東京の建設会社で多忙な日々を送り、片道2時間の通勤をこなしていた橋詰さん。一念発起して地元・鹿児島県南九州市へのUターン転職を果たしました。
現在は大規模な新庁舎建設プロジェクトや市営住宅の整備など、地域の基盤を支える重要な役割を担っています。民間での経験を武器に、公務員として「技術者の誇り」と「理想のワークライフバランス」を両立させる、橋詰さんの仕事への情熱に迫ります。
- 故郷への帰還と、新たな挑戦への幕開け
- 「調整」の先にある、街のシンボルを創る喜び
- 自治体建築職ならではの「手触り感」のある設計
- 自治体職員としての姿勢と、チームの力
- 家族との時間も、技術者としての成長も諦めない
故郷への帰還と、新たな挑戦への幕開け
ーまずは、橋詰さんの自己紹介とこれまでの歩みについて教えていただけますか?
橋詰:私はここ南九州市の出身です。大学は県内の大学の建築学科に進み、卒業後は一度、鹿児島を離れて東京の建設会社に就職しました。そこで3年ほど、主に建築設備の施工管理として、現場全体を統括する工程管理や安全管理などの業務に励んでいました。
ー東京での経験を経て、南九州市役所への転職を決めた理由を教えてください。
橋詰:正直に言うと、当時の労働環境がかなりハードだったことが大きな理由です。10年ほど前の建設業界ということもあり、残業は当たり前。さらに片道2時間の満員電車に揺られて現場へ向かう毎日で、心身ともに余裕がなくなっていました。「この生活を10年、20年と続けていくのは難しい」と痛感したんです。
そんな時、頭に浮かんだのが、緑豊かで穏やかな故郷の景色でした。自分が生まれ育った南九州市のために、今まで培ってきた技術を活かしたい。せっかく再就職するなら、一番愛着のある場所で働きたいと思い、採用試験を受けました。

「調整」の先にある、街のシンボルを創る喜び
ー入庁されてから、これまでどのような業務に携わってこられましたか?
橋詰:平成28年に入庁し、最初の1年は建築係で確認申請の事務や公共施設の営繕を担当しました。その後、学校営繕係で5年間、市内の小中学校の校舎改修などを手がけました。
現在は都市政策課の建築係に戻り、市営住宅の整備や公共施設の維持管理、そして今まさに「新庁舎建設」という大きなプロジェクトに携わっています。
ー街の歴史に残る「新庁舎建設」プロジェクト。具体的にどのような役割を担い、どのような点に苦労ややりがいを感じていますか?
橋詰:現在は建設工事のプロジェクト管理を任されています。令和4年度に始動し、基本設計、実施設計を経て、現在は建設の最終段階に差し掛かっています。
自治体の大きなプロジェクトは関わる部署が非常に多く、庁内の多様な要望を一つひとつ丁寧に汲み取り、設計会社や施工業者さんに伝えて形にしていく「調整」が一番の難所ですね。
ですが、この調整こそが業務の醍醐味でもあります。市にとっても非常に大きな予算を動かす事業だけにプレッシャーもありますが、街の新たなシンボルを自分たちの手で創り上げているという手応えを感じています。

自治体建築職ならではの「手触り感」のある設計
ー自治体の建築技術職としてのやりがいは、どのようなところにありますか?
橋詰:自分たちが「作り手」の一員として、より主体的に設計プロセスに関われる点だと思います。民間企業では役割が細分化され、それぞれの専門領域に特化することが多いですが、南九州市のような規模の自治体では、要望の聞き取りから基本的なレイアウトの検討、現場管理まで一貫して携わる機会が非常に多いんです。
もちろん専門業者さんの力も借りますが、自分たちのアイデアや工夫を直接設計に反映できる。この「手触り感」は、大きな組織や民間企業ではなかなか味わえない、自治体の建築職ならではの魅力だと思います。
ーご自身の「カラー」が反映された、思い出深い仕事はありますか?
橋詰:学校営繕をしていた頃に担当した、古いトイレの改修工事です。「トイレを綺麗にするだけ」と思うかもしれませんが、限られた間取りの中で、どうすれば子どもたちが使いやすく、かつ清潔で安心できる空間にできるか。自分なりに徹底的に工夫して図面を引きました。
完成したトイレを見て、「これから子どもたちが当たり前のように使うんだ」と思うと、本当に嬉しい気持ちになりましたね。「誰かの役に立っている」という実感を、これほど身近に感じられるのは南九州市での公共建築ならではかもしれません。

