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那智勝浦町役場

那智勝浦町は、那智山の門前まち那智町と、温泉と漁業のまち勝浦町、さらに宇久井村・色川村の4ヵ町村が合併し、昭和30年4月に誕生いたしました。その後昭和35年1月に下里町、太田村が加わり現在の姿となっています。紀伊半島の南東端に位置し、気候温暖にして、風光明媚、雄大な自然に恵まれ暖かさ、豊かさ、厚い人情が溢れる町です。 

仕事も野球も全力投球!地方創生を肌で感じる那智勝浦町役場で働く魅力とは?

那智勝浦町役場

2025/04/02

和歌山県那智勝浦町役場で働く土佐さんのインタビュー記事です。観光学部出身の土佐さんは、地域活性化に貢献したいという思いから公務員を志望。観光振興、県庁出向、そして現在は移住定住の担当として奮闘する土佐さんに、仕事の魅力ややりがい、そして那智勝浦町の未来について伺いました。

 
ー経歴について教えてください。

 

土佐:地元、那智勝浦町出身で大学まで和歌山県内で過ごしました。観光学部という特殊な学部を選んだのは、那智勝浦町が観光の町で、両親や祖父母も自営業だったこと、そして、昔の那智勝浦町はすごく元気があって栄えていたという話を幼い頃から聞いていたので、地域の活性化に貢献できる仕事がしたいと思ったからです。大学時代は地元を離れて過ごし、那智勝浦町役場に戻ってきました。

 

大学も、地元へ帰ることを見据え観光学部を選びました。

 

ー入庁後についても教えてください。

 

土佐:入庁して観光部署(現在の観光企画課)に配属され、5年間観光振興業務をしていました。1年目は教育旅行担当で、那智勝浦町の旅行商品を県外の旅行会社に営業したり、学校を訪問してPRする仕事でした。

 

入庁2~3ヶ月でいきなり「行ってこい!」と上司に後押しされ、県の観光部署や観光連盟の方と一緒に、スクールキャラバンという形で営業に行きました。右も左も分からず、PR資料を作って旅行会社に営業に行っていましたね(笑)。

 

ーいきなり営業とは驚きですね!

 

土佐:はい、県庁職員と一緒に営業したのですが、今では師匠と慕う職員さんに出会い、1からPRのノウハウを教えてもらいました。公務員ではなかなか得られない経験でしたね。

 

熊野古道ウォーク、那智の滝など那智勝浦町が誇る観光資源を使ったプランを旅行会社に提案して、旅行商品を作ってもらいました。修学旅行だと数百人規模で来てくれるので、地域の経済効果にも繋がります。

 

あとは教育旅行の他に、CIR(国際交流員)の担当もしていました。国際交流活動に従事する外国人で、インバウンドが増えてきた時期だったので那智勝浦町で初めてインドネシア人を誘致し、観光案内所でインバウンド対応なども行いました。その方の家の準備から日常生活までサポートしました。

 

那智勝浦町は生まぐろの水揚げ日本一で、勝浦漁港に来るまぐろ船の乗組員はインドネシア人が多いんです。だからこそ、インドネシア語と英語ができる方が適任だったんです。

 

ー他に印象に残っている仕事はありますか?

 

土佐: 2019年の世界遺産登録15周年記念で行ったランタンフェスタです。世界遺産である那智山でランタンを打ち上げるイベントで、数百人が参加しました。地域の若手や色んな方とワークショップをして出てきたアイデアです、0からすべて企画し実行できたので印象深いです。

 

ー昨年、20周年記念もランタンフェスタだったようですね!

 

土佐:そうみたいですね、継続して自分が企画したものが実施されると嬉しいです。

 

―その後はどうキャリアを歩まれたのですか?

