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北広島市役所

 札幌農学校の初代教頭、W.S.クラーク博士が日本を離れる際に残した言葉が「BOYS,BE AMBITIOUS」。その舞台となったのは、現在の北広島市でした。  北広島市は、広島県の人々が夢をいだいて北海道へと渡り開拓したまちであり、寒冷稲作発祥の地。開拓者たちが困難に立ち向かった「志」は、今もこのまちに受け継がれています。  現在は、北海道ボールパークFビレッジの開業や新駅の開発など、大きな変革の中にあります。  自然豊かな環境でありながら、札幌市や新千歳空港へのアクセスも良い、恵まれた環境も魅力です。  まちづくりの新たなステージにおいて、地方行政全般の多様な業務を通じ、あなたの得意や能力、興味を活かして北広島市の「これから」を一緒につくりませんか?

若手保健師が語る、北広島市だから実現できる「一人ひとりの人生に深く関わる」やりがい

北広島市役所

2026/02/10

高校生の頃に抱いた「赤ちゃんとお母さんを支えたい」という純粋な憧れ。その夢を叶え、隣街の北広島市で保健師として歩み始めた松永さん。
 

北海道ボールパークFビレッジの開業を機に活気に包まれる街という魅力だけでなく、一人ひとりにじっくり向き合える人口規模が、彼女の理想の保健活動を支えています。
 

今回は、1年半に及ぶ深い伴走支援のエピソードや、職場の温かな雰囲気、そして「保健師になってから始まる学び」の奥深さを伺いました。

 

 


 

憧れから現実へ:保健師を志した原点

ーまずは、これまでのご経歴と、保健師を目指したきっかけを教えてください。

 

松永:出身は北広島市の隣にある江別市です。大学は道内の医療系の大学に進みました。

保健師という職業を意識し始めたのは高校生の時で、たまたま見つけた職業だったのですが、詳しく調べていくうちに「なんだか良さそうな仕事だな」と直感的に惹かれたのが始まりでした。

 

 

ー具体的には、どのような点に惹かれたのでしょうか?

 

松永:一番は、赤ちゃんや妊婦さんと関わることが多いというイメージを持ったことです。私自身、昔から小さい子どもが大好きでしたし、新しい命が生まれる前からのサポートや、その後の成長をずっとそばで見守っていける仕事にすごく魅力を感じました。

 

実はその当時は、「保健師になるためには看護師の免許も取らなければいけない」ということを知らず、後から知ったくらいなんです(笑)。それくらい、保健師という仕事そのものへの憧れが強かったのだと思います。

 

 

ー大学卒業後、就職先として北広島市を選んだ理由を教えてください。

 

松永:私が就職活動をしていた時期、北広島市は「エスコンフィールド(北海道ボールパークFビレッジ)」ができるという話題で持ち切りで、街全体がすごく活気に満ち溢れていました。

私自身、野球を見るのが大好きだったので、「この街で働けたら楽しそう!」と思ったのが大きな理由の一つです。

 

また、あまりに人口が多い大都市だと、私自身が保健師として市民の方一人ひとりとじっくり関わる時間を確保するのが難しいのではないかという懸念があったんです。

 

その点、北広島市は人口が約5万6千人で、年間の出生数も300人前後。この規模感であれば、地域の方々の顔が見えやすく、ちょうど良い距離感で「伴走」できるのではないかと考えたのが決め手になりました。

インタビュー風景

多彩な業務:母子保健から成人保健へのステップアップ

ー入庁してからの4年間、どのような業務を担当されてきましたか?

 

松永:入庁から4年間は、念願だった母子保健の担当をさせていただきました。乳幼児健診や、妊婦さん向けの「マタニティスクール」の運営が主な仕事です。

 

スクールでは、旦那さんに妊婦体験ジャケットを着てもらったり、赤ちゃんの沐浴指導をしたりと、市民の方の人生の大きな節目に立ち会える、とてもやりがいのある日々でした。

 

 

ー今年からは担当が変わったと伺いました。

 

松永:はい、5年目の今年度からは成人や高齢の方を対象とした業務に携わっています。

特定健診の結果からご自宅を訪問して保健指導を行ったり、地域のサークルや団体で健康講座を行ったりしています。

 

 

ー実際に働いてみて、「保健師」という仕事に抱いていたイメージとのギャップはありましたか?

 

松永:正直に言うと、事務仕事の多さには驚きました(笑)。

保健師としての専門的な相談業務だけではなく、必要な備品の発注や伝票処理、予算の管理といった「市役所職員」としての事務作業も並行してこなさなければなりません。

 

最初は戸惑うこともありましたが、「こうした地道な事務作業の一つひとつも、日々の保健師の仕事に繋がっているんだ」と今は理解しています。

マタニティスクールの様子

深い絆と葛藤:保健師として経験した「伴走」の重み

ー保健師としての喜びを感じる瞬間はどんな時ですか?

