「すごく楽しそう!」
大学の講義で聞いた、ある保健師の言葉が、すべての始まりでした。病院とは違う、地域に深く入り込み、住民一人ひとりの生活に寄り添う仕事。
舞台は、日本有数の豪雪地帯として知られる新潟県湯沢町。コロナ禍という不安な就職活動期に、恩師から「住民との距離が近くて、保健師として働くにはすごく良い環境だよ」と勧められたこの町で、橋爪さんは保健師としてのキャリアをスタートさせました。
住民の「行動」が変わる瞬間に立ち会えることの喜び。そして、一筋縄ではいかない難しさ。「人の温かさが一番の魅力」と語る湯沢町で、橋爪さんは今、どのような想いで仕事と向き合っているのでしょうか。地域で働くことのリアルなやりがいと魅力が、ここにあります。
- 「すごく楽しそう!」が原点。地域と住民に寄り添う保健師の道へ
- 訪問から事務作業まで。住民の健康を支える保健師の「とある1日」
- 人の「行動」を変える。仕事のやりがいと難しさ
- 人の温かさと充実のオフ。湯沢町で働く魅力
- 未来の仲間へ。湯沢町で描く、これからの保健活動
「すごく楽しそう!」が原点。地域と住民に寄り添う保健師の道へ
ーまずは、橋爪さんが保健師を目指したきっかけと、湯沢町で働くことを決めた理由を教えていただけますか?
橋爪:もともと看護師である母の影響で、看護系の大学に入学しました。大学では看護師だけでなく保健師の免許も取得できる課程にいたのですが、保健師の実習で「地域で働く」ということにすごく興味を持ったのが最初のきっかけです。
実習では子育て分野を担当し、お母さん方とお話をしたり、先輩の保健師さんから健康教育について学んだりする中で、病院とはまた違ったやりがいを感じていました。
決定的だったのは、大学の講義で、実際に保健師として働かれていた先生から「住民の方と一緒に何かをやる」というお話を聞いた時ですね。「すごく楽しそう!」と直感的に感じて、本格的に保健師の道に進むことを決めました。
ー「楽しそう」というポジティブな気持ちが原点にあるのは素敵ですね。数ある自治体の中で、湯沢町を選んだのはなぜだったのでしょうか?
橋爪:大学の先生からの勧めが大きかったですね。私の就職活動期はちょうどコロナ禍で、思うように情報収集ができない状況だったのですが、親身に相談に乗ってもらっていた先生が湯沢町のことをよく知っていて、「湯沢町は住民との距離が近くて、保健師として働くにはすごく良い環境だよ」と教えてくれたんです。
出身地でもある新潟市ももちろん候補として考えていましたが、大きな組織だと、どうしても事務的な仕事も多くなるイメージがありました。
先生のお話を聞いて、私がやりたいと思った保健師の仕事は、まさに湯沢町くらいの規模でこそ実現できるのではないかと感じ、湯沢町を受験することに決めました。

ー出身は新潟市だったのですね。県内とはいえ、地元を離れることに不安はありませんでしたか?
橋爪:湯沢町は高速のインターもありますし、新幹線の駅もあるので、あまり距離的な抵抗はありませんでした。「帰ろうと思えばいつでも帰れるな」という安心感の方が大きかったですね。
訪問から事務作業まで。住民の健康を支える保健師の「とある1日」
ー自治体の保健師さんの業務ってなかなかイメージがつきにくいのですが、例えば、訪問が多い日と少ない日では、一日の業務内容も大きく変わるのでしょうか?
橋爪:はい、日によって業務内容は全く違いますね。
事前にアポイントを取っていく場合もあれば、急遽訪問することもあるので、一日に何件か訪問する日もあります。
訪問理由は、住民健診を受けられた方の結果をお持ちして保健指導をしたり、生活に不安を抱えている方からのご相談に乗ったりと様々です。
ー1日に何件くらい訪問されるのですか?
橋爪:これも日によりますね。1件でじっくりお話を伺う必要がある場合もありますし、逆に、健診の事後指導などで短い時間で回る日は、1日に10件近く訪問することもあります。
訪問の合間を見つけて、保健センターで事務作業をしています。出かける前はメールをチェックして国や県からの調査依頼を確認したり、その日の訪問の準備をしたり。
保健センターに戻ってきてからは、訪問した内容を記録に残すのが主な業務です。記録をしながら次回の支援計画を立てていきますが、悩んだ時には先輩にアドバイスをもらいながらより良い支援を考えています。

