てたい、業者が工事をしたいという時に、その場所が遺跡にあたらないかを確認し、必要があれば試掘調査等の対応を行います。
土地の所有権等、個人の財産も関わるため、法律に基づいた正確かつ迅速な判断が求められます。自分の専門知識を根拠に、【行政としての判断】を行わなければならない。そこが、研究職とは決定的に異なる、厳しくもやりがいのある部分です。
専門性が地域を救う。装飾古墳の修復にかけた情熱
ーこれまでの業務で、特に印象に残っているエピソードはありますか?
西田:やはり「イコット」の開館準備は一生の思い出です。
ゼロから展示構成を考え、解説文を作成し、各種資料の確認や専門の先生に監修をお願いするなどして内容の確認を徹底しました。行政が発信する情報として絶対に間違いは許されませんから。
無事にオープンし、地域の方から「いい場所ができたね」「勉強になった」と言っていただけた時は、肩の荷が下りると同時に、深い安堵感に包まれました(笑)。
ー西田さんの専門知識が直接活かされたプロジェクトもあるとか。
西田:上天草市には、古墳の石材に文様が描かれた非常に貴重な「装飾古墳」があるのですが、その保存施設が老朽化し、古墳の保存環境に問題が生じていました。
私は大学時代に「文化財科学」を専攻し、文化財に対して科学的な分析による研究を行っていたので、その知見を活かして、様々な専門の先生方にご指導をお願いし、古墳を安定した状態で保存できる環境を整えるための保存施設の修理に携わることができました。
ーまさに専門職冥利に尽きる仕事ですね。
西田:はい。学んできたことが目の前の貴重な文化財の保存の助けとなり、地域の誇りを守ることにつながった瞬間でした。
学芸員が私一人の環境だからこそ、自分の判断がダイレクトに結果に結びつきます。プレッシャーは大きいですが、その分、やり遂げた時の達成感は他では味わえないものがあります。

海と島と月。この美しい上天草で、歴史の「伸びしろ」に挑む仲間へ
ー上天草市役所の「職場の雰囲気」について教えてください。
西田:大きな組織ではない分、部署間の垣根が本当に低いですね。
開発関係の部署とも日常的に相談し合える環境ですし、「縦割り」で仕事が止まることもありません。困ったときはすぐ誰かに聞ける。そんな温かさと風通しの良さがあります。
ーワークライフバランスはいかがですか?
西田:施設が月曜休館なので、休みは「日・月」のローテーションです。係の3人で計画的に調整しているので、有給休暇も取りやすいです。
残業も今は月10〜20時間程度です。休日は趣味を兼ねて地域の文化財を見に行くこともあります。
ー学芸員の西田さんから見た、上天草市の魅力は何ですか?
西田:やはり、美しい自然と歴史が密接に重なり合っているところです。「海・島・山」がこれほど綺麗に揃っている場所はなかなかありません。
市内の三つの山(千巌山および高舞登山、龍ヶ岳)は国の名勝に指定されていて、そこから見渡す有明海や雲仙岳、天草松島と呼ばれる島々、八代海が見る方角によって様々に組み合わさる景観は絶景です。
個人的には夜の景色も大好きで、天草五橋などから見える島々の間に浮かぶ月の光が海面にキラキラと道のように反射する様子を眺めていると、「なんていいところなんだろう」としみじみ感じます。
歴史的な背景も含め、こうした素晴らしい景観を日常の中で感じられることが、上天草の一番の魅力だと思います。

ー最後に、これから学芸員を目指す方へメッセージをお願いします。
西田:上天草市には、まだ光が当たっていない歴史資料や、調査が必要な文化財が山のようにあります。ここは、歴史を掘り起こし、新しい価値を吹き込むための「伸びしろ」しかない職場です。
単なるルーチンワークではなく、自分の手で歴史を紐解き、地域を面白くしていきたい。そんな【情熱と知的好奇心】を持った方と一緒に働けるのを、心から楽しみにしています。
ー本日はありがとうございました。
歴史を愛し、故郷を想う。西田さんとお話ししていると、穏やかな語り口の中にある、文化財を守る「守護者」としての熱い自負が伝わってきました。
専門職という孤高の立場にありながら、決して閉ざされることなく、市民や同僚と同じ目線で未来を見つめるその姿勢は、上天草の歴史を未来へつなぐ架け橋そのものです。
名勝の山々が静かに見守るこの街で、古き記憶を丁寧に紐解き、次なる世代へと手渡していく。そんな西田さんの誠実な眼差しの先に、新しい歴史がしなやかに芽吹いていく確かな予感がしました。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年1月取材)