 

松永:やはり、市民の方と深く、長く関わり合えることです。以前からの関わりを通じてその方の健康状態が改善したり、生活に前向きな変化が見えたりした時は本当に嬉しいです。

 

また、何か困りごとがあった時に「松永さんにお願いしたい」と名前を指名して電話をいただけると、一人の専門職として信頼されている実感が持てて、大きな活力になりますね。

 

 

ーこれまでの5年間で、特に心に残っているエピソードを教えてください。

 

松永:母子担当をしていた頃に出会った、お母様の支援です。
当時は深く悩まれ、苦しい思いを抱えていらっしゃるようでした。その深刻な状況を目の当たりにし、私は「この方を支えたい」と強く思いました。

 

 

ーどのように支援を続けられたのでしょうか?

 

松永:約1年半にわたって、丁寧に寄り添い続けました。電話で気持ちを伺ったり、医療機関との連携を密に行ったり。試行錯誤の時期もありましたが、根気強く伴走を続けました。


すると、最初は暗かった表情に少しずつ明るさが差し始め、笑顔が見えるようになっていきました。最終的には、お母様がご自身の職場で働き、元気に活躍される姿を見届けることができました。


あの時の、最初の面談とは見違えるほど明るくなられたお母様の姿は、今でも私の大切な記憶として心に残っています。

 

 

ー逆に、苦労した経験や、自身の未熟さを感じたエピソードはありますか?

 

松永:1年目の時に、お子さんの発達についてお母様にお話しした際のことです。自分ではいつも通り丁寧に、最善を尽くして説明したつもりでした。

 

しかし後日、そのお母様からお電話をいただいたんです。泣きながら「本当はあんなこと言われたくなかった」「すごく傷ついた」と打ち明けられ、自分の発した言葉の重みをこれほどまでに痛感したことはありませんでした。

 

相手の立場をどこまで想像できていたのか、どのような表現で伝えるべきだったのか……。そう考えると本当に申し訳なく、私自身も悲しくなりました。

 

この経験から、言葉選びの一つひとつ、そして相手の感情の機微を察することの重要性を、深く心に刻むようになりました。

デスクワークの様子

チームで支える:北広島市の温かな職場環境

ー職場の雰囲気や、先輩・同僚との関係性について教えてください。

 

松永:健康推進課には約10名の正職員の保健師がいますが、本当に人間関係が良くて温かな職場です。

私が新人の頃はプリセプター制度があり、年の近い先輩が常に寄り添って、右も左もわからない私を助けてくれました。

 

周りにはベテランの保健師さんも多いのですが、皆さん本当に勉強熱心で向上心が高く、常に「市民のために何ができるか」を真剣に考えている。そんな先輩方の背中を見ていると、自分ももっと成長し続けなければと自然に思える環境です

保健師の仲間
一緒に働いている健康推進課の仲間たち

ー他の部署や職種との連携についてはどうですか?

 

松永:かなり密に行っています。例えば家庭訪問の際、虐待の兆候が少しでも見受けられるようなケースであれば、すぐに「福祉総合相談室」の保健師や社会福祉士と情報を共有します。

 

必要があれば部署をまたいで一緒に家庭訪問をすることもありますし、行政という大きな組織の力を結集して市民生活を支えている実感がありますね。

 

 

ー働きやすさやワークライフバランスについてはいかがでしょうか?

 

松永:残業は業務が重なる時期(年度末やイベントの多い秋など)には発生しますが、日々の業務は自分の裁量で調整できる部分も多いです。

 

お休みも取りたい時にしっかりと取ることができています。リフレッシュする時間を持てるからこそ、市民の方に対して常に穏やかな気持ちで向き合えるのだと感じています。

打合せ風景

未来の仲間へ:保健師という旅の始まり

ーこれから北広島市の保健師を目指す方へメッセージをお願いします。

松永:保健師という仕事は、大学を卒業して免許を取ったらゴールではありません。むしろ、【採用されてからが、本当の学びのスタート】です。

 

専門職として常に知識をアップデートし続け、市民の方の笑顔のために切磋琢磨していける。そんな熱意を持った方と一緒に働けるのを楽しみにしています!

職員の写真

ー本日はありがとうございました。

 

「赤ちゃんが好き」という真っ直ぐな想いから保健師を志した松永さん。インタビュー中、彼女が語る言葉の端々からは、市民の方一人ひとりの人生に対する深い敬意と、自身の言葉の重みを自覚する誠実さが溢れていました。

 

特に、1年半寄り添ったお母様とのエピソードを語る姿は、北広島市という場所がいかに人と人との繋がりを大切にしているかを物語っているようでした。

 

「他にはない、北広島市ならではの温かさがある」という彼女の言葉通り、ここは温かな絆を紡ぎ、地域に貢献したい保健師にとって、最高の場所なのだと感じました。

 

 

取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年1月取材)

職員インタビュー

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