市役所の仕事は驚くほど多岐にわたり、なかには歴史のロマンを追い求め、過去と未来を繋ぐ専門的な仕事も存在します。
今回お話を伺ったのは、長浜市役所で「文化財技術職」として働く職員。大学で考古学を専攻し、その専門知識を活かして、日々、地中に眠る遺跡の発掘調査や貴重な文化財の保護に尽力されています。
大阪で育ち、学生時代には滋賀へ通い、福井での実務経験を経て、縁あって長浜市へ。移住者としてこの地に根を下ろし、専門職としてのキャリアを歩んできた職員に、文化財技術職という仕事のリアルなやりがいや知られざる苦労、そして歴史と文化に彩られた長浜市で働く魅力について語っていただきました。
そこには、「好き」を仕事にする純粋な喜びと、未来へ歴史を繋ぐという、静かな誇りが満ち溢れていました。
「ありきたり」は嫌だった。歴史のロマンを追い求めたキャリアパス
―長浜市役所に入庁されるまでのご経歴を教えていただけますでしょうか。
職員:出身は大阪府高槻市です。大学は滋賀県内の大学で、日本考古学を専攻していました。大学を卒業後、福井県で文化財関係の嘱託職員を3年間経験し、平成26年度に長浜市役所に入庁しました。現在に至るまで、文化財保護や歴史まちづくりに関する部署で働いています。

―大学時代から考古学を専門的に学ばれていたのですね。大学での学びをそのまま仕事にしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
職員:就職活動の時期には、この専門分野一本でいこうか、それとも違う道に進もうか迷いがありました。文化財技術職の募集は当時、今ほど多くはなかったんです。なので、民間企業の試験も受けていました。しかし、そちらはご縁がなく、どうしようかと考えていたときに、たまたま福井県で文化財の嘱託職員の募集を見つけました。福井での3年間は、まさに専門職としての「下積み」時代で、現場のイロハを徹底的に学びました。
遺跡を未来へつなぐ。責任とやりがいが交差する現場
―福井県での3年間を経て、長浜市役所で正規職員になられたわけですが、仕事内容にどのような違いがありましたか?
職員:一番大きいのは「責任の重さ」です。福井県での嘱託職員の仕事は、発掘調査現場での補助的な業務が中心でした。もちろん、それも大切な仕事ですが、正規職員になると、自分が現場監督として、事業全体を動かしていく立場になります。
限られた予算と期間の中で、現場の安全管理から調査のクオリティまで、すべてに責任を持って事業を完遂させなければなりません。

―「調査のクオリティ」というのは、具体的にどういったことなのでしょうか。
職員:私たちが普段行っている発掘調査は、住宅や工場の建設といった開発行為に伴うものが多く、調査が終わればその遺跡は姿を消してしまう運命にあります。だからこそ、後世にその遺跡の情報をどれだけ正確に残せるかが、私たちの仕事の根幹をなすのです。
写真や図面での記録はもちろん、土がどのように積み重なっているか(堆積状況)といった細かな情報まで、一つひとつ丁寧に記録していきます。
最終的に作成する報告書に書かれたことが、その遺跡が存在した唯一の証になるわけですから、非常に重要な作業であり、専門的なスキルが問われます。
“第一発見者”になれる喜び。歴史の1ページを紡ぐ仕事
―文化財技術職としてのやりがいや、苦労などを教えてください。
職員:大変なのは、やはり体力面ですね。発掘調査は屋外での作業なので、季節を問わず行います。特に夏の猛暑の中での作業や、冬の厳しい寒さは体にこたえます。調査期間も、通常は2〜3ヶ月ですが、大きな現場だと10ヶ月程度かかることもあります。
その一方で、大きなやりがいを感じるのは、自分が遺跡の「第一発見者」になれる瞬間です。
何百年、何千年も地中に眠っていた土器のかけらや建物の跡を、自分の手で掘り出した時の感動は、何物にも代えがたいものがあります。
また、現在は史跡に指定されている庭園の整備事業にも携わっているのですが、事業が進むにつれて庭園が目に見えて綺麗になっていく様子を見ると、この仕事をやっていてよかったなと心から実感しますね。

―働き方についてもお伺いしたいのですが、ワークライフバランスはいかがでしょうか。
職員:基本的には土日祝日が休みなので、しっかり休めています。現在は観光振興を担当する部署にいるため、たまにイベントで休日出勤することもありますが、その分はきちんと代休を取得できるので、仕事と休日のオンオフのバランスは取れていると思います。
趣味でバードウォッチングやスキューバダイビングをするのですが、長浜は琵琶湖をはじめ豊かな自然に囲まれているので、休日も充実した時間を過ごせていますよ。
―職場の雰囲気について教えてください。
職員:皆さん真面目で、それぞれが責任感を持って仕事に取り組んでいる、とても良い雰囲気の職場です。専門職同士はもちろん、他の部署の職員とも気兼ねなく意見交換ができる、風通しの良さを感じています。
―文化財技術職(発掘)の人員体制はどのようになっていますか?
職員:発掘調査を専門とする職員は、私を含めて4名です。その他に、建造物担当の職員がいたり、博物館には学芸員がいたりと、それぞれが専門分野を活かして働いています。発掘調査は、現場ごとに私たち4名の中から担当を割り振って対応しています。

―文化財の専門家として、長浜市はどのような街だと感じますか?
職員:滋賀県内でもトップクラスに文化財が多い、「文化財の宝庫」と言っても過言ではない場所です。現在、長浜市内には830箇所以上の遺跡が地下に眠っていることが確認されています。
それだけでなく、国宝に指定されている竹生島の宝厳寺(ほうごんじ)の建造物をはじめ、国・県・市指定の文化財が480件以上あります。本当にさまざまなジャンルの文化財に恵まれた、歴史的に見ても非常に豊かな土地だと思います。
長浜の歴史の魅力を未来へ。
―最後に、今後の目標や、この仕事を通して実現したいことをお聞かせください。
職員:これからも長浜市の歴史のスペシャリストとしてあり続けたい、という思いが一番強いです。そして、長浜が持つ歴史の魅力を、講演会やイベントなどを通して広く市民の皆様に伝えていきたいです。
この地に数多く残る素晴らしい文化財が、未来の子どもたちの世代まで末永く大切に継承されていくように、その一助となることができればと思っています。
―この文化財技術職という仕事を、ひと言で表すと何でしょうか?
職員:そうですね…「一見ニッチで地味な仕事に見えるけれど、とても大事な仕事」でしょうか。周囲の人からは「好きなことを仕事にできていいね」と言われることもありますが、まさにその通りだと思います。
歴史はロマン。そのロマンを仕事にしている、と言えるかもしれませんね。
―今日はありがとうございました。
歴史を学ぶ中で培われた知識を、長浜市で活かしたい。そのまっすぐな情熱と、文化財技術職という専門性への静かな誇りを感じる取材でした。
印象的だったのは、「歴史はロマン」という言葉。それは、ただ過去を紐解くだけではなく、今を生きる私たちに、未来へ続くバトンを渡すような、尊い使命感に満ちていました。
一見地味に思える仕事の裏側にある、熱い想いと、ご自身の「好き」を貫いてきた真摯な姿勢。
そんな働き方を体現されている方が、このまちの未来を支えている。そう考えると、長浜の街並みが、さらに輝いて見えてくるかもしれません。

取材・文:パブリックコネクト編集部(2025年9月取材)