「公務員に転職した時点で、英語を使う夢は箱にしまっていました」 かつて旅行会社で培ったスキルや語学力。公務員として働く人生を選ぶ代償として、それまでに培った能力や特技を活かす機会は失われるものだと、どこかで諦めている方はいないでしょうか。
群馬県伊勢崎市役所では、そんな「もったいない」を解消し、職員の意欲に火をつける画期的な人事制度「iマッチング」が動き出しています。 それは、所属部署に籍を置いたまま、期間限定で他部署の業務を経験したり、プロジェクトに参画したりできる仕組み。
今回ご紹介するのは、街の未来を描く「企業誘致」の最前線で汗を流しながら、この制度を使ってかつての夢だった「国際交流」の舞台へと飛び出したYさんです。 「数学の勉強の合間に、英語をやるような感覚」。 二つの全く異なる業務を両立させることで生まれたのは、疲労ではなく、心地よい充実感と仕事への新たな誇りでした。 「やりたい」「できる」を封印せず、自分らしく輝くためのヒントが、このインタビューには詰まっています。
- 充実したキャリアと、諦めていた「もう一つの自分」
- 人事異動の「当たり前」を変える。ミスマッチを防ぎ、意欲を引き出す新制度
- 「受験勉強」のような相乗効果。多忙な日々の中でも感じた心の余裕
- 「外」からの視点が、企業誘致という本業に深みを与えた
- 「やりたい」を諦めない。これからの公務員に求められる働き方
充実したキャリアと、諦めていた「もう一つの自分」
ーまずは、現在所属されている「企業誘致課」での業務内容について教えてください。
Yさん:現在は企業誘致課という部署に所属しています。その名の通り、伊勢崎市に優良企業を誘致し、市の産業を活性化させるための業務を行う部署です。
県外に出張して「ぜひ伊勢崎に拠点を構えませんか」とPRを行ったり、実際に企業が進出するための受け皿となる「産業団地」を整備したりするのが主な業務です。
ー産業団地の整備というのは、非常にスケールの大きな仕事ですね。
Yさん:そうですね。私は「産業団地推進係」として、伊勢崎市の地形や土地利用の状況を調査して、次の産業団地の候補となる場所を探します。そして、地元調整を行ったり、群馬県と何度も協議を行ったりしながら少しずつ産業団地造成を進めていきます。
1つの産業団地をつくるためには、その土地をお持ちの地権者の方々のご協力が不可欠です。時には100名規模の方々一人ひとりと向き合い、「農業を継続される意向があるか」「この土地にどのような思いがあるか」を丁寧に伺いながら、計画へのご理解を求めていきます。

