「もっと早く生活を見直していれば、この人の人生は変わっていたかもしれない」
病院で臨床経験を積んだ看護師なら、一度は抱くかもしれないその葛藤。今回のインタビューのお相手であるSさんも、かつて循環器内科の看護師として、そのジレンマと向き合っていました。
そんなSさんが次のステップとして選択したのは、病院ではなく行政、そして保健師という仕事でした。
群馬県伊勢崎市。多くの外国籍住民が暮らすこの多文化共生のまちで、保健師としてどのような支援をしているのでしょうか。
「治療」から「予防」へ。そして「指導」から「対話」へ。
生活習慣病予防やメンタルヘルス、そして言葉の壁を超えた支援まで。地域住民の命と暮らしを守るSさんの、静かながらも熱い想いに迫ります。
- その人らしい生活を守るために。伊勢崎市保健師のリアルな現場
- 「治った」が見えないもどかしさ。それでも予防の道を選んだ理由
- 「脂っこいものが好き」を変える?信頼を築く対話の技術
- 多文化共生のまち・伊勢崎市だからこそできる。言葉の壁を超えた支援
- 元気な状態から関わる医療職。あなたも伊勢崎市で挑戦しませんか?
その人らしい生活を守るために。伊勢崎市保健師のリアルな現場
ーまずは、Sさんが現在所属されている部署と、具体的な業務内容について教えていただけますか?
Sさん:現在は、伊勢崎市保健センターに所属しています。私が担当している業務は大きく分けて2つあります。
1つ目はがん検診です。年度当初に検診のご案内をお送りしたり、SNSなどを通じて「がん検診を受けましょう」といった啓発活動を行ったりしています。特に力を入れているのが、検診で「要精密検査」という判定が出た方への受
診勧奨です。
がん検診で「要精密検査」となった方は、「がんかどうか調べる必要がある段階」です。精密検査を受けなければがんの疑いは消えません。電話などで丁寧に事情を伺いながら、確実に医療機関へつなげられるようサポートしています。

2つ目は精神保健の分野で、主に自殺対策を担当しています。悩んでいる人に気づき、声をかけ、必要な支援につなぐ「ゲートキーパー」の養成講座を企画したり、住民の方からの心の健康相談に応じたりしています。
ーがん検診と精神保健、どちらも専門性が求められる分野ですね。保健活動では地区担当制も導入されているのでしょうか?
Sさん:そのとおりです。業務担当とは別に、担当する地区を持っています。その地区内では、母子保健に関することや、地域住民の方からの相談対応など、分野を限定せずに幅広く関わらせていただいています。
ー先程の話の中で「要精密検査」となっても受診されない方がいらっしゃるというのは意外でした。やはり、ご本人なりの理由があるのでしょうか?
Sさん:そうですね。「仕事が忙しくて時間が取れない」という方もいれば、「今は症状がないから」という理由から、足が遠のいてしまう方もいらっしゃいます。
精密検査は自分の身体のことを知るための大切な機会だと思っています。ただ「行ってください」と伝えるだけでなく、その方の背景にある事情やお気持ちを傾聴しながら、確実に受けてもらえるよう支援しています。
「治った」が見えないもどかしさ。それでも予防の道を選んだ理由
ーSさんは元々、病院で看護師をされていたそうですね。臨床の現場から、行政保健師へ転身されたきっかけは何だったのでしょうか?
Sさん:以前は病院で、循環器内科の看護師として働いていました。そこでは、心筋梗塞等の心臓病で入院される患者さんと日々向き合っていました。
入院治療が必要な状態になると、ご本人はもちろん、ご家族の体力的・精神的な負担も非常に大きくなります。そうした姿を間近で見ているうちに、病気がこれほど進行してしまう前に、何かできることはなかったのだろうかという思いが強くなっていきました。
「入院に至るもっと手前の段階で、その人の生活全体に関わることができれば、未来を変えられるかもしれない」そう考えたとき、病院で待っているのではなく、地域に出て住民の方の生活習慣に働きかける「保健師」という仕事にたどり着いたんです。
ーまさに予防への強い想いが原点だったのですね。実際に保健師として働いてみて、臨床現場とのやりがいの違いは感じますか?
Sさん:そうですね、そこは大きく違います。
病院であれば、治療をして「病気が治った」「退院できた」という目に見える成果があります。ですが成人保健分野での保健師の仕事は、「病気を未然に防ぎ、人々の健康を支えること」だと思っています。私の関わりによってその人が病気にならなかったのか、その因果関係を証明することは難しいですし、成果が出るとしても長いスパンの話になります。
ー確かに、今日頑張った結果がすぐに見える仕事ではなさそうですね。
Sさん:そのとおりです。当然のことではあるのですが、正直もどかしさを感じることもあります。
それでも、健康診断後の面談などで、住民の方が「生活を変えなきゃいけない」とハッと気づいてくださる瞬間や、実際に行動を変えて数値が改善した姿を見られたときは、本当に嬉しいですね。
知識を伝えるだけでなく、その人の心を動かすことに関われたんだと実感できる。それが、今の私にとって一番のやりがいであり、面白さだと感じています。
「脂っこいものが好き」を変える?信頼を築く対話の技術
ー生活習慣を変えるというのは、頭では分かっていても難しいものです。特に「お酒」や「食事」は楽しみでもありますし、指導する難しさもあるのではないでしょうか。
Sさん:おっしゃるとおりです。「やっぱり脂っこいものはやめられない」「お酒が好き」とおっしゃる方に、専門職だからといって頭ごなしに否定しても、行動は変わりません。
誰だって、楽しみを奪われるようなことを一方的に言われたら嫌ですよね(笑)
ー確かにそうですね。では、具体的にどのようにアプローチされているのですか?
Sさん:まずは「変えられない理由」や「変えたくない理由」に耳を傾け、その方の気持ちをしっかりと受け止めるようにしています。
その上で、私が一方的に説明するのではなく、ご本人に行動を変えるメリットと変えないデメリットを語っていただくような問いかけを意識しています。自分で口に出すことで、ご自身の中で整理がついたり、納得感が生まれたりするんです。

