熊本県南部に位置する津奈木町。海と山に囲まれた自然豊かなこの町に、現代美術を中心に多彩な企画を展開する「つなぎ美術館」があります。今回お話を伺ったのは、同館で学芸員を務める楠本さん。広告業界や海外での勤務という異色の経歴を経て、約25年前につなぎ美術館へやってきました。
「小さなコミュニティだからこそ、自分のアイデアを形にし、アートが社会にどう役立っているかを実感できる」。そう語る楠本さんに、多岐にわたる学芸員の仕事内容から、水俣病をテーマにした20周年プロジェクトの裏側、そして温かい職場の雰囲気まで、学芸員として働くことのリアルと醍醐味を伺いました。
これから学芸員を目指す方、地方でのキャリアを考えている方にとって、必見のインタビューです。
- 広告業界から文化人類学、そして学芸員へ。異色のキャリア
- 企画から事務、海外対応まで。「調整役」としての多岐にわたる業務
- 小さな町だからこそできる挑戦。住民との対話から生まれたプロジェクト
- よそ者を温かく受け入れる、オープンでポジティブな町と職場
- 未来の学芸員へ。アートを通じてより良い社会を
広告業界から文化人類学、そして学芸員へ。異色のキャリア
ーまずは、楠本さんのご経歴から教えてください。
楠本:福岡県生まれで、高校卒業後は大阪の大学で美術を学びました。卒業後3年ほど、大阪の広告制作会社に勤めていました。
ーそこからなぜ学芸員の道へ進まれたのでしょうか?
楠本:広告の仕事も面白かったのですが、元々山登りが好きで、週末に地方の山岳地帯などへ行った際に、必ず近くの民俗資料館に足を運んでいたんです。普段自分が置かれている環境とは全く違う、自分の知らない暮らしや文化を知るのが好きでした。そこから民俗学に興味を持ち、会社を辞めて鹿児島の大学院で文化人類学と日本民俗学を学びました。
その後、福岡でミュージアム関連の事務所を立ち上げたり、予備校や博物館で働き、タイの大学での勤務を経て、平成13年につなぎ美術館の公募に応募し、採用されました。当時はこんなに長くいるとは思っていませんでしたが、結果的に25年ほど勤めています。

企画から事務、海外対応まで。「調整役」としての多岐にわたる業務
ー現在の具体的な業務内容を教えてください。
楠本:基本となるコレクションの保存・管理をはじめ、企画展やコレクション展、アートプロジェクトの企画・運営を行っています。また、アーティストの滞在制作プログラム(レジデンスプログラム)の企画運営や、地元中学校と連携した教育普及活動も行っています。
さらに、他の美術館や大学などの教育機関とのネットワーク作りも重要です。
ー1日のスケジュールはどのような流れですか?
楠本:日によって全く違いますが、まずはメールチェックから始まります。海外のアーティストとのやり取りも多いため、英語でのメール対応は欠かせません。
急ぎの用事がなければ、午前中に事務作業を片付け、日中は来客対応をすることが多いです。大学関係者が研究目的で来たり、アーティストや一般のお客様から様々な相談を受けたりと、人とのやり取りで昼過ぎまで終わることもあります。そのため、展覧会の解説文やカタログなどの原稿執筆など、集中力が必要な仕事は夕方以降になることが多いですね。
また、地域のアーティストを掘り起こすための県内出張がひと月に数回はあるほか、展覧会の内容次第では県外はもちろん、海外への出張もあります。
ー非常に多忙ですね。学芸員に求められるスキルは何でしょうか?
楠本:学芸員(キュレーター)は「調整役」なんです。特にうちのような美術館では、美術史の専門家としての能力だけでなく、住民やアーティストなど様々な人とコミュニケーションを取り、調整していく能力が求められます。

小さな町だからこそできる挑戦。住民との対話から生まれたプロジェクト
ー学芸員としてのやりがいや魅力はどこに感じていますか?
楠本:自分の興味のあることやアイデアを形にできることです。津奈木町は人口約4000人の小さなコミュニティだからこそ、美術館の取り組みが住民にどう思われているか、どう役立っているかがリアリティを持って分かります。
また、規模が小さい分、実験的な取り組みもしやすく、役場職員も協力的です。アーティストをはじめとする様々な人から、新しい価値観や体験を得られることも大きな魅力ですね。
ーこれまでで特に印象に残っているプロジェクトはありますか?
楠本:2021年の開館20周年記念事業として実施した、水俣病をテーマにしたアートプロジェクトです。当館は「アートによる水俣病からの地域再生」を掲げていますが、水俣病は様々な立場の人がいて非常にセンシティブな問題です。当然様々な意見が出ましたが、アーティストを交えて住民同士で対話を重ねた結果、無事に展覧会を開催することができました。
同じ意見の人ばかりで話し合っていても社会は変わりません。異なる意見を持つ人たちがお互いに膝を突き合わせることで、少しずつ社会は変わっていくのだと思います。大変でしたが、非常に良い経験になりました。


よそ者を温かく受け入れる、オープンでポジティブな町と職場
ー職場の体制や雰囲気について教えてください。
楠本:現在、美術館のスタッフは私を含めて4〜5名体制です(学芸員1名、会計年度任用職員の事務スタッフ1名、地域おこし協力隊2〜3名)。また、受付は地元の方にお願いしています。
地元の人もいれば、よそから来ているスタッフもいて、さらに様々なアーティストも訪れるため、色々な人や情報が出入りする場所です。みんなで意思疎通を図りながら、和気あいあいと楽しく仕事をしています。
ーワークライフバランスについてはいかがですか?
楠本:正直に言うと、残業は決して少なくはないです。特に、展覧会の設営やイベント開催前などの繁忙期はどうしても帰るのが遅くなります。
ただ、それ以外の時期であれば、お休みの調整は可能です。少人数の職場だからこそ、スタッフ同士でコミュニケーションを取りながら柔軟にスケジュールを組むことができます。
ー津奈木町という町の魅力はどこにありますか?
楠本:自然が豊かでありながら、新幹線(新水俣駅)や高速道路のインターチェンジ、ローカル線(肥薩おれんじ鉄道)があり、交通アクセスが非常に良い点です。
そして何より、人が本当に温かいです。新しい取り組みにもポジティブで、外から来る人をオープンに受け入れてくれる寛容さがあります。
25年間仕事をしてきて、嫌な思いをしたことが一度もないのが、この町の大きな魅力だと思います。

未来の学芸員へ。アートを通じてより良い社会を
ー最後に、これから津奈木町の学芸員を目指す方へのメッセージをお願いします。
楠本:好奇心を持ってきてほしいですね。美術史だけでなく、社会学や人類学など、人文科学の領域を超えた視点を持つと、田舎の小さな美術館でも非常に面白い仕事ができると思います。
「地方だからできない」ではなく、「地方だからできる」という考え方を持てる人。そして、アートを通じて地域と関わり、より良い社会を切り開いていきたいと思う人に、ぜひ来ていただきたいです。歓迎します!

ー本日はありがとうございました。
海と山に抱かれた穏やかな津奈木町。楠本さんのお話を伺いながら、この小さな町にアートがじんわりと溶け込んでいる様子が目に浮かびました。
「地方だからできる」という言葉の裏には、住民の方々との温かな対話を大切にする深い愛情が感じられます。美術館が単なる展示の場ではなく、人と人が交わり、新しい風が生まれる優しい居場所になっているのですね。
都会の喧騒から少し離れ、自分らしいペースでアートと社会に向き合う。そんな心豊かに働ける場所が、ここには確かにありました。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年6月取材)



