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北広島市役所

 札幌農学校の初代教頭、W.S.クラーク博士が日本を離れる際に残した言葉が「BOYS,BE AMBITIOUS」。その舞台となったのは、現在の北広島市でした。  北広島市は、広島県の人々が夢をいだいて北海道へと渡り開拓したまちであり、寒冷稲作発祥の地。開拓者たちが困難に立ち向かった「志」は、今もこのまちに受け継がれています。  現在は、北海道ボールパークFビレッジの開業や新駅の開発など、大きな変革の中にあります。  自然豊かな環境でありながら、札幌市や新千歳空港へのアクセスも良い、恵まれた環境も魅力です。  まちづくりの新たなステージにおいて、地方行政全般の多様な業務を通じ、あなたの得意や能力、興味を活かして北広島市の「これから」を一緒につくりませんか?

「現場の味方でありたい」─北広島市の未来を数字で支える、若手職員の熱き挑戦

北広島市役所

2026/03/11

子供の頃、祖父が住む北広島市の穏やかな街並みに惹かれた西谷さん。現在は、市全体の予算を司る財政課で活躍しています。「予算を削る敵」と敬遠されがちな部署で、彼はなぜ「現場の味方」でありたいと願うのか。


学生時代に卓球で培った粘り強さと、数字を通じて市民の暮らしを支える責任感。公務員のイメージを覆すような、現場との熱い対話と挑戦を大切にする西谷さんの仕事観に迫ります。

 

 


 

卓球一筋の学生時代から、自然と志した公務員への道

ーまずは西谷さんのこれまでの歩みについて教えてください。学生時代はどのようなことに打ち込んでいたのでしょうか?

 

西谷:私は北海道の余市町出身なのですが、実は小学校の頃から大学を卒業するまで、ずっと「卓球」一筋の生活を送っていました。高校も卓球のスポーツ推薦で進学し、その当時の恩師から「京都の大学に挑戦してみないか」と背中を押していただいたのがきっかけで、京都の大学へ進みました。

 

大学時代も4年間、体育会系の部活動に所属し、毎日練習に明け暮れる日々でしたね。学部では統計学やデータサイエンスに近い分野を専攻し、数字を扱う基礎を学んでいました。

 

 

ーまさにアスリートのような学生時代ですね。就職活動において、公務員を目指されたのはなぜですか?

 

西谷:正直なところ、民間企業で働くというイメージがあまり湧いていなかったんです。私の周りには、教師をしている親や、役場で働きながら卓球を教えてくれたコーチなど、公務員として働く大人がたくさんいました。

 

その方たちの働く姿を見て育ったので、中学生くらいの頃から「将来は自分も公務員として、誰かのために働くのが自然な形なのかな」と漠然と考えていました。

自分にはどのような仕事が合っているのかを考えたとき、自然と選択肢は公務員に絞られていきました。

 

 

ー数ある自治体の中で、なぜ北広島市を選ばれたのですか?

 

西谷:北広島市には祖父が住んでいたこともあり、幼少期から何度も遊びに来ていました。緑が豊かで、でも生活の利便性も高い。子ども心に「いい街だな」という印象がずっと残っていたのが大きいですね。

 

地元の役場を受験することも考えたのですが、試験日がちょうど卓球の引退がかかった大事な大会と重なってしまったんです。ずっと続けてきた卓球を最後までやり遂げたいという思いが強く、大会への出場を優先しました。

 

その結果、日程的に受験が可能で、かつ自分に縁のあった北広島市を受けることになりました。今振り返れば、あの時の選択が今の自分に繋がっていると思うと、不思議な縁を感じますね。

インタビュー風景

水道から市全体へ。数字の先に広がる市民の暮らし

ー入庁されてからのキャリアについて教えてください。

 

西谷:最初の4年間は、水道部経営管理課という部署に配属されました。そこで担当していたのは、水道事業に関する会計の経理や予算編成です。水道の経理は複式簿記で行っており、簿記の勉強も行いながら毎日の業務を行っていました。

 

大学で学んだ統計の知識や、卓球で培った「コツコツと積み上げる忍耐力」が、この事務作業において非常に役立ったと感じています。

 

 

ー5年目からは財政課に異動されたのですね。業務内容はどのように変わりましたか?

 

西谷:現在は財務部財政課に所属し、今年で7年目になります。主な業務は、市全体の予算編成や決算の取りまとめです。

 

水道の部署にいた頃は「水道事業」という一つの枠組みだけを見ていれば良かったのですが、今は市役所が行う全ての事業のお金の流れを把握しなければなりません。その中で、私は教育と消防の部門メインに担当しています。

 

 

ー非常に責任の重い仕事ですね。1年のスケジュールはどのような流れなのでしょうか?

