「人の役に立ちたい」という想いの形は、人それぞれ。鹿児島県南九州市の長寿介護課で働く牧之段さんは、民間企業や病院での豊かな経験を経て、地元にゆかりのあるこの地で社会福祉士としての新たなキャリアを歩んでいます。
行政だからこそできる支援、そして一人の人生に深く寄り添う覚悟。今回は、専門職としての誇りを持ち、南九州市の高齢者福祉を支える牧之段さんに、仕事の醍醐味と職場の魅力をじっくりと伺いました。
- 「カッコいい」から始まった、福祉のスペシャリストへの軌跡
- 結婚を機に見つめ直した「働き方」と、南九州市への縁
- 「伴走者」として、本人の想いに寄り添い最適な答えを導く
- 「ありがとう」の重み。一人の人生を支えた手応え
- チームで守る南九州市。専門職が集う温かな職場
「カッコいい」から始まった、福祉のスペシャリストへの軌跡
ーまずは、これまでの経歴を教えていただけますか?
牧之段:私は、南九州市の隣にある鹿児島県南さつま市の出身です。高校は南九州市内の高校に通っていたので、この街には学生時代から深い馴染みがありました。卒業後は福岡市の社会福祉専門学校に進学し、3年間みっちりと福祉を学びました。
専門学校を卒業後、まずは介護職員として3年、次に社会福祉法人の総合職として特養などの大型施設の新規立ち上げに携わり、ゼロから施設を作り上げるという、今思えば非常にダイナミックな経験をさせてもらいました。
立ち上げの傍ら、現場のヘルプや法人全体の研修企画・運営なども並行して行い、幅広く動く中で専門職としての土台を多角的に築くことができたと感じています。
ーそもそも、なぜ社会福祉士を目指そうと思ったのでしょうか?
牧之段:実は、これと言って大きなきっかけがあったわけではないんです。高校時代、進路を決める時期になって、「資格を活かした仕事に就きたい」という思いだけは、胸の奥に漠然とありました。
そんな折、高3の時に骨折して入院した際、担当の先生から「病院には相談員という仕事がある」と教えられたんです。当時、具体的な業務内容は詳しく分かりませんでしたが、「メディカルソーシャルワーカー」という響きが、純粋にカッコいいなと思ったのが最初の動機です(笑)。
自分なりに調べていくうちに、中学生の職場体験でデイケアを選んでいたことも思い出し、「自分にはこの道が合っているのかもな」と、導かれるようにこの世界に入りました。

結婚を機に見つめ直した「働き方」と、南九州市への縁
ー民間や病院で長く活躍されていた中で、なぜ公務員という道を選ばれたのですか?
牧之段:一番大きな理由は「結婚」ですね。家族を持つことになり、改めて待遇面やワークライフバランスを真剣に考えるようになりました。
それまではシフト制での勤務が当たり前で、夜勤や宿直、土曜出勤もありました。病院勤務の頃も非常に忙しく、「もっと家族との時間を大切にしたい、安定した環境で長く働きたい」という気持ちが強くなっていったんです。
ーその中でも、南九州市を選んだ決め手は何だったのでしょうか?
牧之段:やはり「縁」ですね。自分が高校時代を過ごしたゆかりのある街ですし、どこか関わりのある自治体で貢献したいという想いがありました。ちょうど転職を考えていたタイミングで、南九州市が社会福祉士の募集を行っていたので、「ここだ!」という想いで応募しました。
ー入庁されてから7年目とお聞きしました。現在はどのようなお仕事をされていますか?
牧之段:令和2年度に入庁してからずっと、長寿介護課の介護予防支援係(地域包括支援センター)に所属しています。主な業務は、市内の高齢者の皆様の「総合相談」です。介護や認知症、生活の悩みなど多岐にわたる相談に寄り添い、必要なサービスに繋げています。
また、ケアプラン作成のほか、行政ならではの業務として虐待対応や成年後見制度の利用促進なども行っています。

