山梨県中央市役所で働く藤巻さんのインタビュー記事です。
レスリングや、トレーニングコーチなど、一見すると市役所とは全く縁がないように思える経験をお持ちの藤巻さんに、転職までの経緯や市役所での働き方について伺いました。
どの仕事にも共通する「面白さ」や、藤巻さんが考える「やりがい」について、藤巻さんならではの視点で働く魅力を語っていただきました。自分で働き方をコントロールし、趣味である柔術も家族も大切にしているという姿にも注目です。
- レスリング一筋の学生時代から、まさかの渡米
- 家族のため、全く違う分野へ。中央市を選んだ理由
- どの仕事も「面白くなる」瞬間がある。市役所で働く奥深さ
- 「働きやすい職場」は作れる。人事担当として目指す未来
- 未来の仲間へ
レスリング一筋の学生時代から、まさかの渡米
ーまずは自己紹介と、これまでの経歴について教えてください。
藤巻:出身は山梨県の北杜市で、高校まで地元の学校に通っていました。中学3年生の時に地元でインターハイが開催されたのをきっかけに、「高校に入ったら何かスポーツを一生懸命やりたい」と思い、レスリングが強い高校に進学しました。
そこからはレスリングに没頭し、大学もスポーツ推薦で東京の大学に進学しました。農学部に進学したものの、学部がどうとかは実際のところあまりよく考えてなくて…大学の4年間、とにかくレスリングに打ち込みましたね。

ー大学卒業後はどのような道に進まれたのでしょうか?
藤巻:実は大学時代に怪我をしてしまって、卒業後選手を続けるのは難しい状況になってしまったんです。そこで、今度は選手を支える側になろうと考えました。
「怪我をしないためのトレーニング」といった分野に興味を持ち、もっと専門的に学びたいという思いから、レスリングで有名なアメリカ・アイオワ州へ渡ることを決意しました。実は、山梨県とアイオワ州は姉妹県州でもあるんですよ。
現地の大学はトレーニング施設がすごく発達していて、専門職の方もたくさんいたので、そこで研修をさせてもらいながらトレーニングコーチとしての資格を取得しました。2年間滞在し、知識と経験を積んでから日本に帰国しました。
家族のため、全く違う分野へ。中央市を選んだ理由
ー帰国されてからはどのようなお仕事をされていたのですか?
藤巻:帰国後は、スポーツに力を入れている山梨学院大学でトレーニングコーチをしていました。トレーニングコーチはとてもやりがいのある仕事だったのですが、どちらかというと個人事業主のような働き方をしていたので、30歳を目前にして結婚を考え始めた時、仕事の不安定さが気になるようになりました。
そこで「安定的に家族を養っていきたい」という想いから、転職を考えるようになりました。
ー転職先としては、公務員に限定していたのでしょうか?
藤巻:安定を求めての転職だったので、最初に思い浮かんだのは「公務員」という働き方でしたね。
また、大学でコーチをしていた頃、市川三郷町のトレーニング施設にも教えに行く機会があったのですが、そこでは行政とも関わりがあり、生活習慣病の予防といった分野にも携わっていたので、市役所の仕事というものを身近に感じるきっかけにもなりました。
実のところ、親が教師だったり、親戚にも公務員が多い家系だったので、家族からの勧めがあったというのも大きかったかもしれないですね。
ー数ある自治体の中で、中央市を選んだのはなぜですか?
藤巻:当時は30歳になる年だったので、年齢的に受けられる自治体が限られていたんです。地元北杜市ももちろん考えましたが、年齢要件で受験することができず、当時受験できるとしたら、県庁か中央市くらいしかなかったかと思います。
まずは公務員になろう、そして入ったところで頑張ろう、と思っていたので、最終的に縁があった中央市で働くこととなりました。
どの仕事も「面白くなる」瞬間がある。市役所で働く奥深さ
ー入庁してから現在まで、どのような部署を経験されましたか?
藤巻:最初は、これまでの経歴を考慮してもらえたのか、健康増進課に配属されました。生活習慣病予防や母子保健に関わる部署で、主に予防接種の担当をしていました。
それ以降は本当に様々で、総務課、県への出向、そして税務課、保険課、財政課と、数字やお金を扱う部署への配属が多かったですね。
今年の春から総務課人事担当の配属となりました。現在は会計年度任用職員の任用事務や給与支払い事務といった事務的なところを主にやっているのですが、今後は定員管理や職員ケアなど「人」と向き合う業務にも力を入れたいと思っています。