 

土佐:6年目に、和歌山県庁の市町村課に研修生として1年間出向しました。内閣府関連の業務を担当しました。地方創生交付金業務では、市町村の課題を取りまとめ内閣府への説明など事務能力が鍛えられました。

 

研修生活では公私ともに県庁の方にお世話になり多くの方々と人脈を築くことができました。

 

現在は、また同じ部署に戻られたんですね。

 

土佐:はい。ただ観光振興係ではなく、企画係です。まちづくりなどを担当していて、私はそこで移住定住を主に担当しています。

 

それぞれの地域に特徴があるので、それを理解し現場感覚を養うためにも、地区へ訪れ地元の人々と信頼関係を築くことからまず始めていきました。色川地区や太田地区など、移住者の受け入れに積極的な地域の協議会の方々と交流を行い、理解したうえで移住者の対応をしています。最初は慣れるのに大変でしたが、3年をかけて徐々に信頼関係を築いていっています。

 

それともう1つ、ワンストップパーソンという、和歌山県内の30市町村でそれぞれ1人ずついる、移住や生活全般の相談をワンストップでお答えし対応する担当者にもなっています。

 

ー移住先として那智勝浦町にはどんな魅力があるのでしょうか?

 

土佐:人の暖かさや温暖な気候、新鮮な食事、そして雄大な自然が魅力です。ある意味での”不便さ”を求めて、「そこがいい」と言って覚悟を持って来てくれる移住者もいます。

 

ーどうやって那智勝浦町を見つけて移住を決める方が多いですか?

 

土佐:WEBサイト、SNS、東京や大阪にある相談窓口など幅広い経路があります。このため、年数回の移住イベントで都心へ出向いたり、移住用のWEBページを作ったり、移住定住のガイドブックを作ったりとPRは多方面に行っています。

 

ーPRが重要なんですね。他にはどういったことを行っているのですか?

 

土佐:もちろん、個別に移住相談も受けています。例えば商売を始める方には起業補助金、住宅については空き家の改修補助金を案内しています。空き家の補助金については、ニーズにあわせて新たな制度を作りました。

 

また、実際に町内をまわって、空き家の掘り起し調査も行っています。

 

ー本当に幅広いですね!公務員として、やりがいを感じる部分は?

 

土佐:自分が携わったことや企画したことが形になり、反響があることがやはりやりがいです。もちろん失敗もありますが、移住者が地域で活躍している姿を見るのは嬉しいです。

 

例えば一昨年、移住してきたご夫婦が喫茶店を開き、地域のコミュニティの場になっているのを見たときは、ものすごく嬉しかったです!ちょっとした相談から1年をかけ、おためし住宅を提供したり、補助金を紹介したりというプロセスを経ての結果ですので達成感も大きかったです。

 

―ワークライフバランスはいかがですか?

 

土佐:現在は長く残業することもないですね。あと、役場に野球部があり、週2回平日の仕事終わりと土曜日に練習しています。

 

―野球部に所属されているんですね。

 

土佐:実はすごく強くて、人口10,000人強の町が「県大会」「近畿大会」と少ないメンバーで勝ち上がり、昨年「第33回全日本自治体職員等野球選手権全国優勝大会」に出場しました。

 

このような職場の部活動は他の部署とも壁を越えて交流できるので仕事にも役立ってますね。

 

ー今後の展望はありますか?

 

土佐:まだまだ、地元に戻ってくる方は多くないですし、都会に就職してしまうんです。地域の子供たちが一度外に出ることは良いことですが、将来的には、地元出身者が戻ってきてほしいと思っています。移住者を増やすことも大切ですが、地域に縁のある人が戻って来られる環境を作ることが重要です。

 

 

―最後に、働く魅力について教えてください。

 

土佐:現在の仕事は結果もわかりやすく出て、仕事をするうえでのプレッシャーや責任感もありますが、何より那智勝浦に貢献できるところを実感しやすいです。そうやって働けることが最大の魅力に感じています。

 

―ありがとうございました!

 

取材・文:パブリックコネクト編集部(2025年2月取材)

 

 

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那智勝浦町は、那智山の門前まち那智町と、温泉と漁業のまち勝浦町、さらに宇久井村・色川村の4ヵ町村が合併し、昭和30年4月に誕生いたしました。その後昭和35年1月に下里町、太田村が加わり現在の姿となっています。紀伊半島の南東端に位置し、気候温暖にして、風光明媚、雄大な自然に恵まれ暖かさ、豊かさ、厚い人情が溢れる町です。 

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