大工だった父に憧れ、自らも現場で汗を流してきた一人の職人が、今は「行政」の立場から地元の景色を創っています。
南さつま市役所で建築職として働く﨑向さんは、福岡での家具・内装設計、そして実家での大工経験を経て、人生の転機を機に故郷の公務員へと転職しました。
現場を知る強みと、市民の財産を守る責任感。今回は、民間での技術を公共の価値へと昇華させ、次世代の街づくりに挑む﨑向さんの情熱と素顔に迫ります。
- 大工経験を経て公務員へ。家族と街のために選んだ「建築職」という道
- 「市」と「県」を跨いで磨いた、建築行政の専門性
- 2年目に訪れた「金峰山」の挑戦。形に残る公共建築の喜び
- 民間の「コスト意識」と行政の「使命感」の融合
- 若手が躍動するチーム。未来の仲間へ送るバトン
大工経験を経て公務員へ。家族と街のために選んだ「建築職」という道
ーこれまでの歩みと、民間から公務員へ転職を決めた理由を教えてください。
﨑向:私が建築を志したのは、大工だった父の影響が大きいです。幼い頃、お弁当を届けに行く現場の木の香りや、黙々と木を削る父の姿に「かっこいいな」と強く憧れ、自然と同じ道へ進みました。
福岡の大学で建築を学び、卒業後は家具製作会社で店舗の内装設計などを3年経験。その後、地元に戻り父の工務店で8年ほど大工として働きました。自ら現場の最前線で「つくる」喜びを味わったこの【現場の肌感覚】は、今でも私の大きな財産です。
ー職人としてのキャリアを歩まれる中で、転機は何だったのでしょうか?
﨑向:大きなきっかけは、子どもが生まれたことです。当時は営業から見積、施工まで全て一人でこなしており、家族との時間を確保するのが難しいほど多忙でした。
将来を考えた際、大好きな地元に貢献でき、かつ家族との時間も大切にできる南さつま市役所の建築職の募集を知り、「培ってきたスキルを、今度は市民のために活かしたい」と転職を決意しました。
実際に公務員になってからは土日祝日が休みになり、子どもの成長を近くで見守れる今の環境に、非常に満足しています。

「市」と「県」を跨いで磨いた、建築行政の専門性
ー入庁後の経歴についても詳しく教えてください。
﨑向:最初の4年間は建築住宅課の建築係に配属されました。その後、2年間は人事交流という形で鹿児島県の南薩地域振興局へ派遣されました。市役所では「つくる側」としての業務が多いのですが、県では建築基準法に基づく「審査」や「検査」といった、許認可の側面を深く学びました。
市に戻ってからは住宅係を2年経験し、市営住宅の管理や修繕を担当しました。そして今年の4月からは、再び建築係に戻り、現在は係長としてチームをまとめています。市の職員としてだけでなく、県の視点も持てたことで、多角的な視点で建築行政を捉えられるようになったのは、自分にとって大きな強みです。
ー現在は係長として、具体的にどのような業務を担っているのでしょうか?
﨑向:係全体で4名の部下がいます。彼らが担当する公共施設の修繕や新築、改修工事の進捗を確認したり、技術的なアドバイスをしたりするのが主な役割です。
また、窓口での建築相談も重要な仕事の一つです。建築基準法に照らして、市民の方や業者さんからの相談に答え、安全な建物が建つようにサポートしています。

2年目に訪れた「金峰山」の挑戦。形に残る公共建築の喜び
ーこれまでの業務で、特に心に残っているプロジェクトはありますか?
﨑向:入庁2年目に担当した「金峰山(きんぽうざん)展望施設」の新築工事です。トイレや休憩所、展望台を備えた施設なのですが、当時入庁2年目だった私に一から新築を任せてくれたことは大きな挑戦でした。
設計の段階から、電気や機械の業者さん、さらには観光交流課などの他部署とも綿密に協議を重ねる必要があり、若手だった私には調整の連続で、毎日が必死でした。
市の意向をどうデザインに反映するか、コストと品質をどう両立させるか。悩んだ末に完成した施設を見に行った時、そこでお客さんたちが笑顔で景色を眺めている姿を見たんです。「ああ、自分の仕事がこの街の景色の一部になり、誰かの喜びに繋がっているんだ」と、深い感動を覚えました。