ー根気と誠意が求められる業務なのですね。そこにどのようなやりがいを感じていますか?
Yさん:やはり、自分たちの仕事が「市の未来」に直結している点ですね。地元の皆さんに納得していただき、喜んでもらえるような優良企業を誘致できれば、雇用が生まれ、税収が増えます。その豊かさを市民の方々に還元していくことが私たちの最終的なゴールです。
地図に新しい区画が生まれ、そこに活気が生まれる。そのプロセスを一から作り上げていくこの仕事には、他では味わえない大きな達成感と誇りを感じています。
ーとてもやりがいのあるお仕事なのですね。一方で、Yさんは前職で旅行会社に勤務されていたと伺いました。その経験は業務で活かせていますか?
Yさん:いえ、今の業務は旅行会社に勤務していた頃とまったく異なるので、その時の経験を活かす機会はほとんどありません。正直に言うと、そこに関しては市役所に転職するときに半ば諦めてきたことだったんです。
昔から海外に興味があり、英語を使って仕事をするのが好きだったのですが、私がこれまでに担当した業務では、相手が日本語話者だったので英語を使う機会はほとんどありませんでした。
もちろん、転職する時点で「公務員になったら、英語を使う仕事はもうできないだろう」と覚悟はしていましたので、「がっかりした」ということはありませんでした。
国際交流に携われる職員はほんの一握りですし、希望が必ず通るわけでもありません。「もう英語を使って業務をするようなことはないだろうけど、今の企業誘致課での業務にはとてもやりがいを感じているし、満足している」と納得していて、スキルを眠らせたままにしていました。
人事異動の「当たり前」を変える。ミスマッチを防ぎ、意欲を引き出す新制度
ーそこで「iマッチング事業」を活用されたのですね。そもそも、これはどのような制度なのでしょうか?
Yさん:簡単に言うと、人事異動によるミスマッチを防ぎ、職員のモチベーションを高めるための新しい取り組みです。
通常の人事異動は組織主導で行われますが、それだけではどうしても「自分のやりたいこと」と「配属先」の間にズレが生じてしまうことがあります。この制度は、職場のニーズと職員の能力をより高いレベルでマッチングさせ、職員のエンゲージメントを向上させることを目的としています。
ー具体的にはどのような仕組みで運用されているのですか?
Yさん:2024年度から試行的に始まり、現在は本格的に実施されています。最大の特徴は「所属部署に籍を置いたまま、他部署の業務を行える」という点です。
各部署から「こういうスキルを持った人が欲しい」という募集があり、それに対して職員が自ら手を挙げる(応募する)形になります。完全に異動するのではなく、期間や時間を区切ってプロジェクトに参加できるため、今のキャリアを中断することなく新しい挑戦ができるのが魅力ですね。
ーそれで今回、Yさんは手を挙げられたわけですね。
Yさん:はい。ある日、iマッチングの掲示板に「多文化共生課」の募集があがったんです。応募条件のひとつとして「英語でコミュニケーションが取れること」と書かれていたんです。
それを見た瞬間、「もしかしたら今の部署でやりたいことを実現しながら、英語を使った仕事ができるかもしれない!」と衝撃を受けました。自分の英語のスキルを活かせる絶好の機会だと思い、迷わず応募しました。
「受験勉強」のような相乗効果。多忙な日々の中でも感じた心の余裕
ー具体的には、どのような形でプロジェクトに参加されたのですか?
Yさん:期間は8月と9月の2ヶ月間限定で、毎日3時間ほど「多文化共生課」に行って業務を行うというスタイルでした。
主なミッションは、姉妹都市であるアメリカ・ミズーリ州のスプリングフィールド市との交流事業です。こちらから訪問する際の随行と、向こうから来る方々の受け入れ対応、この二つがメインでした。
9月上旬には8日間、伊勢崎市民の方3名と一緒に現地へ渡航しました。市民の方が現地のお祭りで日本文化を紹介する際のサポートや、現地職員との調整、スプリングフィールド市長表敬訪問の際の通訳などを担当しました。
その後、9月下旬にはスプリングフィールドの方々が来日されたので、6日間にわたって「伊勢崎まつり」への参加や市内観光の案内、着物体験などのアテンドを行いました。

ー企業誘致という業務を抱えながら、毎日3時間の別業務、さらに海外出張となると、かなりハードだったのではないでしょうか?
Yさん:確かに業務量としては増えますし、とても忙しかったです。でも不思議なことに、精神的な負担を感じることは全くなくて、むしろ毎日が生き生きとしていました。
例えるなら、「受験勉強」に近い感覚かもしれません。ずっと数学の勉強をしていて脳が疲れた時に、休憩するのではなく、あえて英語の勉強に切り替えることで頭がリフレッシュされることってありますよね(笑)
ーすごく分かりやすい例えですね。方向性が変わると、むしろリフレッシュされるということでしょうか?
Yさん:まさにそうなんです。企業誘致課で論理的に計画を詰める業務と、多文化共生課で英語を使ってコミュニケーションを取る業務、全く質の違う仕事を並行して行うことで、良い意味での気分転換になり、結果的にどちらの仕事にも高い集中力で取り組むことができました。
旅行会社時代の経験を活かして、空港での手続きから現地での急なスケジュール変更への対応までスムーズに行えたことも自信になりましたし、何より「自分の強みが役に立っている」という実感が、忙しさを上回るエネルギーをくれました。
もともと企業誘致課の仕事にもとてもやりがいを感じており、企業誘致の業務と多文化共生の業務という「やりたいこととやりたいこと」に取り組むことができる相乗効果もあり、充実感がとても大きかったと思います。

