兵庫県香美町役場の企画課で広報を担当する、松井さんのインタビュー記事です。京都での施工管理職を経て、なぜ故郷の役場を選んだのか。事務職としての採用でありながら、配属直後の4年間はプールや体育館で指導にあたるという「想定外」のスタートを切った松井さん。たった一人で町の広報紙を担う現在のやりがいから、異業種での経験がどう活きているのか、その等身大のキャリアに迫ります。
転機は京都での日々。故郷・香美町への想いが芽生えるまで
―まずは入庁される前の経歴を教えてください。
松井:大学は大阪体育大学で、小学4年生から中学3年生まで野球、高校からは陸上競技の短距離と、ずっとスポーツに打ち込んでいました。就職活動時も「絶対にこれがやりたい」というこだわりがあったわけではありませんでしたが、縁あって大学の先輩が勤めていた京都の会社を紹介してもらい、施工管理職の道に進みました。
―京都で現場管理の仕事をされていたのですね。そこから、なぜ故郷である香美町に戻り、役場を目指そうと思われたのですか?
松井:家庭の事情で定期的に香美町へ帰ることが続き、物理的な距離があることのもどかしさを痛感したんです。だからこそ、次は地元で働こうと感じました。
もう一つ、帰省するたびに感じていた「町の変化」もありました。地元の行事を手伝う中で、目に見えて人が減っていることに気づき、地元への危機感を覚えたんです。都会に住み続けたいという欲求はあまりなかったので、役場で働くことで少しでも町に貢献したいと考え、地元に戻る決意をしました。
「一般事務職」のはずが…?プールと体育館で過ごした驚きの4年間
―令和2年度に入庁され、最初の配属先はどちらだったのですか。
松井:最初の4年間は、生涯学習課の所属として「社会体育施設(香住B&G海洋センター)」へ出勤していました。プールや体育館がある施設なのですが、主な業務は子供たちへの運動指導や、ノルディックウォーキング教室、高齢者の方に向けた転倒予防教室などの講師でした。
―一般事務職としての採用でありながら、現場での指導がメインだったのですね。
松井:正直、最初は「役場のイメージと全然違う!」と驚きました(笑)。職員は私を含めて少人数。月曜日の休館日以外はほぼ毎日何かしらの教室があり、自分で指導案を作って実際に教える。体育大学出身という経験が、思わぬ形で活きましたね。
―人前に立って指導するのは、最初から得意だったのでしょうか。
松井:いえ、もともとは苦手なタイプでした。でも、前任の方から流れを教わった後は、もう自分なりにやっていくしかない環境で。暗中模索しながらも、「どうすれば分かりやすく伝わるか」を必死に考え続けた4年間でした。今振り返れば、あの経験があったからこそ、人前で話すことへの苦手意識が和らぎ、度胸がついたのだと思います。

広報紙は「たった一人」の真剣勝負。未経験からの挑戦
―その後、現在の企画課へ異動されたのですね。現在はどのようなお仕事をされていますか。
松井:現在は広報担当として、毎月発行される町の広報紙の作成をメインに行っています。今、広報紙を作っているのは私一人なんです。
町内のイベントを取材して写真を撮り、参加している方に話を聞いて記事を書く。各課から集まってくるお知らせ情報を整理して、編集ソフトを使って紙面を構成する。外部の業者に編集を出すこともないので、本当に一から自分で作っています。
―体育施設での仕事とは180度違う内容ですね。専門的なスキルはどう習得されたのですか。
松井:前任者に聞きながら一つずつ覚えていきました。最初は編集ソフトの使い方も分からず手探り状態。取材や撮影も「1回目から実践あるのみ」という環境でした。撮った写真を見ては「もっとこうすれば良かった」と反省する日々でしたが、走りながら学んでいった感覚です。
ー広報担当になって、1ヶ月のスケジュールはどのような感じなのでしょうか。
松井:第2木曜日が発行日なのですが、その月の初めに印刷業者へデータを出稿します。なので、その1ヶ月半前ぐらいから各課にネタを募集して取りまとめ、前月の20日前後に各課へ戻して内容に間違いがないかチェックしてもらう、という流れです。その合間を縫って、外へ取材に行ったり、自分の担当記事を書いたりしています。
―仕事の醍醐味はどこにありますか。
松井:香美町は3つの地区(香住・村岡・小代)で構成されていますが、私は香住区出身なので、他の地区のことは詳しく知りませんでした。しかし、取材であちこちに行くようになり、地元の人間でありながら新しい発見の連続なんです。「こんなに盛り上がっているイベントがあるんだ」と肌で感じられるのは、広報だからこその特権ですね。また、各課がどのような事業を実施しているのかを知ることができるので、役場全体の動きが見えてくることも大きな魅力です。

母校の閉校取材で見つけた、広報として働く意味
―これまで携わった中で、特に印象に残っている仕事はありますか?
松井:今年3月に閉校した小学校の取材です。実はそこ、私の母校だったんです。思い出が詰まった校舎が閉まってしまう寂しさはありましたが、その最後の瞬間を自分の手で記録に残せることに、広報としての誇りを感じました。
4月号の表紙には、その小学校の写真を複数ピックアップしてレイアウトしました。一枚一枚の写真に、卒業生や地域の方々の想いを重ねるような気持ちでシャッターを切りましたね。自分の中でも特に想いが乗った仕事になりました。
―異業種から転職されて約6年。前職の施工管理での経験が活きていると感じる場面はありますか。
松井:体力面はもちろんですが、精神的なタフさは確実に活きています。施工管理の現場は職人さんもいらっしゃいますし、時には厳しいことを言われることもありました。苦しいこともありましたが、それを乗り越えてきた自負があるので、役場で壁にぶつかっても「あの時よりは大丈夫」と思えるんです。粘り強く仕事に向き合えるのは、前職のおかげかもしれません。

一歩ずつ信頼を築き、町の魅力を届けていく
―現在の職場環境や、働き方についてはいかがでしょうか。
松井:企画課に異動した当初は、異動前の勤務先が本庁舎で無いため、他の職員との繋がりに乏しく、また新入職員に戻ったような心細さがありました。特効薬はありませんでしたが、ただ目の前の仕事を一生懸命にこなすことだけを意識していましたね。広報として町中を走り回っているうちに、周囲も「広報の松井さん」として認識してくれるようになり、自然とコミュニケーションも円滑になりました。企画課のメンバーも相談しやすい方ばかりなので、今はとても働きやすい環境です。
働き方については、土日のイベント取材で休日出勤もありますが、その分平日に振替休日を取るなど、メリハリをつけて働いています。残業については、発行前の忙しい時期はどうしても増えてしまいますが、それ以外の時期は定時で帰れることもあります。
―最後に、自治体での仕事に興味を持っている方へメッセージをお願いします。
松井:役場に入って感じたのは、想像以上に「人」との関わりが重要だということです。どの部署でも、町の人や同僚と協力しなければ仕事は進みません。私のように「地元のために何かしたい」という思いがあれば、きっとやりがいが見つかる場所です。自分の町を多角的に見つめ直し、それを形にして届ける。そんな仕事に興味がある方と一緒に働けたら嬉しいですね。
ーありがとうございました。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年5月取材)
プールでの指導から、カメラを片手にした取材まで、どんな「想定外」の場でも、松井さんは前職で培ったタフさと真っ直ぐな姿勢で向き合ってこられました。役場で新たなキャリアを歩む姿は、きっとこれから香美町役場を受ける人にとって参考となるはずです。



