「行政の仕事=堅苦しい・縦割り」 そんなイメージを抱いたまま、就職活動をしていませんか? もしそうなら、山梨県中央市役所の職場環境を知ったとき、良い意味でその期待は裏切られると思います。
リニア中央新幹線の計画にも名があがり、豊かな自然と都市機能が調和するまち、中央市。 ここで働く職員たちが大切にしているのは、制度やルールの枠を超えた、人と人との温かなつながりです。
今回は、病院の相談室と社会福祉協議会という、異なるフィールドで「福祉」に向き合ってきた井出さんと齋藤さんにインタビューを行いました。 なぜ、「行政」という場所を選んだのか。 そこには、「最後の砦」として市民の人生を背負う重責と、それを支える驚くほどフラットで風通しの良い職場のリアルがありました。
専門職としてのキャリアに迷っている方はもちろん、公務員という働き方に「人間味」を求めている方にこそ、ぜひ読んでいただきたい内容です。
- 異なるバックグラウンドからの転身。なぜ「中央市役所」で働くのか?
- 「つなぐ」だけでは終わらない。行政職員が持つ「決定権」と「責任」の重み
- 拒絶されても、通い続ける。「あなただから聞くよ」と言われるまでの軌跡
- 制度の狭間にある「もどかしさ」と「正義」。行政職員としての葛藤
- 求めるのは「最強のメンタル」ではない。地域と人のために、共に悩み歩める仲間
異なるバックグラウンドからの転身。なぜ「中央市役所」で働くのか?
ーまずは、お二人が中央市役所に入庁するまでの経緯を教えていただけますか?
井出:私は、社会福祉士として「病院(相談室)」か「行政」のどちらかで働きたいと考えていました。きっかけは中学生の頃、祖母が認知症になり、家族が介護に疲弊してしまった時期があったことです。
その時、祖母が入院していた病院のソーシャルワーカーさんが親身になって相談に乗ってくださり、両親がとても救われた姿を見て、「自分もこんな風に人を支える仕事がしたい」と思うようになりました。
学校を卒業後、最初は病院の相談室で働き始めたのですが、病院という環境が少し自分には合わないと感じる部分もあり、もう一つの選択肢だった行政に興味を持ち、令和2年度に中央市役所に入庁しました。
実はその前の1年半ほど、会計年度任用職員として包括支援センターで働いていた経験もあります。
ー病院から行政へ、活躍の場を移されたのですね。齋藤さんはいかがでしょうか?
齋藤:私は井出さんとは全く違って、学生時代も福祉とはほど遠い法学専攻でしたし、就職活動の際も営業職を志望していました。県外の企業から内定もいただいていたので、当初はそのまま就職することを考えていました。
ただ、祖父母が甲府市で地域のボランティア活動を熱心に行っていたこともあり、福祉という分野に全く興味が無かったわけではなかったんです。
そんな中、たまたま甲府市にある社会福祉協議会(社協)の求人を見つけたんです。とりあえず…という気持ちで受験したところご縁があり入職することになりました。
-まさに偶然の出会いだったのですね。
齋藤:そうですね。本当にちょっとしたきっかけだったと思っています。
社協では、最初総務課で広報や人事を担当していたのですが、ある時、事業の中心である部署に欠員が出てしまい、急遽そこへ異動することになったんです。
周りは社会福祉士の資格を持つ方ばかりだったということもあり、無資格で働くことに引け目を感じ、「もっと専門的な知識を持って仕事をしたい」という想いから、働きながら資格を取得しました。
それからもしばらく社協で働いていたのですが、結婚や子どもの誕生を機に、より安定した環境で、かつ行政の視点からケースワーク(個別援助)に深く携わりたいと考え、中央市役所へ転職しました。

ーお二人とも、それぞれの想いがあったのですね。実際に働いてみて、「公務員」や「市役所」に対するイメージは変わりましたか?
井出:正直、入る前は「お役所仕事」というか、堅いイメージを持っていました。でも、入ってみると全然違いましたね。
職員のみんなが本当に柔らかいんです。先輩方を見ていても、電話対応や窓口対応の一つひとつに「市民のために」「住民さん第一で」という想いが溢れていて、これは中に入ってみないと知ることができない、嬉しいギャップでした。
齋藤:私も同感です。私は前職でも市役所と関わる機会が多かったのですが、どうしても縦割りだったり、雰囲気が張りつめているようなイメージを勝手に持っていました。
でも中央市役所は、本当に風通しが良いんです。長寿推進課、福祉課、健康増進課など、部署をまたいだ横の連携がすごくスムーズで、所属をまたいで「この件どう思う?」とすぐに相談できます。相談する相手が上司であっても、都度顔色を伺うようなことはありませんし、上司が不在であれば直接課長に相談して「事後報告でOK」というようなスピード感もあります。
「所属間でギスギスしている」なんてことは全くなくて、みんな本当に仲が良いんです(笑)仕事を進める上で、この環境は本当にありがたいですね。

