「一つの地域に根ざして働きたい」——そんな想いから公務員を志し、県庁での営繕業務を経て霧島市役所へと入庁した森藤さん。
現在は教育総務課で学校施設の整備に携わり、子どもたちの学び舎を支えています。限定特定行政庁としての専門的な審査から、地域住民との温かな交流が生まれる営繕工事まで。
霧島市ならではの建築技師の魅力と、ワークライフバランスを大切にできる職場の素顔について、たっぷりとお話を伺いました。
公務員を目指したきっかけと霧島市との縁
ーまずは自己紹介と、これまでのキャリアについて教えてください。
森藤:私は平成27年に霧島市役所に建築技師として採用され、今年で11年目になります。
現在は教育総務課に所属していますが、それ以前は建築住宅課に1年、建築指導課に4年ほど在籍していました。
霧島市に入庁する前は、別の県の県庁で5年ほど建築職として勤務し、その時に一級建築士の資格を取得しました。
ー学生時代から公務員を志望されていたのでしょうか?
森藤:実は最初は、民間企業のゼネコンに入って工事監理をやりたいと考えていたんです。
しかし、就職活動を続ける中で「一つの地域に根ざして働きたい」という思いが強くなり、転勤が少なく、安定して長くキャリアを築ける【地方公務員】という選択肢を考えるようになりました。
そこから大学の勉強会に参加したことで、それまであまり知らなかった公務員の仕事への理解が深まり、「仕事内容が幅広くて面白そうだ」と感じて公務員の道に進もうと決意しました。
ー県庁から霧島市役所へと転職された理由は何だったのですか?
森藤:一番のきっかけは家族の事情です。妻の両親の介護が必要になり、転職を検討せざるを得なくなりました。
その際、以前から旅行や観光で訪れていた霧島市のことが頭に浮かびました。温泉もあれば空港も近く、非常に魅力的なまちだと感じていたんです。
ただ、建築技師の採用は欠員が出ないと募集がかからないことも多いのですが、ちょうど私が探していたタイミングで募集があり、「これは運命だ」と思って迷わず応募しました(笑)。

建築技師の二つの顔—営繕と指導
ー現在の部署での具体的な仕事内容を教えてください。
森藤:教育総務課では、主に市内の小中学校の校舎や体育館などの新増築・改修に伴う営繕業務、また教育施設の長寿命化計画の策定を担当しています。
具体的には、前年度に予算を立て、当該年度に設計業務を委託し、図面を精査して工事を発注。その後は現場の監理を行い、完成後の検査まで一貫して携わります。なお、国の補助金対象事業であれば、それに伴う申請・報告業務も行います。
現在は一人で年間3~4件ほどの工事案件を担当しています。
ー霧島市の建築技師ならではの特徴はありますか?
森藤:霧島市は「限定特定行政庁」に指定されている点が大きな特徴です。これは、市が独自に建築確認申請の審査や検査を行う権限を一部持っているということです。
建築指導課に在籍していた頃は、この権限に基づき、建築基準法に適合しているかを厳格に審査する業務に携わっていました。
建築士の資格はもちろん、さらに専門的な「建築基準適合判定資格者」としての知識が求められる、非常にやりがいのある仕事です。
ー建築技師として働く中で感じる「仕事の厳しさ」について教えてください。
森藤:業務の幅が広い上に、専門性も高いということですね。それゆえに、課のメンバーや関係部署の協力が不可欠な仕事だと感じています。
営繕業務では、特に学校施設の場合「工期」が絶対です。卒業式や入学式といった子どもたちの門出に間に合わせる必要があるなど、スケジュール管理は非常にシビアです。
また、建築指導業務では市民の方に厳しい指導を行わなければならない場面もあります。しかし、その根底にあるのは「建物の安全性を守る」という揺るぎない使命感です。