ーご本人に語ってもらうのがポイントということですね。そこには、やはり看護師時代の経験も活きているのでしょうか?
Sさん:はい、循環器内科での経験は今の私の強みになっていると思っています。
例えば、なぜ塩分を控えなければならないのかを説明する際も、体のメカニズムに基づいた根拠のある説明ができます。ただ、否定しても理屈がわかると納得してくださる方も多いので、そこは臨床経験があって良かったなと思う部分ですね。
ー相手のペースや理解度に合わせる姿勢が、住民の方との信頼関係につながっているのですね。
Sさん:そう信じています。住民の方は、時には健康問題だけでなく、家族関係や経済的な悩みなど、複雑な背景を抱えています。
短時間の相談であっても、この人は私のためを思って真剣に考えてくれているという姿勢は必ず伝わります。だからこそ、お一人おひとりの人生に寄り添うことを大切にしています。
多文化共生のまち・伊勢崎市だからこそできる。言葉の壁を超えた支援
ー伊勢崎市ならではの特徴や、地域課題についてもお聞かせください。
Sさん:伊勢崎市の大きな特徴として、多くの外国籍住民の方が暮らしていることが挙げられます。
母子保健や健康相談の場面でも、外国ルーツの方と関わる機会が非常に多いのですが、やはり言葉の壁が課題になることがあります。伝えたいことが伝わらない、相手の困りごとを正確に汲み取れない……そんなもどかしさを感じる場面も少なくありません。
ー言葉の壁は大きいですね。そうした場面ではどのように対応されているのですか?
Sさん:言葉が通じないから仕方ないと諦めたり、中途半端な対応に留めるようなことはしません。
例えば、通訳の方に同席してもらったり、翻訳機を利用したりして、ご本人が母国語で安心して話せる環境を整えるようにしています。
以前、ある外国人の方の相談に通訳を交えて対応したことがありました。最初は不安そうで硬い表情だったのが、母国語で思いの丈を話し、私たちがそれをしっかり受け止めたことで、最後には明らかに安心した表情に変わったんです。出だしが困難だっただけあって、「相談してよかった」と言っていただけたときは、嬉しかったですね。
ー言葉を理由に支援を諦めない姿勢はとても素敵ですね。
Sさん:ありがとうございます(笑)
これからも伊勢崎市の特色である「多様性」を尊重し、日本人だけでなく外国人住民の方も、必要な健康情報にアクセスでき、安心して暮らせる環境づくりを進めていきたいと思っています。
「やさしい日本語」での発信や多言語パンフレットの作成など、できることから一つずつ取り組んでいます。

元気な状態から関わる医療職。あなたも伊勢崎市で挑戦しませんか?
ー最後に、これから保健師を目指す方へのメッセージをお願いします。
Sさん:私が所属している保健センターは、困ったときに相談しやすい温かい雰囲気が魅力です。
保健師の仕事は、乳幼児から高齢者まで対象が幅広く、正解のない対人援助ゆえに悩むこともあります。でも、そんなときは一人で抱え込まず、先輩や同僚にすぐに相談できますし、上司とも定期的に目標設定や振り返りを行う機会があるので、安心してキャリアを積むことができています。
ー安心して働ける環境があるのは心強いですね。
Sさん:そうなんです。
そして、保健師は医療職の中でも唯一、「元気な人がより悪くならないように」という予防の段階で関われる職種だと思っています。
先ほどもお話ししたように、すぐに結果が出る仕事ではありません。でも、自分の関わりによって、誰かの行動が変わり、その結果としてその人が長く健康でいられるかもしれない。そのプロセスに立てるのは、保健師だと思っています。
これから試験を受ける方や、就職を考えている方は漠然とした仕事内容に不安も多いと思います。でも、ここにはたくさんの素敵な出会いがあり、尊敬できる仲間がいます。
ぜひ私たちと一緒に伊勢崎市で働きましょう。皆さんの受験をお待ちしています!

ー本日はありがとうございました。
「健康のため」という正論だけでは、人は動かない。 Sさんの言葉から強く感じたのは、そのもどかしさと真摯に向き合う、プロフェッショナルとしての深い愛情でした。
生活習慣や言葉の壁。一人ひとりが抱える「できない理由」を否定せず、まずは受け止める。その丁寧な対話の積み重ねこそが、5年後、10年後の誰かの笑顔を確実に守っているのだと感じます。 多文化共生のまち、伊勢崎市。ここには、国籍や背景に関わらず、すべての人の「生きる」に寄り添い続ける、温かい保健師の存在がありました。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2025年11月取材)