 

西谷:春先(4月〜5月)は前年度のお金がどの事業にいくら使われたのかを取りまとめる「決算」の時期です。適正に事業が進められたかの確認もあわせて行います。

 

夏から秋にかけては国の調査対応などを行い、冬が近づくと、いよいよ翌年度の予算編成が本格化します。

各部署から「来年はこれをやりたい」という予算要求が上がってくるので、それを一つひとつ確認し、調整していく日々が始まります。

デスクワークの風景

「敵」ではなく「味方」として。財政課職員としての哲学

ー予算編成となると、各部署とのタフな交渉も多いのではないでしょうか?

 

西谷:そうですね。財政課というと、どうしても他部署からは「せっかく提案した予算を削りにくる天敵」のように思われてしまいがちです(笑)。

 

確かに限られた財源を割り振る以上、厳しい判断をしなければならない場面もありますが、私は決して「敵」でありたいとは思っていません。

 

 

ー交渉において大切にしていることはありますか?

 

西谷:できる限り「各部署の味方」でありたい、というスタンスです。予算要求の背景にある担当者の「これがやりたい」「市民のためにこうしたい」という熱い思いを、まずは正確に把握すること。

 

その上で、私たちの持つ財政的な視点とすり合わせを行い、どうすればその事業が【最小の経費で最大の効果を発揮できる形】で実現できるかを一緒に考えます。

 

一方的に否定するのではなく、丁寧な対話を重ねることで、お互いが納得できる着地点を見つける。そのコミュニケーションこそが、財政課職員にとって最も重要なスキルだと思っています。

業務風景

ーやりがいを感じるのは、どのような瞬間ですか?

 

西谷:やはり、全ての調整が終わり、予算案として一本に組み上がった瞬間です。

 

毎年12月から1月にかけては、夜遅くまで数字と格闘する日が続きますが、歳入(入ってくるお金)と歳出(出ていくお金)のバランスがピタリと整ったときは、課のメンバー全員で「よし、これで来年度も街を動かせる!」という大きな達成感を共有できます。

 

この【街全体のグランドデザインを数字で描いている実感】は、財政課ならではの醍醐味ですね。

 

 

一人で抱え込まず、全員で議論する。風通しの良い職場の雰囲気

ー北広島市役所の雰囲気や、働く環境についてはどう感じていますか?

 

西谷:北広島市には今、エスコンフィールドを中心としたボールパーク構想があり、街全体がこれまでにない活気に溢れています。

 

その影響もあってか、市役所全体としても「前例がないからやらない」ではなく「新しいことにどんどんチャレンジしよう」という挑戦的な風土が根付いています。

 

 

ー若手職員にとっても刺激的な環境ですね。

 

西谷:はい。最近入ってくる後輩たちも、非常に意欲的で前向きな人が多いと感じます。財政課も課長を含めて7人と少人数ですが、その分風通しが良く、一人で抱え込まずにみんなで意見を出し合える環境です。

 

上司や先輩方も、数字に強く、知識も豊富で尊敬できる方ばかりです。時に厳しくも温かい指導のおかげで、私もここまで成長できたと思っています。

同僚とのコミュニケーションの様子

「街を作っている」実感。挑戦を心から楽しみたいあなたへ

ー西谷さんの今後の目標、そして受験生へのメッセージをお願いします。

 

西谷:入庁からずっと内部事務が続いてきたので、将来的には窓口を含めた実際に事業を実施していく業務にも挑戦してみたいです。財政課で学んだ知識を活かしてより効率的で市民に満足してもらえるようなサービスをできるようにしていきたいです。

 

北広島市は、今まさに大きく変わり続けている街です。自分たちの手で街を作っているという実感を味わいたい、そんな情熱を持った方にはこれ以上ない舞台だと思います。

 

前向きに、そして楽しみながら一緒に北広島市の未来を作っていける、そんな皆さんの挑戦を心からお待ちしています!

職員の写真

ー本日はありがとうございました。

 

「財政」という言葉から抱く、少し堅いイメージ。しかし、お話を伺った西谷さんの言葉には、数字の裏側にある「人」や「街」への温かな眼差しが溢れていました。

 

「敵ではなく、味方でありたい」──。その優しい哲学は、変わりゆく北広島市の未来を、きっと誰よりも力強く支えていくはずです。

 

窓口で市民と笑顔で語らう彼の姿も、そう遠くない未来に見られるような気がしました。

 

 

取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年2月取材)

職員インタビュー

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