ーでは、訪問がない日はどのような業務をされているのでしょうか?
橋爪:訪問がない日は、国や県からの調査に関する資料を作成したり、私が主担当である成人保健に関する業務を行ったりしています。
具体的には、実際に健診を実施したり次年度に向けた住民健診の準備や、前年度の健診結果を分析・評価して、関係機関や庁内の他職種と「どうすればもっと良い健診になるか」という打ち合わせをしています。
その他にも、母子保健事業である乳幼児健診の応援に入ったり、地域の集まりに呼んでいただいて健康教育に関するお話をさせていただいたりと、業務は多岐にわたりますね。
ーお話を伺っていると、想像以上に事務作業も多いのですね。
橋爪:そうですね、ある程度想像していたものの、実際にやってみると思ったよりも多いなという印象です(笑)
国や県がより良い施策を進めるためには、私たち現場の状況を正確に把握する必要があります。そのための調査依頼はたくさん来ますし、住民の方の大切な情報を扱う上で、記録や資料の作成は非常に重要な業務だと感じています。

人の「行動」を変える。仕事のやりがいと難しさ
ー様々なお仕事がある中で、橋爪さんが特に大切にされていること、心がけていることはありますか?
橋爪:地域の中で孤立しがちな方、つまり「誰とも繋がっていない方」のケアを常に意識するようにしています。
湯沢町は比較的小さな町なので、ご近所付き合いや親戚付き合いが密で、周りの方がお互いを気にかける文化が根付いています。これは町の素晴らしい強みです。
しかし、中には様々な事情で人との交流が少なかったり、町との関わりが年に1回の健診だけ、という方もいらっしゃいます。そういった方にこそ、私たちから積極的に関わっていくことで、その方の生活全体を少しでも支えられたらと思っています。
ーまさに、それが保健師としての一番のやりがいに繋がる部分かもしれませんね。これまでで、特に印象に残っているエピソードはありますか?
橋爪:以前、なかなかご自身の生活習慣を見直すことの重要性を感じていただけない方がいらっしゃいました。直接お会いすることも難しかったので、お手紙などで何度もやり取りを重ねていました。
そうしたら、ある時その方から「やっぱり、これからのために生活を変えたいと思います」とご連絡をいただけたんです!ご本人の意思で、今後の生活のために一歩踏み出せるようになったその瞬間は、保健師として本当に嬉しかったですね。
私たちの仕事は、病気の予防がメインです。まだご自身に症状がない方だと、生活習慣を変える必要性をなかなか感じにくいものです。「毎年同じこと言われるよ」と流されてしまうことも多い中で、ご本人の口から「変わりたい」という言葉が聞けた時の喜びは、本当に大きいものだと感じます。
ご本人の生活が良い方向に変わり、表情が明るくなったり、ご家族からも「あの時はありがとうございました」と感謝の言葉をいただいたりすると、この仕事をしていて良かったな、と心から思います。
ー逆に、この仕事の難しさや大変さを感じるのはどんな時ですか?
橋爪:やはり「人の行動を変える」というのは、とても根気がいることで、一筋縄ではいかない難しさがあります。少しずつ、少しずつ、地道な関わりを続けていくことが何よりも大切だと感じます。
また、乳幼児健診では、お子さんの発達について親御さんにどうお伝えするのが良いか日々悩みながら取り組んでいます。
こちらの伝え方一つで、必要以上に不安にさせてしまう可能性がある一方で、「うちの子に限ってそんなことはないから大丈夫です」と距離を置かれてしまうと、その後の支援に繋げていくのが難しくなってしまいます。
ケースは様々ですが、私以外の保健師や、保健師に限らず同じ年代のお子さんを持つ職員の方が話をしやすいこともあるので、「相談できる場所はここだけじゃないですよ」と、常に複数の選択肢をお示しするように心がけています。
人の温かさと充実のオフ。湯沢町で働く魅力
ー少し仕事から離れて、湯沢町での暮らしについてもお伺いします。実際に住んでみて、いかがですか?雪がすごいというイメージがありますが…
橋爪:同じ新潟県内でも、やはり湯沢町の雪はすごいですね。就職して1年目に大雪が降って、盛大な洗礼を受けました(笑)
毎年の雪は確かに大変ですが、暮らしていて特に不便だと感じたことはないですね。というのも、湯沢町は本当に除雪がしっかりしているんです!朝早くから作業してくださるので、道路状況は市街地より良いくらいかもしれません。大学時代は全然運転していなかった私でも、雪道で苦労した経験は今のところないですね。