自治体職員としての姿勢と、チームの力
ー技術職として、仕事をする上で常に意識していることは何ですか?
橋詰:やはり「市民の皆様の大切な税金を使っている」という責任感です。ただ立派な建物を建てればいいのではなく、いかにコストを抑えつつ、市民の皆様が快適に利用できるものにするか。そのバランスは常に意識しています。
また、少しでも市の財源を確保するために、国からの補助金を活用するためのリサーチや申請業務にも力を入れています。1円でも無駄にせず、最大限の効果を出す。この「経営的な視点」は、公務員になってからより強く意識するようになりました。
ー職場の雰囲気や、チームの体制について教えてください。
橋詰:非常に風通しが良く、明るい職場ですよ!今の上司も現場をよく理解してくれていますし、自分の意見を否定せずに聞き入れてくれる、相談しやすい環境があります。建築係は現在4名体制ですが、そのうち3名が建築士の資格を持っています。
大きな案件がある時は一人で抱え込まず、係全員で知恵を出し合ってフォローし合う。そんな温かいチームプレーが南九州市の自慢です。
ー地域の建築士の方々との繋がりもあるのでしょうか?
橋詰:はい。「建築士会」という市内の建築士が集まるコミュニティがあり、私も参加しています。学習会やボランティア活動に仕事のリフレッシュや地域貢献も兼ねて参加してます。

家族との時間も、技術者としての成長も諦めない
ーワークライフバランスについてはいかがですか?転職して変わった部分はありますか?
橋詰:これはもう、「雲泥の差」ですね(笑)。東京の頃は想像もできなかったことですが、今は残業も月平均で10時間以内。休みも自分のスケジュールに合わせて調整しやすいので、家族との時間を大切にできています。
特に、子どもが急に熱を出した時などの突発的な休みに対しても、「お互い様だから」と快く送り出してくれる雰囲気があります。子育て世代にとっても、これ以上ないほど働きやすい職場だと自信を持って言えますね。
ー橋詰さんは入庁後に一級建築士の資格を取得されたと伺いました。
橋詰:はい、令和2年度に取得しました。仕事と家庭を両立しながらの勉強は大変でしたが、職場が資格取得を応援してくれる空気だったので、モチベーションを維持できました。
市としても資格取得への支援制度が整いつつありますし、技術者として成長し続けたいという意欲にしっかりと応えてくれる環境です。
ー最後に、南九州市の建築技術職を目指す方へメッセージをお願いします。
橋詰:学生の皆さんは、「自分に務まるだろうか」と不安に思うかもしれません。でも、南九州市には優しく頼もしい先輩たちが揃っています。一つひとつ丁寧に教えますので、安心して飛び込んできてください。
社会人の皆さんは、民間でのスキルを活かせる場面が必ずあります。「自分の技術で、この街を良くしていく」という実感を、ぜひ一緒に味わいましょう。あなたと働ける日を、心からお待ちしています!

ー本日はありがとうございました。
東京での多忙な日々を終え、故郷に戻った橋詰さん。その穏やかな語り口からは、南九州市の街並みやそこに住む人々への深い愛情が伝わってきました。
「自分たちで考え、形にする」という言葉の裏には、市民の税金を預かる責任感と、子どもたちが当たり前に使える空間を作りたいという純粋な技術者の誇りが同居しています。
完成した建物が街に溶け込み、誰かの日常を支えていく。そんな「顔の見える仕事」の尊さを、橋詰さんの仕事に向き合う真摯な姿勢から改めて教えていただいた、心温まるひとときでした。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年3月取材)