ーちなみに、送り出す側の企業誘致課の方々の反応はどうだったのでしょうか?
Yさん:「私が他部署に派遣されることで、迷惑をかけてしまうかもしれない」という思いから、職場の方々からどのような反応があるのか正直不安でした。最初は恐る恐る隣の席の先輩、次は係長、その次は課長、と順番に相談をしていったのですが、皆さん「それはいい経験だね!頑張っておいで!」と快く背中を押してくれたんです。
私の不在中、業務をカバーしてくれた同僚たちには感謝しかありません。こうした「個人の挑戦を応援してくれる風土」があることも、伊勢崎市役所の大きな魅力だと改めて感じました。
「外」からの視点が、企業誘致という本業に深みを与えた
ー今回の経験を通じて、ご自身の中で気持ちの変化や、成長したことはありますか?
Yさん:一番の変化は、「伊勢崎市への愛着と誇り」がこれまで以上に大きくなったことです。
私は出身も住まいも伊勢崎市外なので、これまでは仕事の対象として「土地」や「地形」を見ることはあっても、伊勢崎市の「文化」や「歴史」を深く掘り下げる機会はあまりありませんでした。
ですが、海外の方々に伊勢崎市の魅力を紹介するために、改めてこの街のことを調べ直したことで、伊勢崎市が持つ文化的な奥深さや、人の温かさを再発見できたんです。
ー実際に海外の方の反応はいかがでしたか?
Yさん:スプリングフィールドで「日本秋まつり」というイベントに参加した時、伊勢崎のことを知っている方がたくさんいて、「伊勢崎市のことをもっと教えて!」と目を輝かせて聞いてくれたんです。
その熱意に触れて、姉妹都市としての歴史の重みを感じましたし、自分たちが働いている街は海を越えてこんなにも愛されているんだと感動しました。
受け入れの際にも、普段は何気なく通り過ぎていた公園や歴史的文化財を案内したのですが、皆さんがすごく喜んでくれて、「暮らす場所としても観光する場所としても、伊勢崎ってこんなに素晴らしい場所だったんだ」と、私自身が一番驚かされたかもしれません。
ー「再発見」は、企業誘致の仕事にも活きそうですね。
Yさん:まさにそのとおりです。企業誘致も一種の営業ですから、「外から見た時に伊勢崎がどう映るか」という視点は不可欠です。
これまでは土地の利便性といったハード面のアピールが中心でしたが、街の文化や歴史、市民の温かい気質といったソフト面の魅力も、自信を持って企業の方に伝えられるようになりました。「外の視点」を得たことで、企業誘致という仕事に深みが増したと感じています。

「やりたい」を諦めない。これからの公務員に求められる働き方
ーiマッチング事業での経験を経て、Yさんのキャリア観に変化はありましたか?
Yさん:そうですね。これまでの人事異動は、どうしても組織主導で決まるもので、「自分はこれがやりたい」と声を上げる機会はあまりありませんでした。「配属された場所で頑張ろう」と、どちらかといえば「受け身」で考えるのが普通だと思っていました。
でも、このiマッチング制度を通じて、「自分はこういうことができます」「こういうことをやりたいです」と手を挙げ、それを実現することができました。
この経験は、「自分でキャリアを切り拓けるんだ」という大きな自信になりました。
ーこれから公務員を目指す方や、キャリアに悩んでいる方に向けてメッセージをお願いします。
Yさん:最近は、公務員一本に絞るのではなく、民間企業と迷いながら、最終的に「やりたいこと」を軸に市役所を選ぶ方が増えていると感じます。
そんな方々に伝えたいのは、「市役所を選んだからといって、何かを諦めたり捨てたりする必要はない」ということです。私自身、転職する時は「もう英語は使えない」と諦めていましたが、実際にはこうして今の部署にいながら、得意な分野で自分のスキルを発揮できる機会に恵まれました。
伊勢崎市役所には、多様なバックグラウンドを持つ職員を受け入れ、その「得意」を活かそうとする柔軟な土壌があります。
ー「安定」だけでなく「挑戦」もできる場所なんですね。
Yさん:そのとおりです!なので、自分の得意分野や経験を全て抱えたまま、前向きな気持ちで飛び込んでもらいたいと思っています。「自分はこれができます!」とアピールすれば、それを活かせるチャンスは必ず巡ってきます。
今の仕事に誇りを持ちながら、新しいことにも挑戦できる、そんな充実した働き方ができるのが、今の伊勢崎市役所です。皆さんと一緒に、それぞれの「得意」を活かして働ける日を楽しみにしています。

ー本日はありがとうございました。
取材中、特に印象的だったのは「繁忙期に仕事が増えたのに、精神的にはむしろ元気になった」と語るYさんの晴れやかな表情です。 「数学の勉強に疲れたら、英語でリフレッシュする」。
その独特な例え話からは、人間は「やりたい仕事」に取り組むとき、エネルギーが湧いてくるのだということを改めて教わった気がします。 そして何より、多忙な中で部下の挑戦を「行っておいで」と送り出す上司や同僚の温かさ。制度だけでなく、その根底にある「個の想い」を尊重する伊勢崎市役所の風土こそが、職員を輝かせている本当の理由なのかもしれません。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2025年11月取材)