ー公共建築ならではの難しさとやりがいは、どこにあると感じますか?
﨑向:民間は特定のクライアントの要望に応える仕事ですが、公共建築は「万人のため」のものです。誰か一人の好みではなく、すべての市民にとって安全で使いやすく、長く愛されるものでなければなりません。
その責任は非常に重いですが、公共施設をつくるプロジェクトに関われるというのは、建築の世界でも誰もが経験できることではない、特別なことだと思っています。
市民の皆さんの大切な税金や財産を預かり、その未来を「代表して建設させてもらっている」という自負は、自治体で働く建築職としての大きな誇りです。
民間の「コスト意識」と行政の「使命感」の融合
ー民間の経験が、今の市役所の仕事にどう活きていると感じますか?
﨑向:一番は「コスト意識」と「効率性」ですね。民間では利益を出さなければなりません。その感覚を公務員になっても持ち続けることは、非常に重要だと思っています。税金を使って建物を作るわけですから、いかに無駄を省き、効果を最大化するか。この意識を徹底することが、市民への誠実さに繋がると信じています。
ーコミュニケーションの面ではいかがでしょうか?
﨑向:窓口対応は予想以上に多いですね。建築の専門用語をそのまま伝えるのではなく、一般の市民の方にどれだけ噛み砕いて説明できるか。納得していただけるまで丁寧に話を聞く姿勢は、民間の営業や相談対応で培ったものが活きていると感じます。

若手が躍動するチーム。未来の仲間へ送るバトン
ー職場の雰囲気や、チームの様子を教えてください。
﨑向:今の建築係は20代から30代が中心で、非常に若返りましたね。みんな明るくて元気があり、チーム全体に活気があります。係長という立場になりましたが、私自身が少し前まで同じ担当者だったこともあり、みんなが気兼ねなく相談してくれる関係性を大切にしています。プライベートな話で盛り上がることも多く、風通しの良い職場です。
南さつま市は「砂の祭典」をはじめ、イベントも盛んです。建築職も会場設営の応援に行ったりしますが、そうした機会に他部署の職員と知り合えるのも楽しみの一つです。専門職として閉じこもるのではなく、街全体で盛り上げる感覚がいいですね。
ー最後に、﨑向さんの今後の目標と、南さつま市の建築職を目指す方へメッセージをお願いします。
﨑向:係長としての私の目標は、担当の係員が困らないようにしっかりと導いていけるリーダーになることです。建築の現場や行政の実務では、予期せぬ課題や判断に迷う場面も多いですが、部下たちが一人で抱え込んでしまわないよう、すぐに相談に乗れる体制を常に整えたいですね。
私自身も少し前まで同じ担当者として動いていた感覚を忘れず、些細なことでも気軽に声をかけてもらえる、そんな距離感の近い係長でありたいと思っています。
建築という仕事は奥が深く、責任も伴うため苦労もありますが、その分完成した時の喜びは格別です。自然豊かで温かな人々が暮らすこの南さつま市で、建築職として一緒に街を盛り上げていきましょう。皆さんの挑戦を、心から待っています!

ー本日はありがとうございました。
﨑向さんの言葉一つひとつからは、自らのルーツである「つくること」への純粋な愛情と、故郷を想う温かな眼差しが伝わってきました。
かつて憧れたお父様の背中を追い、今度は自分が「係長」として若手を導く立場へ。現場を熟知した職人としての「鋭さ」と、仲間を想う「優しさ」を併せ持つ﨑向さんは、まさに南さつま市の建築行政を支える柱のような存在です。
彼のような先輩がいれば、新しい挑戦もきっと心強いものになるだろう。そう確信させてくれる取材でした。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年4月取材)



