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三木市役所

三木市は、古い歴史と自然に恵まれ、播磨国風土記には、億計(おけ)、弘計(をけ)2皇子の古代ロマンの物語が記されています。また、戦国時代には、東播8郡24万石を領した別所氏の居城があり、三木合戦によって荒廃した町は、豊臣秀吉の復興策によって商工業が活発化し、今日の金物産業の発展の基礎をつくりました。 三木市と吉川町の合併により、名実ともに山田錦(酒米)の主生産地となり、三木金物ブランドも全国的に有名です。 一方、市域内を中国及び山陽自動車道が通過するなど、全国的にも交通の要衝として注目され、数多くのゴルフ場が立地するほか、「三木ホースランドパーク」「山田錦の館」「吉川温泉よかたん」「ネスタリゾート神戸」など、観光資源も多彩なものがあります。

兵庫県へ出向を経て再発見した「三木市役所」の魅力。地域と深く歩む土木技術職のリアル

三木市役所

2026/01/06

兵庫県三木市役所で働く田窪さんのインタビュー記事です。大学卒業後、土木技術職として入庁。都市政策課、プロジェクト推進課を経て、兵庫県への出向も経験されました。「地図に残る仕事」の醍醐味や、県庁と市役所の仕事の違い、そして「ゴルフのまち」三木市ならではの温かい職場環境について、率直な想いを語っていただきました。


運命を変えたインターンシップでの「気づき」

ーまずは、田窪さんのこれまでのご経歴を教えてください。

 

田窪:私の出身はここ三木市で、大阪の大学で土木を学び地元をよりよい街にし、皆さんが住みやすく戻ってきたいと思ってもらえるようなまちにしたいと思い、三木市役所に入庁しました。

 

最初の2年間は、都市政策課で都市計画というまちづくりのルールを作る業務に携わりました。  その後、2年間はプロジェクト推進課で、産業団地に関する造成やアクセス道路の計画を行い、新たなものを作っていく過程を学び、良い経験を積むことができました。

 

入庁5年目からは兵庫県の土木事務所へ2年間出向し、大規模な工事の積算発注、工事監督の基本を学びました。 

入庁7年目となる今年から、再び、三木市役所のプロジェクト推進課に戻り、三木市の中心事業であるサービスエリアと一般道路を接続するスマートインターチェンジ工事の監理を務めています。

 

ー大学時代、周囲の方は公務員を目指す方が多かったのでしょうか?

 

田窪:そうですね。私が所属していた学科は、公務員試験の教科書を作っているような有名な教授がいらっしゃるので、公務員を目指す学生が比較的多い環境でした。私が公務員を目指すようになったターニングポイントは大学時代に参加させていただいたインターンシップによる体験がきっかけです。

参加させていただいたインターンシップは、河川ダムの建設に関する事業の体験で、発注者の「公務員」、設計や工事監理などに携わる「コンサルタント」、実際に工事をする「ゼネコン」の三者の立場を体験できる画期的なものでした。


1週間の中で、今日はコンサルタント、明日はゼネコン、次は公務員というように、それぞれの立場にたって、仕事を体験させてもらうことで、それぞれの役割を理解することができました。

 

この体験を得て、公務員に対するイメージがガラッと変わり、計画、発注、工事完了まで全てのことに携わり、そして現場を監理できる魅力、面白さに強く関心を持つことができました。

ー具体的にどのようなイメージの変化があったのでしょうか?

 

田窪:正直に言うと、それまでは公務員といえば「安定はしているけれど、一日中パソコンに向かって事務仕事ばかりしている地味な仕事」というイメージを持っていました。


でも、実際に体験してみると全く違いました。公務員の技術職も頻繁に現場に出ますし、自分たちで直接作業をするわけではないですが、現場の最前線で指揮を執り、まちづくりに深く関わっていることを知りました。
 

私はもともと「まちづくり」が好きで、道路などが出来上がって形として残ることに魅力を感じていました。公務員という立場でも、現場に行き、自分の仕事が地図に残るような成果に繋がることを肌で感じ、「こっちの道に進みたい」と強く思えるようになりました。

合意形成の難しさを学んだ都市政策課時代

 

ー入庁後、最初に配属された都市政策課ではどのようなお仕事をされましたか?