教育施設の整備がつなぐ「まち」と「人」
ーこれまでの仕事で、特に印象に残っているエピソードはありますか?
森藤:隼人中学校という大規模な学校の整備を担当した際、完成後に先生や保護者から「きれいにしてくれてありがとうございます」と直接声をかけていただいたことがありました。
自分たちが手がけた図面が形になり、そこで実際に子どもたちが活動している姿を見るのは、技術者として本当に嬉しいですね。
まちづくりに直接貢献できることは、市の建築技師としての仕事の一番の魅力だと感じています。
ー他にも教育施設の工事で心に残っていることはありますか?
森藤:令和3年頃のことですが、国分北小学校の体育館工事が特に心に残っています。この案件は、当初設計の段階から工事完了まで、私が一貫して担当することができた現場でした。
体育館の工事には「卒業式に間に合わせなければならない」という絶対的なデッドラインがあります。
当時、工期は非常に厳しく、着工までの準備期間も短い中で進めなければなりませんでした。現場では工事業者の方とも「どうすれば間に合うか」と頭を抱える苦悩の連続でした。
それでも、学校の先生方が本当に優しく、工事のために様々なご協力をいただいたおかげで、なんとか無事に卒業式シーズンに間に合わせることができました。
完成をお伝えした際、「子どもたちも喜んでいます」という感謝の言葉を頂いた時は、肩の荷が下りると同時に大きな達成感がありましたね。
それだけでもとても嬉しかったのですが、学校側から「完成を祝うセレモニーでコンサートを開くので来てもらえませんか?」と招待していただいたんです。
市役所の職員として、ここまで地域の方に温かく感謝される経験は初めてだったので、本当に胸が熱くなりました。

専門性を高め合い、支え合う職場の雰囲気
ー職場の人間関係や雰囲気についてはいかがでしょうか?
森藤:霧島市の建築技師は現在25名ほどいますが、非常に風通しの良い職場です。年齢や役職の垣根が低く、何でも相談できる雰囲気がありますね。
建築の仕事は個人の判断が大きな影響を及ぼすため、自分一人で抱え込まずに「これ、どう思います?」と先輩や同僚に意見を聞くことが習慣化されています。
ー専門職集団としての結束力が強そうですね。
森藤:そうですね。入庁してから資格取得を目指す職員も多いですし、周囲もそれを全力でバックアップします。
私が難しい資格を取った時も、上司や同僚が自分のことのように喜んでくれました。互いに切磋琢磨しながら、専門性を高め合える環境が整っていると感じます。

霧島市で描く、仕事と暮らしの理想形
ーワークライフバランスについて、実際に働いていてどう感じますか?
森藤:自分の業務をしっかり調整できていれば、休みは非常に取りやすい環境です。
私自身、最近肺炎で入院したり目の手術をしたりと、やむを得ず長期でお休みをいただくことがあったのですが、課内のメンバーが快くフォローしてくれました。
また、妻も働いているので、子どもが熱を出した際に「子の看護休暇」をいただいて私が看病することもあります。
制度が整っているだけでなく、それを【当たり前に使える空気感】があるのがありがたいですね。
ー霧島市での生活そのものについてはどうですか?
森藤:最高の環境ですよ(笑)。温泉が生活のすぐそばにありますし、自然も豊かです。
その一方で、鹿児島県内第2の都市として買い物などの利便性も高いですし、空港や高速道路が近いので、遠出もしやすいです。
仕事では「まち」を創り、プライベートではその「まち」の魅力を存分に楽しむ。そんな理想的な暮らしができています。


ー最後に、霧島市の建築技師を目指す方へメッセージをお願いします。
森藤:「地元出身じゃないと馴染めないのでは?」と不安に思う方もいるかもしれませんが、心配いりません。私のように県外から来た人間も多く活躍しています。
建築のプロとして、学校や公共施設を通じて地域に貢献できるこの仕事は、他では味わえない手応えがあります。
向上心を持って、霧島市の未来を一緒に造っていける方をお待ちしています!
ー本日はありがとうございました。
「仕事でまちを創り、プライベートでまちを楽しむ」。森藤さんのお話からは、霧島市での生活そのものを愛している様子が伝わってきました。
かつてのご自身の転職活動を「運が良かった」と笑って振り返られましたが、その笑顔の裏には、厳しい工期や難しい審査に向き合い続けてきたプロフェッショナルとしての誇りを感じました。
美しい山々と温泉、そして温かい仲間に囲まれた霧島市。ここでは、キャリアの追求と家族との穏やかな暮らし、そのどちらも諦める必要はありません。そんな希望を感じさせてくれるインタビューでした。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2025年12月取材)