「つなぐ」だけでは終わらない。行政職員が持つ「決定権」と「責任」の重み
ー病院や社協での経験を踏まえて、「行政」だからこそできること、あるいは違いを感じる部分はありますか?
井出:病院のソーシャルワーカーは、どうしても退院支援がメインになりがちです。「どうやって元気に退院してもらうか」という視点での支援ですね。
一方、行政の仕事は、その方が地域で生活していく「人生そのもの」を支える仕事です。極端な話、水道や電気が止まってしまっていたらどうするのか、といった生活の基盤から関わっていきます。
「この人はこれからどう生きていけばいいのか」を一緒に考え、深く入り込んでいくため、そこには重い責任がありますが、私にとってはそこまで深く人と関われることこそが、行政ならではのやりがいだと感じています。

齋藤:社協と行政の違いで言うと、権限や決定権の有無が大きいですね。
例えば、虐待の疑いがあるケースや、成年後見制度が必要なケースがあったとすると、社協や包括支援センターとしてアセスメントを行い、「支援が必要だ」と判断して協議までは進めることができます。ただ、最終的に虐待であることを認定して保護したり、市長申立てを行ったりする決定権は行政にあるんです。
社協時代は「ここからは市役所の管轄」というもどかしさを感じることも少々ありましたが、今は自分がその「最後の砦」として判断し、制度を動かしていく立場にあります。
その分、ヒリヒリするような責任感も伴いますが、専門職としてそこまで踏み込んで検討できるのは、非常に勉強になりますし、やりがいを感じる部分でもあります。
ー仕事の重みを改めて実感しますね。職場が変わると社会福祉士としての業務は大きく変わるのでしょうか?経験は活かせるものですか?
井出:そうですね。私は以前、高齢者支援が中心の包括支援センターにいましたが、現在は福祉課で障害福祉を担当しています。
障害福祉の分野は、生まれた時から亡くなるまで、その方の人生にずっと寄り添うことになります。赤ちゃんの頃から知っている子が、学校に入り、卒業して就職する…そうしたライフステージの変化を追いかけられるのは、高齢者分野とはまた違った視点があり、感慨深いものがあります。
「あ、この子がこんなに成長したんだ」という温かな瞬間に立ち会えるのは、この地域で働く社会福祉士ならではの喜びですね。
齋藤:私は前職で培った「地域福祉」のスキルが、今の業務でもすごく活きていると思っています。
例えば、地域住民さんたちとの会議でのファシリテーションや、地域課題を解決するためのグループワークなどは、社協時代にずっとやってきたことなので、関係者、関係機関との連携といった部分はすぐに馴染むことができます。
今は個別のケースワークが中心ですが、個人の課題を地域全体の課題として捉え直し、広い視野で解決策を模索するプロセスには、これまでの経験がそのまま役立っています。
拒絶されても、通い続ける。「あなただから聞くよ」と言われるまでの軌跡
ーこれまでの業務の中で、「この仕事をしていて良かった」と思えたエピソードがあれば教えてください。
齋藤:以前担当した、ある高齢男性のケースが心に残っています。長年地域から孤立し、医療や介護サービスを一切受けることなく生活されていた方でした。
ある時、体調を崩されて支援が必要な状態になったのですが、私たちが介入しようとしても「放っておいてくれ!」と頑なに拒絶されてしまったんです。ご自宅の生活環境も衛生的に非常に悪化しており、いずれは命に関わるような状況だったのですが、それでもご本人は支援を受け入れようとしませんでした。
それでも、ここで引いたらこの方の命が危ないと思い、諦めずに何度も通いました。最初は怒鳴られるようなこともありましたが、少しずつ顔を合わせて挨拶を重ねるうちに、次第に心を開いていただけるようになりました。
最終的には支援を受け入れてくださり、医療機関や福祉サービスへつなげることができました。後日、サービスを利用されているご本人の様子を見に行くと、荒れていた頃とは見違えるように身なりも整い、穏やかな表情で過ごされていました。私を見つけると、「あの時はありがとう。齋藤さんのおかげだよ」と声をかけてくれたんです。
関わっている最中は、いつになったら信頼してもらえるかと不安で胃が痛くなるような毎日でしたが、その言葉を聞いた瞬間に苦労が報われましたね。
「この人の人生を救えてよかった」と心から思えたエピソードです。