 

田窪:都市政策課では、主に都市計画というまちづくりのルールを作る「用途地域の見直し」を担当しました。簡単に言うと、まちの目的に応じて建てられる建物のルールを決める仕事です。「ここは工場を建てていいエリア」、「ここは人が住むための住宅街」といったように、それぞれの目的に応じて建てられるルールを定めていきます。

 

これには、その地域の住民の方や関係者とまちづくりの考え方についての合意が必要となるので、さまざまな立場からの意見を聞きながら、よりよいまちとなるようにまとめていく難しさがあり、すごく勉強になりました。
 

ー仕事をする中で印象に残っていることや、大変だったことはありますか?

 

田窪:やはり「説明することの難しさ」は痛感しました。例えば、今まで何もなかった場所に新しいルールを作り、用途地域を変更したりする場合、地元の住民の方や事業者の方への説明が不可欠です。

「なぜこの変更が必要なのか」「地域にとってどんなメリットがあるのか」を丁寧に説明し、理解していただかなければなりません。時には反対意見が出ることもありますし、地元の方々の生活に直結することなので、合意形成を図るプロセスは非常に勉強になりました。

県出向で触れた数億規模のダイナミックな現場と、だからこそ気づく市役所の仕事

ーその後、プロジェクト推進課を経て兵庫県土木事務所へ出向されました。土木事務所ではどのような業務を担当されたのでしょうか?

 

田窪:道路の計画や工事に携わる部署で、2年間出向となり、市役所よりも大きな事業規模感が違いました。私が担当した業務は、元の道路と新しい道路をつなぎ、車が通りやすくするために、道路をゼロからつくる工事、いわゆる「バイパス道路」です。山を切り開いてドーンと道を通すような、非常にダイナミックな工事でした。

県に出向してからも、立場は違っても、同じ三木市の県道全域を担当し、工事についても2〜3つの道路工事の現場を担当していました。市役所時代には経験したことのない事業規模の予算が動くような大きな現場を任せてもらい、技術者として非常に貴重な経験を積むことができました。

 

ー市役所と土木事務所、両方で働いてみて感じた「違い」や、改めて気づいた三木市役所の魅力はありますか?

 

田窪:仕事の内容自体に大きな違いはありませんが、「地域との関わり方」の深さが決定的に違うと感じました。土木事務所では規模が大きくやりがいもありますが、全県的な視点で事業を進めるため、どうしても「道路を作ること」自体が主目的になりがちです。

一方で、市役所は、地域に下ろして、地域の事を考えながら仕事をします。道路を作るにしても、地元の方々と何度も顔を合わせ、「もっとこうしてほしい」と意見を吸い上げながら、「一緒になってまちや道路」をつくっていきます。このような実感をしながら、大きい業務~小さい業務まで、市街地のまち~村単位のことまで「トカイナカ」ならではの様々な地域環境で経験を積むことで、大きなやりがいを感じ、自分の成長につながっています。

また、住民の方との距離が圧倒的に近いですし、私たち職員も転勤がないので、その地域と一生付き合っていくことになります。この「密な関係性」の中で、地域の方々と一緒になって、地元の町に貢献できる、汗をかけることが、市役所ならではの魅力だと再確認しました。

「ゴルフのまち」が育む、温かい人間関係

 

ーなるほど、地域密着だからこそのやりがいですね。では、職場の雰囲気についても教えてください。

 

田窪:三木市役所は、本当にアットホームで温かい職場です。道路に関する業務に携わることが大半ですが、財政、水道、農業、観光など、様々な課と連携していかなければなりません。仕事をしている中で、時には市長や副市長から、ねぎらいの言葉をかけていただいたり、窓口から職員同士の顔が見えやすく、相談しやすい環境です。

