「もっと直接的に、地元の役に立ちたい」。奈良県庁で10年、石川さんが選んだのは、生まれ育った宇陀市への転職でした。
建築技師として、制限の多い土地で住民の「建てたい」という願いに寄り添い、数年越しのプロジェクトを形にする。そこには、市役所だからこそ味わえる確かな手応えがありました。
専門スキルを武器に、故郷の未来を支える石川さんに、仕事の醍醐味と温かな職場の魅力を伺いました。
- 建築の道を志した原点と、行政の役割への気づき
- 「顔の見える関係」を求めて。県庁から故郷・宇陀市への転職
- 「市街化調整区域」が9割。宇陀市ならではの難しさと面白さ
- 3年越しのプロジェクトが結実。地元事業主の想いに寄り添う
- 育休取得もスムーズに。チームで支え合う「風通しの良い」職場
- 受験者へのメッセージ。自然豊かな宇陀市で、共に未来を
建築の道を志した原点と、行政の役割への気づき
ー石川さんのこれまでの歩みと、建築に興味を持ったきっかけを教えてください。
石川:出身はここ、奈良県宇陀市です。大学で京都に出るまでは、ずっとこの街の豊かな自然の中で育ちました。
建築の道を意識したのは高校2、3年生の頃です。元々物作りが大好きで、最初は機械系の進路を考えていたのですが、自分の将来を具体的に描く中で「建物という大きなものを作り、街の風景に関わる仕事」の重要性に気づき、建築学科を選びました。
大学・大学院時代は設計や製図の課題に追われ、まさに建築漬けの毎日でしたね(笑)。特に大学院時代は、東日本大震災の復興支援に関する研究室に所属していました。仮設住宅や避難所の環境改善のために、1年半ほど現地に通い詰め、調査を行っていたんです。
ーその時の経験が、今の仕事選びにも繋がっているのでしょうか?
石川:非常に大きかったと思います。被災地で復旧・復興を目の当たりにする中で、「建物が建つための土台や制度そのものを作るのは行政の役割なんだ」と強く実感しました。
民間の視点も大切ですが、街の基盤を整え、そこに住む人たちの生活を根底から支える仕事がしたいと考え、公務員の道を選びました。

「顔の見える関係」を求めて。県庁から故郷・宇陀市への転職
ー最初の就職先は奈良県庁だったそうですね。そこからなぜ宇陀市に?
石川:奈良県庁には建築職として10年ほど勤務しました。県全体の広域的な制度作りや、大規模なプロジェクトに携われるのは非常にやりがいがありました。
ただ、組織が大きく役割も専門化されている分、どうしても「実際の生活者」との距離が遠くなってしまいがちなんです。制度や法律の文言と向き合う時間が多く、「本当に地元の人のためになっているのか」という実感が、自分の中で少しずつ薄れていってしまったんですね。
そんな中、10年という節目を迎え、自分のキャリアを改めて見つめ直しました。もっと住民の方々に近いところで、直接的に悩みをケアできる立場になりたい。そう考えていた時に、ちょうど故郷である宇陀市で募集があり、「地元に貢献するなら今だ!」と転職を決めました。
ー県庁での経験が、今の仕事に活きていると感じる場面はありますか?
石川:もちろんです!現在は市役所の立場ですが、都市計画の決定などで県と協議する場面が頻繁にあります。そんな時、県庁時代のネットワークが大きな武器になりますね。
相談に行く先々で、かつての先輩や後輩が迎えてくれるので、意思疎通がスムーズで、これまでのキャリアは無駄じゃなかったんだな、と嬉しくなります。
「市街化調整区域」が9割以上。宇陀市ならではの難しさと面白さ
ー現在の「まちづくり推進課」での仕事内容を詳しく教えてください。
石川:入庁して4年目になりますが、主な仕事は都市計画や建築基準法に基づいた判断、そして市有施設の設計、工事の技術支援業務です。宇陀市の特徴として、市全体の9割以上が「市街化調整区域」に指定されていることが挙げられます。これは原則として建物を建てることができない、制限の非常に厳しい区域です。
窓口や電話では、「この土地に家を建てたい」「新しく事業を始めたい」というご相談をいただくことが多いです。親世代から引き継いだ土地なのに、いざ建てようとすると法律の壁にぶつかる、という方も少なくありません。
専門的な法律の知識を使いながら、何とか希望を叶える道筋はないか、一つひとつのケースに真剣に向き合っています。
ー公共施設の管理業務なども担当されているのですね。
石川:はい。市有施設の新築、改修工事があります。設計事務所さんと図面のチェックを行い、工事現場では施工監督として立ち会います。自分の目で建物の安全を確認し、より良い環境に整えていくのは、技術職としての腕の見せ所ですね。

