伊那市役所で働く建築技師の藤田さんのインタビュー記事です。東京の設計事務所でキャリアを積んだ後、結婚を機にUターン。当初は独立も視野に入れていましたが、臨時職員として働くなかで市役所の仕事の魅力に惹かれ、正規職員へ。民間とは異なる公共建築の面白さや、子育てと両立できる働きがいのある環境について、詳しくお話を伺いました。
- 独立も視野に。それでも市役所を選んだ「面白さ」とは?
- 計画から完成、そして維持管理まで。市民と共に創り上げるやりがい
- 制約の中でこそ光るクリエイティビティと、民間の経験
- 残業ほぼゼロ。仕事のやりがいと理想の暮らしが両立できる場所
- これからが面白い。まちづくりへの熱量と豊かな自然が魅力
独立も視野に。それでも市役所を選んだ「面白さ」とは?
ーまずは自己紹介と、これまでの経歴について教えてください。
藤田:伊那市出身で、以前は東京の設計事務所で働いていました。結婚を機にUターンし、出産と子育てを経て働き方を模索する中で、まずは建築技師の臨時職員として伊那市役所へ。その後、正規職員の試験を受け、現在に至ります。
ー臨時職員として働き始めた当初は、どのようなキャリアプランを描いていたのでしょうか。
藤田:将来的に自分で設計事務所を立ち上げるつもりで、その準備期間と位置付けていました。市役所で働きながら、地域のコネクションを作ったりすることも考えていたんです。
しかし臨時職員として働くうちに、市役所の建築の仕事の面白さにどんどん惹かれていったんです。個人ではなかなか扱えないような、大規模な建物のプロジェクトに携われること。そして、一つのプロジェクトに対して、計画段階から完成まで、監督員として主体的に関わっていけることに大きな魅力を感じました。
ー民間との違いは、具体的にどのような点に感じましたか?
藤田:民間の設計事務所ですと、私たちはお客様から委託を受けて仕事をする立場です。しかし、市役所では私たちが事業の主体となり、プロジェクト全体を整えていく役割を担います。もちろん、自分で図面をガツガツ描く機会は減りました。
ですが、その前段階である計画や方向付けを自分たちの手で行えるという点に、これまでとは違う面白さを感じたんです。
ー独立という選択肢と天秤にかけて、最終的に市役所を選んだ決め手は何だったのでしょうか。
藤田:独立すれば、自分の裁量で主体的に仕事ができるという魅力はありました。一方で、人口が減っているなかでの独立には難しさもあります。将来的なキャリアを考えた時に、市役所の仕事の方が自分には向いているのではないか、より大きなやりがいを感じられるのではないかと思ったんです。
正直に言うと、子育てをしながら働く上での「安定」という面が大きかったのも事実です。でもそれ以上に、入庁前に感じていたイメージを覆すような、仕事の面白さがあったことが決め手になりました。
計画から完成、そして維持管理まで。市民と共に創り上げるやりがい
ー入庁されてから、現在までのお仕事について教えてください。
藤田:平成28年度に入庁してから、ずっと都市整備課の建築係に所属しています。建築係は今6人体制ですね。一貫して専門性を活かせる環境で働いています。
ーお仕事はどのように進められるのですか?
藤田:基本的には、一つの案件、一つの施設に対して担当者が一人付く形です。私たち建築係が直接予算を持っているわけではなく、各施設を所管する課から依頼を受けて、その課の担当者と協力して仕事を進めていきます。
工事案件だけで年間10件ほど担当し、保育園の新築や総合支所の建設といった大規模なプロジェクトにも関わってきました。
ーこれまでで、特に印象に残っているお仕事はありますか?
藤田:特に印象深いのは、今年度5月に完成した高遠町総合支所の建設プロジェクトです。計画から数えると、3年ほど携わりました。
設計から工事まで、多くの課題や様々な意見と向き合いながら進めていきましたが、特に思い出深いのが、地域の方々を巻き込んだワークショップを行い、建物の仕上げの一部を、地域の方に手伝っていただく試みをしたんです。
ー市民の方と一緒に建物を!具体的にはどのようなことを?
藤田:伊那市産の木材を使って、カウンターの一部になるパーツを作っていただきました。完成した時、皆さんに建物を見に来ていただきましたが、カウンターを見て、「私が作ったものだ!」と本当に嬉しそうな顔をされていたんです。その光景を見た時、ただ建物を建てるだけでなく、皆で「自分たちの支所」をつくり上げたんだなと実感できました。行政の仕事だからこそできる、素晴らしい経験だったと思っています。