ー幅広い分野を経験されているようですが、藤巻さんはどういった点に仕事の面白さを感じていますか?
藤巻:不思議なことに、どの仕事にも共通して「面白くなる瞬間」があるんですよ(笑)
市役所の仕事って本当に分野が広くて、最初は全く分からないことばかりです。でも、分からないなりに仕事をやっていくうちに、だんだんと分かってきますよね。勉強して知識をインプットして、それを市民の方や同僚にアウトプットしていく。このプロセスって、実はトレーニングコーチの仕事とすごく似ているんです。
できなかったことができるようになる、知らなかったことが分かるようになる。そして、それを誰かのために役立てることができる。最初は大変でも、分かり始めるとどんどん面白くなります。その面白みは、幅広い分野を扱う市職員ならではの醍醐味だと思いますね。
ーでは、仕事のやりがいを感じるのはどのような時でしょうか?
藤巻:市民の方や職場の同僚が求めていることに、自分の力で応えることができた瞬間ですね。
特に、個人としてだけでなく、チームで力を合わせ、共通の目標を達成できた時の達成感は大きいと思います。
入庁当初は市民対応が多く「ありがとう」と言われる機会も多かったのですが、様々な部署を経験していくうちに、感謝の言葉が全てではなく、何かを成し遂げるプロセスと、それを達成した時に感じるやりがいの方が大切なんだと感じるようになりました。
ー市役所の異動は「転職に近い」とも言われますが、藤巻さんは異動を楽しめているということですか?
藤巻:これまで何回か異動を経験していますが、正直に言うと、異動して最初の1年目は毎回本当に大変ですよ(笑)
でも、2年目くらいになって少し慣れてくると「この仕事いいな」って思えるようになるんです。異動は確かに大変ですけど、その分、新しい面白さが発見できる良い機会だと思っています。
ートレーニングコーチとは全く異なる分野かと思いますが、これまでの経験が、今の仕事に活きていると感じることはありますか?
藤巻:やはり「インプットとアウトプット」の考え方です。自分が学んだことや感じたことを、一度自分の中で整理して、相手に分かりやすく伝える、トレーニングコーチはこれができないと仕事になりません。
「どうすれば伝わるか」「相手はどこでつまずいているのか」を常に考えてきた経験は、住民対応はもちろん、庁内で何かを前に進めたい時に「どうすれば周りを巻き込めるか」という戦略を立てる上でもすごく役立っています。
「働きやすい職場」は作れる。人事担当として目指す未来
ー現在の働き方や、ワークライフバランスについてはいかがですか?
藤巻:私は、意識的に休みを取るようにしているので、ワークライフバランスもとても充実していると思っています。
休みやすいから休むのではなく、自分の中で「こういう働き方をする」と決めています。その分、普段の業務では集中して成果を出すようにするなど、オンとオフのバランスを大事にしています。
ただ、決してそうまでしないと休めないということを言っているわけではないですよ。中央市役所は、自分で働きやすい環境を作ろうとすれば、それが実現しやすい職場だと思っています。
実は9年程前から趣味で柔術もやっていて、時々試合にも出場しています。先日もマスター世代の全国大会で優勝することができました(笑)
趣味も仕事もおろそかにすることなく、とても充実した働き方ができていると感じています。

ー人事担当として、今後チャレンジしたいことはありますか?
藤巻:月並みかもしれませんが「職員一人ひとりが、もっと働きやすい職場を作ること」ですね。
財政課では行政改革を担当していたのですが、何か新しいことを始めようとすると「人手不足」や「職員の働き方」の壁にぶつかることが多かったんです。これは中央市だけでなく、多くの自治体で抱えている問題だと思います。
組織の根幹である「人」に関わる部分を改善しないと、市は発展しないのではないか、そう感じて、現在の総務課人事担当への配属を希望しました。
職員の配置や定員の適正化、そして一人ひとりの職員へのケアなど、やるべきことはまだまだ山積みですが、職員が納得して、心身ともに健康に働ける環境を整えることが、今の自分の目標です。
未来の仲間へ
ー最後に、求職者の方にメッセージをお願いします!
藤巻:かつて私がそうだったように、多くの人は「これまでの経験を活かせる仕事」という軸で職を探しがちですが、視野を広げてみると、全く違う分野に思わぬ面白さややりがいが隠されていることもあります。
市役所で働くということは、まさにその宝庫です。
また、もしあなたが仕事だけでなく、人生そのものを充実させたいと考えているなら、自分のやり方次第で、仕事とプライベートのバランスをうまく取ることができる職場はとても魅力に感じていただけると思います。
私自身も、仕事に打ち込みながら、趣味の柔術や家族と過ごす時間を大切にできています。
働き方ややりがい、志望するきっかけは様々かと思いますが、中央市役所が皆さんの選択肢の1つになるようであればとても嬉しいですね。

ー本日はありがとうございました。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2025年7月取材)