住宅資材メーカー、ゼネコン、政令指定都市職員を経て、和歌山県田辺市へ。一見、異色とも言えるキャリアを歩んできた東口さんは、文学部出身という背景を持ちながら、今、田辺のインフラを守る「土木のプロ」として活躍しています。
大好きな釣りの拠点だった田辺市に、なぜ移住を決めたのか。大規模組織での分業制とは異なる「一貫して全てを任される」田辺市ならではの仕事の魅力、そして「人」を大切にする職場の雰囲気について伺いました。
- 異色のキャリア:ボクシング、文学部、そして建設の道へ
- 移住のきっかけ:趣味の「釣り」が繋いだ、田辺市への深い愛情
- 仕事の全貌:測量から監督まで。一人ひとりが「プロジェクトリーダー」
- 組織の規模による違い:大都市を動かすか、地域を支えるか
- 未来の仲間へ:支え合う文化と、自分を大切にできる働き方
異色のキャリア:ボクシング、文学部、そして建設の道へ
ーまずは東口さんのこれまでの歩みを教えていただけますか?
東口:大阪で生まれ、その後引越しをして高校時代までは奈良で過ごしました。実は学生時代はずっとボクシングに打ち込んでいまして、高校も大学もスポーツ推薦で進学し、大学は文学部を専攻しました。
ー「文系ど真ん中」の学部だったんですね!文学部から土木の世界へ進んだきっかけは何だったのでしょうか?
東口:卒業時はちょうど就職氷河期で、まずは住宅資材メーカーの製造職に就きました。ただ、将来を考えた時にもっと現場に近い仕事がしたいと思い、大阪のゼネコンへ転職したんです。そこで公共事業の土木工事を経験し、現場のイロハを叩き込まれました。
その後、とある市が発注する河川工事の現場を担当した際、発注者である市役所の監督員の方と深く関わる機会がありました。
約2年にわたる大規模な工事の終盤、その監督員の方から「社会人枠があるから、受験してみてはどうか」と声をかけていただいたんです。それが公務員を意識した最初の瞬間でした。
ーその後、実際に政令指定都市へ入庁されたのですね。
東口:はい。ゼネコンでの仕事にもやりがいはありましたが、一つの工事に深く入り込む一方で、関われる範囲がどうしても限定的でした。
自治体職員であれば、計画や設計から、監督、そして完成後の維持管理まで、インフラの一生に一貫して携われるということに魅力を感じたんです。
自分自身、「街の土台をより広い視点で作っていきたい」「自分ならできるんじゃないか」という自信が芽生えてきたこともあり、公務員への転職を決意しました。

移住のきっかけ:趣味の「釣り」が繋いだ、田辺市への深い愛情
ー政令指定都市から、さらに田辺市役所へと移られたのはなぜでしょうか?
東口:最大の理由は、私と妻の共通の趣味が「釣り」と「ダイビング」だったことです。大阪に住んでいた頃から、休みの日には毎週のように田辺市に通い詰めていました。それほど田辺の海と自然に魅了されていたんです。
何度も訪れるうちに、街の雰囲気や地域の方々の温かさに触れ、「いつかこの大好きな街に住み、恩返しができる仕事がしたい」と考えるようになりました。
ー実際に田辺市に移住されてみて、いかがですか?
東口:非常に住みやすいですね。生活環境も整っていますし、何より大好きな海がすぐそばにあります。串本や御坊方面へのアクセスも抜群です。
今は妻が大阪で出産後の里帰りをしているため単身赴任の状態ですが、来春には家族3人での田辺生活が始まる予定です。今から本当に楽しみですね(笑)。

仕事の全貌:測量から監督まで。一人ひとりが「プロジェクトリーダー」
ー現在、東口さんが担当されている業務内容を教えてください。
東口:建設部土木課土木係に所属し、道路や河川などの公共インフラの維持管理を行っています。具体的には、橋梁やトンネルの点検、河川の改修、災害復旧、通学路への歩道設置など、非常に多岐にわたります。
私は現在12本ほどの工事を並行して担当しており、その多くで設計、積算、監督までを一貫して受け持っています。
ー市民の方との関わりも多いのでしょうか?
東口:日常業務の半分以上が、市民の皆さんからの要望対応です。「道路に穴が空いている」「水路が溢れそうだ」といった切実な声が届きます。
また、大雨の後には現場へ急行し、自分たちで倒木の撤去作業を行うこともあります。デスクワークだけではなく、体を動かして現場を駆け回るのが田辺市の土木職のスタイルですね。