あと、三木市ならではの特徴として「ゴルフ」を通じたコミュニケーションが盛んです。実は三木市は、西日本で一番ゴルフ場が多い自治体なんです。このため、市役所内でもゴルフをする人が多くて、年末には市長や副市長も含めた大規模なゴルフコンペもあります。


若手職員も気軽に参加させてもらえて、普段の業務ではなかなか話す機会のない部長級の方や、他部署の先輩方ともゴルフを通じて交流できます。そこで顔を覚えてもらえると、いざ仕事で連携が必要になった時にすごく話が早くて(笑)。遊びも仕事も一緒に楽しめる、風通しの良さは自慢できるポイントですね。

副市長も一緒に和やかな雰囲気でコンペの様子1
仕事を離れて笑顔で楽しむコンペの様子2

残業のリアルと、メリハリのある働き方

ー働きやすさという面ではいかがですか?

 

田窪:休暇は非常に取りやすいですね。事前に予定して休むことはもちろん、子供の急な発熱でお迎えに行かないといけない時や、自身の体調不良などでも、周りがフォローしてくれるので気兼ねなく休めます。

ただ、正直に言っておきますが、残業については、「あります」。

 

ーそこは包み隠さずお話しいただけるんですね。

 

田窪:はい。ここを隠して「公務員=定時退庁」というイメージだけで入庁してしまうと、ギャップで苦しむことになってしまうと思います。特に私がいるプロジェクト推進課のような部署は、県や高速道路会社、工事業者、地元など、関係各所との調整が非常に多いです。相手があることなので、調整に時間がかかったり、昼間は現場に出て夕方から資料づくりなど、どうしても残業が発生することがあります。

でも、その分残業手当もありますし、やった分だけ事業が進んでいく実感もあります。忙しい時は忙しいですが、オフの時はしっかり休んでゴルフに行くなど、メリハリをつけて働いています。

まずは挑戦を。学力以上に大切なこと

ー最後に、これから公務員を目指す方や、三木市役所に興味を持っている方へメッセージをお願いします。

 

田窪:公務員試験というと「勉強が大変そう」と身構える方がいますが、入庁してからは学力以上に、コミュニケーション能力や、周りと協力して物事を進める力が大切になります。また、私も学校での勉強は苦手でしたが、ここでは、実践的なので、業務を通じ、実体験しながらしっかり学び成長することができます。必要に応じて、先輩方に助けていただきながらここまでやってくることができました。

就職活動の時期、公務員試験は民間企業より内定が出るのが遅いので不安になることもあると思います。実際、私の友人も「もう待てないから」と途中で諦めて民間に行ってしまったケースがありました。でも、そこで諦めずに挑戦する価値が、この仕事には確実にあると思います。

ー本日はありがとうございました。
 

「残業はあります」と、あえて現実も包み隠さず話してくれた田窪さん。その飾らない言葉からは、仕事への責任感と、誠実さが伝わってきました。

 

兵庫県の土木事務所への出向という外の世界を経験したからこそ語れる「地域と密に関わる面白さ」は、自治体職員の醍醐味そのものだと感じます。ゴルフを通じた世代を超えた交流など、三木市役所ならではの温かい人間関係も魅力的でした。

取材・文:パブリックコネクト編集部(2025年11月取材)

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三木市は、古い歴史と自然に恵まれ、播磨国風土記には、億計(おけ)、弘計(をけ)2皇子の古代ロマンの物語が記されています。また、戦国時代には、東播8郡24万石を領した別所氏の居城があり、三木合戦によって荒廃した町は、豊臣秀吉の復興策によって商工業が活発化し、今日の金物産業の発展の基礎をつくりました。 三木市と吉川町の合併により、名実ともに山田錦(酒米)の主生産地となり、三木金物ブランドも全国的に有名です。 一方、市域内を中国及び山陽自動車道が通過するなど、全国的にも交通の要衝として注目され、数多くのゴルフ場が立地するほか、「三木ホースランドパーク」「山田錦の館」「吉川温泉よかたん」「ネスタリゾート神戸」など、観光資源も多彩なものがあります。

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