ーそれは心強いですね!湯沢町に来て感じた魅力はどういったところですか?
橋爪:それはもう、人の温かさですね!新潟市に住んでいた頃は、正直ご近所付き合いが密といえるような環境ではなかったのですが、湯沢町では歩いているだけで「橋爪さん!」と声をかけてもらえます。「もうすぐ雨が降るから早く帰りなさい」なんて言っていただけることもあります(笑)
本当に温かい方が多くて、地域全体で支え合っている空気を感じます。この人の温かさが、一番の魅力ですね。
ーお休みの日はどのように過ごされているのですか?
橋爪:私はウインタースポーツをするので、冬は地元から来た友人と一緒にスキー場へ行ったりします。
シーズン以外は、県外にドライブに出かけたり、買い物をしたり。寂しくなったら、新潟の実家に帰ります。先程も少しお話ししましたが、新幹線や高速道路の乗り場がすぐ近くにあるので、どこへ行くにも不便は無いですね。
職場の雰囲気もすごく良く、一緒に旅行に行く同僚もいるので、オンもオフもとても充実しています。

未来の仲間へ。湯沢町で描く、これからの保健活動
ー今後、保健師としてやってみたいことや目標はありますか?
橋爪:先輩方が長年かけて築き上げてこられた湯沢町の保健活動という素晴らしい土台を守りつつ、今の時代に合った新しいやり方を取り入れていきたいです。
コロナ禍を経て、一度縮小してしまった事業への参加者がなかなか戻らないという課題もあります。DXやAIなどを活用しながら、今までのやり方と新しいやり方を組み合わせた「ハイブリッド型」の保健活動を展開していくことが、私たち世代の役割なのかなと思っています。
ー最後に、この記事を読む、未来の保健師や湯沢町で働くことに興味がある方へメッセージをお願いします!
橋爪:湯沢町は、住民の方のすぐ近くで、一人ひとりに寄り添った保健活動ができる、とてもやりがいのある職場です。働きやすい環境だからこそ、住民の方の健康のために、様々な予防活動に積極的に取り組むことができます。
また、プライベートでは、高速のインターや新幹線の駅が近いので、地元に帰りやすかったり、気軽に都会へ遊びに行けたりと、オンオフのメリハリをつけた生活が送れます。ここでなら、きっとご自身が「いいな」と思える働き方と暮らし方ができるのではないかと思います。
この記事を読んで、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。

ー本日はありがとうございました。
人の生活習慣や行動を変えるというのは、きっと想像以上に根気がいる、地道な仕事のはずです。それでも橋爪さんが前向きでいられるのは、ご本人の芯の強さはもちろんのこと、歩けば「橋爪さん!」と声がかかる、湯沢町ならではの「人の温かさ」に支えられているからなのかもしれません。
専門家として住民と向き合うだけでなく、一人の人間として地域に溶け込み、信頼関係を築いていく。その丁寧な関わりこそが、人の心を動かす一番の力になるのだと、改めて感じさせられた温かいインタビューでした。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2025年10月取材)