3年越しのプロジェクトが結実。雇用の創出・定着に向けて
ー仕事を通じて、特にやりがいを感じたエピソードがあれば教えてください。
石川:今まさに最終段階を迎えている、新たなまちづくりのルール作りですね。宇陀市では、人口減少、事業所数の減少等が課題としてあります。
「宇陀市をもっと元気にしたい、雇用を増やしたい」という想いをかたちにしたいのですが、宇陀市の大半が制限の厳しい市街化調整区域のため、当初は見通しを立てるのが非常に難しかったんです。
ーそれをどのように解決していったのですか?
石川:既存のルールでは難しい部分を、県と何度も協議を重ね、「新しい都市計画の枠組み」を作ることで解決する道を選びました。私が入庁して以来、丸3年以上ずっと、計画作りや資料作成、地元の方との協議を何度も進めてきました。
調整区域の壁は本当に高いですが、「宇陀市として本当に必要なものを何とか形にしたい」、その一心でした。そして、ついに都市計画の変更が通る段階まで来た今、地元の方からも「ようやくここまで来れた、ありがとう」と言っていただけた時は、感無量でした。
一過性の仕事ではなく、数年という長いスパンで住民の方と伴走し、街の未来を一緒に作り上げていける。これは、地域に根ざした市役所ならではの醍醐味だと思います。

育休取得もスムーズに。チームで支え合う「風通しの良い」職場
ー宇陀市役所の職場の雰囲気はいかがですか?
石川:一言で言うと、非常に「風通しが良い」です。現在、課のメンバーは6名のうち5名が建築のプロなので、専門職同士、年齢や役職を問わず「これってどう思う?」と気軽に相談し合える雰囲気があります。
入庁したての頃、私がパソコンと向き合って悩んでいると、先輩たちが「何か困ってる?」と積極的に声をかけてくださったのが本当に心強かったです。
ー石川さんは育児休業も取得されたと伺いました。
石川:はい。1年目の時に4ヶ月、2年目の夏にも2ヶ月と、計2回の育休を取得しました。最近、制度として分割して取得できるようになったこともあり、職場でも快く理解していただき、とても取得しやすい雰囲気でした。
現在は「部分休業」という制度を利用して、朝と夕方に1時間ずつ勤務時間を短縮し、育児と仕事を両立しています。
ー育児と仕事の両立をしてみて、感じたことはありますか?
石川:初めての育児は、想像以上に大変でした(笑)。昼夜問わず忙しい日もありましたが、この時期にしかできない経験ができたのは一生の財産です。
そんな私の状況を理解し、チーム全体で仕事をカバーしていただけた職場の方には、感謝しかありません。働きやすさという点でも、宇陀市は素晴らしい環境だと自信を持って言えますね。

受験者へのメッセージ。自然豊かな宇陀市で、共に未来を
ー最後に、宇陀市で働くことを検討している方へメッセージをお願いします。
石川:宇陀市は自然が豊かで、歴史の息遣いを感じられる本当に美しい街です。ここで働く最大の魅力は、自分の専門知識を駆使して、住民の方々と共に「街の形」を変えていけることです。私たちの知恵と工夫が、誰かの人生や地元の活性化に直結します。
「いい空気を吸いながら、腰を据えて住民のために汗を流す」。そんな働き方に魅力を感じる方なら、きっと大きなやりがいを見つけられるはずです。
自分の想いを形にしたい、宇陀の力になりたいという熱意を持った方と、ぜひ一緒に働けるのを楽しみにしています。宇陀市の未来を、僕たちと一緒に作っていきましょう!

ー本日はありがとうございました。
穏やかな語り口の中に、建築職としての確固たる誇りをのぞかせてくれた石川さん。10年務めた県庁という大きな組織を飛び出し、故郷の宇陀市で「顔の見える」住民のために奔走する姿は、専門職としての新しいキャリアの在り方を示しているようでした。
インタビュー中、二度取得した育休の話になると、ふっと優しいお父さんの表情に。技術者としての厳しさと、家族や地元を愛する温かさ。その両立が叶う宇陀市役所という場所が、とても魅力的に感じられた時間でした。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年4月取材)