制約の中でこそ光るクリエイティビティと、民間の経験
ー公共建築というと、デザインの自由度が低いのでは、というイメージを持つ人もいるかもしれません。その点はいかがですか?
藤田:確かに安全性や維持管理のしやすさが優先されます。しかし、制約の中で知恵を絞る面白さがあります。上司も「予算内でよりよいものを作りたい」という私たちの意図を理解し、後押ししてくれます。
例えば高遠町総合支所では、伊那市産の木材を積極的に使う方針があったのですが、ただ壁に板を貼るだけでは面白くない。どうすれば木材の魅力が最大限に引き出せるか、見え方を工夫し、設計に落とし込んでいきました。
制限があるからこそ、知恵を絞る面白さがありますし、自分のやりたい方向性でクリエイティビティを活かせていると感じます。
ー民間で培った経験が、現在の仕事に活きていると感じることはありますか?
藤田:はい。設計から工事管理まで携わった民間の経験があるからこそ、現場の状況を理解し、現場の方々に寄り添いながら仕事を進められています。この経験は大きな財産になっていますね。

残業ほぼゼロ。仕事のやりがいと理想の暮らしが両立できる場所
ー職場の雰囲気についてもお聞かせください。
藤田:係の職員は、寡黙な方が多いかもしれません(笑)。なので、庁舎内では仕事に集中しています。技術職はあまり異動がないので、長年一緒に働いているメンバーが多く、気心の知れた関係ですね。
何より、課長自身が建築技師なので、専門的な話がスムーズに通じますし、私たちの仕事への理解が深い。とても働きやすい、恵まれた環境だと感じています。
ー働き方の面ではいかがでしょうか。Uターンされたきっかけの一つに、子育てとの両立があったかと思います。
藤田:劇的に改善されました。残業はほとんどなく、子どものお迎えがあるので、毎日早く帰るようにしていますが、それが当たり前にできる環境です。
お休みも、子どもの学校行事などがある時は、気兼ねなく有給休暇を取得しています。もちろん、自分の仕事の進捗を調整することは必要ですが、休みたいタイミングで休めています。
ー収入面についてはいかがでしょうか。働きやすさと引き換えに…というイメージもあるかもしれませんが。
藤田:ゼネコンの設計部などと比べると給与は少ないかもしれませんが、私個人でいうと民間から移ってきて変わりませんでした。残業代がきちんと支払われることも含め、時間と給料のバランスを考えると、非常に満足しています。

これからが面白い。まちづくりへの熱量と豊かな自然が魅力
ー最後に、藤田さんが感じる「伊那市の魅力」を教えてください。
藤田:今、伊那市はまちづくりへの熱量がすごく高いと感じています。例えば、高校の再編に伴って伊那北駅の周辺がこれから大きく変わっていきます。こうしたプロジェクトに対して、行政だけでなく民間の皆さんも一体となって「もっと良いまちにしよう」と進めている。その活気ある姿を見ていると、本当に良い自治体だなと思います。
そして、何よりもこの環境ですね。東京の都心で暮らしていたからこそ、山々に囲まれたこの穏やかな自然環境の豊かさを実感します。人も穏やかで、ゆったりとした時間が流れている。この環境が、仕事にも暮らしにも良い影響を与えてくれていると感じます。

ー本日はありがとうございました。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2025年8月取材)



