「放っておいたら駄目なんです。誰一人取り残さない、最後の砦みたいなところがあって」
そう話すのは、八幡市役所国保医療課で保健師として働く林弥生さん。今年で入庁17年目を迎え、この4月に異動するまでの16年間は健康推進課で母子保健や成人の健康づくりに携わってきました。
現在は、75歳以上の高齢者を対象に、健康事業と介護予防を一体的に実施する事業の企画調整を担当しています。今回は、保健師を志した理由や、地域に「ご近所筋トレ」を広げていった経験、職場の雰囲気やこれからの後輩たちへの思いについて、お話を伺いました。
- 港をめぐる保健師の映像。進路の迷いを晴らした一本のビデオ
- 16団体から30か所へ。「ご近所筋トレ」を市内に広げた3年間
- 保健師と事務の垣根なし。部活動や同期のつながりが生む働きやすさ
- 異動した17年目の春。仕事を楽しむ姿勢を後輩にも伝えたい
港をめぐる保健師の映像。進路の迷いを晴らした一本のビデオ
ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。
林:地元は近隣の市で、今も住んでいます。八幡市役所までは自転車で20分ほどで通っています。母が看護師で、自分も看護師を目指していたのですが、大学の授業で、住民に声をかけながら港町を自転車でめぐる保健師の姿を紹介するビデオを見たのがきっかけで、保健師に魅力を感じました。
看護の実習で病院に行くと、出会うのは病気になった状態の患者さんで、良くなれば地域に戻っていきます。病院で見えるのはその人の生活のごく一部で、本来は病院に来る前と帰った後の生活があります。そこに関わって、病気にならないように支える仕事のほうが自分に合っているのではと思ったのが、保健師を目指したきっかけでした。

16団体から30か所へ。「ご近所筋トレ」を市内に広げた3年間
ーこれまでのお仕事について教えてください。まず、入庁されてからの16年間はどのような業務を担当されていたのですか。
林:16年間ずっと健康推進課にいました。前半は母子保健の地区担当として、生まれた赤ちゃんの家庭訪問や、乳幼児健診を実施する仕事をしていました。
あわせて、成人保健の事業も担当していて、特定保健指導やがん検診、高血圧や認知症をテーマにした高齢者向けの健康教育なども行っていました。その間に、2人の子どもを出産しています。
ー2人目育休復帰からの3年間は、どのような仕事をされていたのですか。
林:健康増進係というところで、活動量計を使った「やわた未来いきいき健幸プロジェクト」を担当していました。健康マルシェの開催や、連携協定を結んだスポーツクラブとの介護予防教室の運営など、決まった形のない事業を一から組み立てていく仕事でした。

ーその中で、とくに印象に残っている取り組みはありますか。
林:「ご近所筋トレ」という介護予防の事業です。65歳以上の住民さんが5人以上のグループを作り、30分のDVDを見ながらゴムバンドで筋トレをするという内容で、平成30年ごろから始まっていました。最初は16団体まで増えたのですが、コロナ禍で新規の立ち上げがゼロになってしまって。
私が健康増進係になったときにこの事業を担当することになり、既存の老人クラブや福祉委員会に声をかけたり、健康教育を実施する団体に「このあと運動しませんか」とDVDを持って行って体験してもらったりしました。体験して良ければ、そのまま立ち上がるグループも増えていって、今では30か所ほどに広がっています。最初の4週間は職員が毎週通ってやり方を伝え、そのあとはDVDとゴムバンドを渡して、自分たちで続けてもらう形にしています。平成30年から続いている団体も、コロナ禍を経てもほとんど活動が続いているんです。

ー住民さんとの関わりの中で、うれしかったエピソードはありますか。
林:もともと健康に関心が薄かった方が、健康マルシェに来てくれたのをきっかけに、健康教育や教室にどんどん参加してくれるようになったことがあります。最終的には、地域の体操教室を支えるサポーター養成講座にも興味を持ってくれて、5日間の講習を受けてサポーターになってくれました。
無理に生活習慣を変えてもらうというより、本人が「いいね」と思って楽しく通ってくれるようになったのが、すごくうれしかったですね。

保健師と事務の垣根なし。部活動や同期のつながりが生む働きやすさ
ー職場の雰囲気について伺いたいのですが、保健師同士や事務職の方との関係はいかがですか。
林:昔は保健師が健康推進課に固まっていて、他の課の職員をあまり知らないような雰囲気もあったのですが、保健師の分散配置が進むにつれて、事務職との垣根はなくなってきました。今の国保医療課も、事務職が多い中に保健師が数人という配置で、それぞれの得意分野を生かしながら仕事をしています。
ーそのほかに、職場のつながりを感じる場面はありますか。
林:部活動もあって、私はバレーボール部に入っていました。当時一緒にやっていた人たちが、今は課長など上の立場になっていることもあり、心強いです。組合活動でも、年に数回集まる機会があります。あとは同期のつながりも大きくて、若手の職員は同期でお昼ご飯を毎日一緒に食べているくらい仲が良いです。
ー後輩の育成では、どんなことを意識されていますか。
林:入庁すると、プリセプター(指導担当)がついてくれていて、分からないことをすぐに聞くことができました。また、私が指導した後輩は、今でも相談してくれることがあります。私自身も頼られるとうれしいので、こまめに声をかけて話を聞くようにしています。
私は仕事が「楽しい」とよく言っていて、それを後輩にも伝えたいと思っています。なるべく褒めるようにしたり、こまめに声をかけたりしながら、その楽しさが少しずつ広がっていけばうれしいです。

異動した17年目の春。仕事を楽しむ姿勢を後輩にも伝えたい
ーこの4月に異動されたとのことですが、どのような状況だったのでしょうか。
林:16年間健康推進課にいて、17年目で初めての異動でした。新しい業務を覚えなければいけなくて、4月は残業もありました。ただ、6月に入って、仕事にも慣れてきたので家族の時間も持てるようになってきましたね。
ー普段の勤務時間はどれくらいなのでしょうか。
林:基本は8時30分から17時15分までで、通常は18時ごろまでには帰れています。イベントの準備が重なる時期は多少残業することもありましたが、ずっと残業が続くようなことはありません。
ー子育てをしながら働くうえで、働きやすさを感じる部分はありますか。
林:子育て世代が多い職場なので、子どもの急な発熱などで休むときも、お互いさまという雰囲気があります。子どもが大きくなった先輩からも「大変だったね」と声をかけてもらえますし、休みやすい環境だと思います。
ー最後に、保健師を目指す方へのメッセージをお願いします。
林:今は国保医療課で、保健師や栄養士といった専門職と相談しながら、一人ひとりに合った関わり方を考えています。血圧が高い人を放っておいたら駄目なんです。誰一人取り残さない、最後の砦みたいなところがあって、そこにやりがいを感じています。
保健師の仕事は母子や成人と多岐にわたります。色んな人に出会って色んな人の人生に関わることが出来る。そんな素敵な仕事を一緒にすることができたら嬉しいです。
ー本日はありがとうございました。
「ご近所筋トレ」を広げていった3年間のお話からは、決まった形のない仕事を自分たちで作り上げていく面白さが伝わってきます。名前を覚えてもらうことをうれしいと語る姿から、保健師という仕事の手応えが伝わってくるインタビューでした。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年06月取材)