井出:私も同じような経験があります。いわゆるセルフネグレクト(自己放任)の状態にあり、住環境も荒れ果て、地域の中で孤立を深めていた男性を担当しました。
最初はやはり、「誰が来ても同じだ」と全く相手にされず、門前払いの状態でした。それでも、「このままではいけない」という一心で、週に一度、数ヶ月にわたって根気強く通い続けました。
そうすると、次第に心を開いてくれるようになって、ある日「しょうがないから、井出さんの言うことだったら、俺は話を聞くよ」と言ってくださったんです。
最終的には、ご自身の安全のために適切な施設に入所することになったのですが、数年後に会いに行くと、私のことを覚えていてくれて、「あの時、君が来てくれたから今の生活があるんだよ」と言葉をかけてくれました。
孤独なまま地域から孤立し続けるのではなく、安心して暮らせる環境につなげることができ、その方の人生を少しでも穏やかなものに変えるお手伝いができたことは、ソーシャルワークの醍醐味というか、この道に進んでよかったなと強く感じた出来事でした。
制度の狭間にある「もどかしさ」と「正義」。行政職員としての葛藤
ーお二人とも素晴らしい体験談ですね。逆に、社会福祉士としてこれは大変だと感じるところも教えていただけますか?
齋藤:やはり「直接的な支援の限界」は感じることがあります。私たち社会福祉士は、計画を立ててサービスにつなぐのが仕事ですが、実際に介護をするのはヘルパーさんであり、治療するのは医師となります。
自分たちが直接手を差し伸べてケアをしてあげたいと思っても、役割分担としてそこは任せなければなりません。「歯がゆさ」とは少し違いますが、あくまでつなぎ役であるという難しさはありますね。
井出:私は公平性の難しさを痛感することがあります。
目の前の方が困っていて、「診断書を取りに行けないから代わりに行ってほしい」と頼まれるようなこともあります。気持ちとしては「私がちょっと行ってあげれば済む話だ」と思うのですが、行政としては「他の全員にも同じことができるのか」という視点を持たなければなりません。
「やってあげたいけれど、できない」目の前の困りごとと、行政としての公平性・平等性の板挟みになる葛藤は、正直今でもありますし、心苦しい瞬間ですね。

求めるのは「最強のメンタル」ではない。地域と人のために、共に悩み歩める仲間
ーやりがいが大きい反面、精神的なタフさも必要そうに感じるのですが、やはり強靭なメンタルは必要になるのでしょうか?
井出:話を聞いていると傷つくことも多い印象を与えてしまいますよね(笑)
最強のメンタルなどが必要となるものではないのですが、ある程度の「線引き」は必要かもしれませんね。寄り添うことはとても大切なことなのですが、親身になりすぎて、対象者の感情に巻き込まれると、自身の感情が不安定になってしまうこともあります。
「私は専門職として関わっているんだ」という、少し冷静な視点を持ち合わせている方が、長く仕事を続けていけると思います。
齋藤:そうですね。この仕事をする上では、メンタルの強さよりも、割り切ることの方が大切ですね。
万が一、仕事で傷ついてしまったとしても、明るい職場のみんなが全力で助けますから、そこは安心して飛び込んできてください(笑)
中央市役所はそんな温かい職場です!
ーとても頼もしいですね。最後に、これからどんな方と一緒に働きたいかメッセージをお願いします。
齋藤:なにより「話しやすい人」ですね!この仕事はチーム戦です。一人で抱え込んでバリバリ仕事をするよりも、周りとコミュニケーションを取りながら、みんなで協力して解決していくことが大切です。
仕事のスキルは入ってから身につくものなので、まずは、たわいもない雑談ができたり、辛い時に「ちょっと聞いてよ」と言い合えたりするような、人間味のある方と一緒に働きたいですね。
井出:今はワーク・ライフ・バランスももちろん大切ですが、やはり市役所職員の根底には「市民のため、人のため」という奉仕の精神が最低限必要だと思います。
自分の生活も大切にしつつ、ここぞという時には「人のために汗をかける」「誰かのために頑張れる」という優しさと覚悟を持っている方に来ていただけると嬉しいですね。

ー本日はありがとうございました。
「市役所は最後の砦なんです」 インタビュー中、お二人が口にされたこの言葉が、重く、そして温かく胸に残りました。
制度の壁や公平性の難しさに直面しながらも、何度も足を運び、まずは心を開いてもらう。その原動力は、決して強靭なメンタルなどではなく、「放っておけない」という純粋な優しさなのだと感じました。
そんなお二人が「中央市は本当に風通しがいい」と笑顔で語る姿を見て、この街の福祉の強さは、個人の志だけでなく、それを支えるチームの絆にあるのだと思いました。誰かの人生に深く寄り添う仕事だからこそ、支える側も一人にしない。中央市役所という職場の持つ、温かさが伝わっていれば幸いです。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2025年11月取材)