組織の規模による違い:大都市を動かすか、地域を支えるか
ー政令指定都市での業務と、現在の田辺市での業務。同じ「土木職」でもどのような違いがありますか?
東口:大きく分けて3つの違いがあると感じています。
1つ目は、【一人の担当者が受け持つ範囲の広さ】です。
政令指定都市のような大きな組織では業務が完全に分業制となっているため、良くも悪くも、業務上の責任と役割が分散されます。
一方で田辺市では、自分で現場に行って測量を行い、図面を引いて設計し、積算して発注、さらには現場の施工監督まで、一人が主担当として「インフラの一生」の全てを完結させます。覚えることは膨大ですが、その分「自分がこの事業を動かしているんだ」という実感は田辺市の方が圧倒的に強いと感じています。
2つ目は、【工事の規模とスピード感】の違いです。
政令指定都市では、国家プロジェクトに近いような大規模工事に携われる魅力があります。しかし、一つの事業が完成するまでに10年、20年とかかることも珍しくありません。一人の職員が計画から完成まで立ち会うことは難しく、多くの場合、その途中で異動してしまいます。
その点、田辺市の工事は数ヶ月から1年ほどで形になるものが多く、自分が引いた図面が目の前ですぐに形になり、街の風景が変わっていく。そのスピード感は、技術者にとって大きな達成感に繋がっています。
3つ目は、やはり【市民との距離の近さ】です。
前職時代は、直接市民の方と触れ合う機会はそれほど多くありませんでした。しかし田辺市では、工事中も、完成後も、地域住民の方からダイレクトに反応が返ってきます。
ー市民の方から直接反応をいただくこともあるのですか?
東口:はい、そこが田辺市で働く一番の醍醐味かもしれません。現場で監督をしていると、町内の方から「ずっと困っていたから、綺麗になって助かるよ」とか「ありがとう」と声をかけていただくことがあります。
田辺市は市民の方との距離が非常に近く、自分たちの仕事が誰を幸せにしているのかが、肌で感じられるんです。
ーその違いは、働く側の「心持ち」にも影響しますか?
東口:そうですね。私はどちらが優れているということではなく、自分がどう働きたいかだと思っています。
「巨大な都市を動かしたい、特定の分野で極めて高い専門性を磨きたい」という人は、大都市や政令指定都市での挑戦が向いているでしょう。
一方で、「地域に根差し、人とのつながりを感じながら街を支えたい」と思う人には、間違いなく田辺市が向いています。私自身、一人の技術者として【顔の見える誰かのために汗を流せる】今の環境に、これまでにない充実感を感じています。
ー「顔の見える誰かのために」という部分について、これまでで特に印象に残っている業務は何ですか?
東口:現在担当している「通学路の歩道整備工事」が非常に印象に残っています。歩道がない狭い道路に、新たに安全な歩行スペースを確保する事業です。
国の予算を活用しながら進める大きなプロジェクトで、完成までには1~2年を要しますが、現場に足を運ぶたびに少しずつ形になっていく様子を見るのは、何物にも代えがたい喜びがあります。
「自分が引いた図面が、そのまま街の風景の一部として形に残り、子どもたちの安全を守り続けていく」――。着工から完成までを自ら一貫して見届けられるからこそ、自分の仕事が地域のためになっていることを、日々の進捗のなかで強く実感できています。

未来の仲間へ:支え合う文化と、自分を大切にできる働き方
ー職場の雰囲気や、同僚の方々との関係はいかがでしょうか?
東口:田辺市の土木課は、一言で言えば「お互いに支え合うチーム」です。
一人が担当する範囲は広いですが、分からないことがあれば、先輩や同僚が自分のことのように相談に乗ってくれます。
若手の方が辞めてしまう理由の一つに「職場に居場所がない」ということがあると聞きますが、田辺市には【決して孤立させることのない温かな空気】があります。コミュニケーションに自信がなくても、周りがしっかりサポートして導いてくれるので、安心して飛び込んできてほしいですね。

ーワークライフバランスについてはいかがですか?
東口:民間企業時代に比べると、格段に改善されました。ゼネコン時代は少人数で現場を回していたため、休みも不規則で家族との時間もなかなか取れませんでした。
今は組織としてしっかりサポート体制が整っているため、休暇も自分のタイミングで気兼ねなく取得できます。残業代も適切に管理されており、ライフスタイルを尊重した働き方が可能です。
ー最後に、これから田辺市を志す方へメッセージをお願いします。
東口:土木の仕事は、単に構造物を作るだけではありません。そこに住む人々の日常を、そして未来の安全を「本気で作る」仕事です。安定した環境で、かつ自分の仕事の手応えをダイレクトに感じたい。そんな想いを持つ方と一緒に働けるのを楽しみにしています。
文学部出身の私でも、今は胸を張って田辺の街を作っています。あなたの挑戦を私たちは全力で支えますので、「田辺市をより良い街にしたい」という想いをお持ちの方は、ぜひご応募ください!

ー本日はありがとうございました。
語る言葉はどこまでも優しく丁寧な東口さん。文学部から土木の世界へ飛び込み、36歳で田辺市への移住という大きな決断を下した背景には、この街の海と人を愛する一途な想いがありました。
「一人の担当者が全てを任される」という田辺市ならではの責任感の強さが、彼の技術者としての誇りをさらに輝かせているように見えました。
田辺の豊かな自然を愛して働く彼の姿は、これから田辺市職員を目指す方々にとって大きな指針となることでしょう。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2025年12月取材)