「伴走者」として、本人の想いに寄り添い最適な答えを導く
ー具体的な1日のスケジュールを教えていただけますか?
牧之段:基本的には「訪問」がメインのスタイルです。ご本人からの相談だけでなく、ご家族や民生委員さん、医療機関などから情報が寄せられたら、まずはご自宅へ伺います。
ほぼ毎日どこかしらへ出ていますね。件数は1日1〜2件の日もあれば、多い時は4件ほど回ることもあります。訪問してお話を聞いた後は、庁内に戻って記録を作成し、必要があれば他部署や関係機関と連携を図ります。
ー相談業務の中で、特に難しさを感じるのはどのような部分ですか?
牧之段:「支援の手を差し伸べること」と「ご本人の意思を尊重すること」のバランスです。私たちはプロとして「今の状態ならこのサービスが必要だ」と判断しますが、ご本人は「まだそんなものは必要ない」「自分は大丈夫だ」と拒否されることが多々あります。
私たちの考えの“押し付け”になってしまうと、支援とは言えません。かといって、そのまま放置すれば状況は悪化してしまいます。そのギャップをどう埋め、ご本人も納得できる「答え」をどう見つけるか。そこは、何度経験しても悩みながら向き合っている部分ですね。

「ありがとう」の重み。一人の人生を支えた手応え
ー仕事をしていて、一番やりがいを感じるのはどのような時ですか?
牧之段:やはり、直接感謝の言葉をいただけた時です。ありきたりに聞こえるかもしれませんが、人から「ありがとう」と言われることは、この仕事を続ける上での何よりのエネルギーになりますね。
ー特に印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
牧之段:80代の独居男性のケースが、今でも鮮明に胸に残っています。その方は病院への受診も介護サービスも一切拒否されていました。家の中は荒れ果て、自宅も崩れかけた状態で、「このままでは命に関わる」という非常に危うい状況でした。
何度も訪問しましたが、最初は怒鳴られて追い返されることの繰り返し。それでも諦めずに、地域の民生委員さんとも協力して、何度も何度も足を運びました。その結果、少しずつ心を開いてくださり、最終的には医療機関への受診に納得してくださったんです。
後日病院でお会いした時に、ご本人から「あの時はすまんかったな。ありがとうな」と声を掛けていただいた時は、大きなやりがいを感じました。
チームで守る南九州市。専門職が集う温かな職場
ー職場全体の雰囲気や、チーム体制についても伺いたいです。
牧之段:私たちの係は今約20名体制で、そのほとんどが何らかの資格を持つ専門職です。保健師、主任ケアマネジャー、看護師といったプロフェッショナルの集団だからこそ、どんな難題にも多角的な視点で挑める強みがあります。
雰囲気は、一言で言えば「非常に風通しがいい」ですね。私自身、周囲に相談する際にハードルを感じたことは一度もありません。
日常的に「ちょっとこれ、どう思いますか?」と声を掛け合い、15分や30分、サッと時間を設けてケース会議を行うこともよくあります。一人で抱え込まず、みんなで知恵を出し合う文化が根付いていますね。

ー福祉の現場は多忙なイメージがありますが、残業や休暇はいかがですか?
牧之段:前職と比べると、ワークライフバランスは格段に向上しました。もちろんケースによっては遅くなることも稀にありますが、基本的には定時後の1時間以内には帰れています。
私は今、子どもが二人いるのですが、育児への理解も深い職場です。昨年、二人目が生まれた際も、周りの快いバックアップのおかげで週に一度は休みをいただきながら育児に関わることができました。
また、子どもが急に熱を出した時なども「お互い様だから」と業務をカバーし合える環境があるのは、本当にありがたいですね。仕事のプロとして、そして一人の親として、どちらも全力で向き合えるのが、南九州市の良いところだと思います。
ー最後に、これから南九州市の社会福祉士を目指す方へ、一言メッセージをお願いします。
牧之段:社会福祉士の多くは病院や施設で働かれていますが、市役所で働く社会福祉士にしかできない経験が、ここにはたくさんあります。虐待対応や成年後見制度市長申し立てといった、行政の権限に基づく業務は、まさに【「街のセーフティネット」の最後の砦】となる、やりがいのある仕事です。
「地域全体を支えたい」「行政の立場から困っている人を救いたい」という志を持つ方にとって、南九州市は最高の舞台になるはずです。ぜひ、私たちのチームに加わって、一緒にこの街の高齢者福祉を支えていきましょう。いつか皆さんとお会いできる日を、楽しみにしています!

ー本日はありがとうございました。
穏やかな語り口の中に、福祉という仕事に対する揺るぎない芯の強さを感じさせる牧之段さん。「カッコいいという響きから入った」と照れくさそうに笑う表情は、今では地域の誰よりも頼もしい“守り手”のそれでした。
困難なケースにも決して諦めず、訪問を繰り返すその背中は、効率だけでは解決できない「人の心」に寄り添う大切さを物語っています。
南九州市の穏やかな風景の中で、誰一人取り残さないための挑戦を続ける。そんな熱い志を持つ仲間が待っている温かな職場の空気が、お話を通じて優しく伝わってきました。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年4月取材)



