子どもに「ここに滑り台をつくったんだよ」と話すと、喜んで滑ってくれるんです。
そう笑顔で語るのは、時津町役場区画整理課で働く森さん。土木職として入庁8年目を迎え、現在は中央第2土地区画整理事業に関わる宅地造成や道路築造工事の発注を担当しています。長崎県内の他自治体への入庁を皮切りに、民間の建設コンサルタント会社勤務を経て、平成31年に時津町に入庁しました。
今回は、時津町の土木職を目指す方に向けて、仕事内容や働く魅力、職場の雰囲気について、たっぷりとお話を伺いました。
- 出産・育児と両立できる仕事を求めて。農業土木から始まった公務員への道
- 道路が完成するまでの舞台裏。予算要求から入札、工事完了までの全工程
- 「簡単にやり直せない」の重み。女性土木職員として歩んだ苦労とやりがい
- 笑い声が絶えない区画整理課。子育てしながら働ける時津町の職場環境
出産・育児と両立できる仕事を求めて。農業土木から始まった公務員への道
ーまずは森さんのご経歴からお聞きできますか。出身や、大学で学ばれたことを教えてください。
森:出身は長崎県佐世保市で、高校まで地元で過ごしました。大学は県外に出て、鹿児島の大学の農学部に進学し、農業土木を専攻しました。
公務員は出産や育児を経ても復職しやすく、出産や育児を機にキャリアが途切れてしまう人が多いという状況にあっても、公務員であればキャリアの継続が望めるという話を聞いて、公務員という仕事に興味を持ったことがきっかけです。大学に進学後、進路を考えていく頃に、農業土木の分野は公務員の専門職があると聞いて、農業土木を専攻しました。
ーそこから土木の道が始まったのですね。大学ご卒業後はどのようなキャリアを歩まれたのですか。
森:大学卒業後は、長崎県内の他自治体に入庁しました。建設課の道路改良班に配属され、道路の拡幅工事や舗装工事の発注、施工管理を4年間担当しました。
その後、結婚を機に長崎市内に引っ越し、自治体から発注される業務を請け負う民間の建設コンサルタント会社に転職しました。受注する側の仕事にも興味を持ったからです。橋りょうの定期点検や工事費の積算などを行い、新鮮で面白かったです。
ー民間で2年間働かれた後、再び公務員を目指されたきっかけは何だったのでしょうか。
森:民間在籍中に育児休業を取得した際に、今後のキャリアについて考えました。その中で、独身時代には感じられなかった公務員の良さが見えてきて、もう一度公務員試験を受けてみようという気持ちになったんです。
ー時津町を選ばれた理由を教えてください。
森:実は長崎県内のほかの自治体も受験していました。ただ、当時住んでいた長崎市内から見て、いちばん距離が近く、まちのイメージがしやすかったのが時津町だったので、できれば時津町に合格したいなと思っていました。また、活力があって、子育てがしやすい町という評判を聞いていたので、合格したら時津町に引っ越そうとも考えていました。

道路が完成するまでの舞台裏。予算要求から入札、工事完了までの全工程
ー平成31年に時津町へ入庁されて、最初は都市整備課への配属だったそうですね。具体的にどんな業務を担当されていたのですか。
森:道路の維持、補修関係の工事の発注を主に行っていました。舗装工事や橋の点検業務の委託、道路の開通に向けた発注もありました。年間で10件以上の工事を担当していたと思います。
ー工事が発注されるまでには、どのような流れがあるのでしょうか。
森:まず前年度に発注計画を立てて、どんな予算や補助を使い、どんな工法で、どこを工事するのかを検討した資料を作成します。それを部長など上司が集まる会議に諮り、評価をいただきます。そこで評価を受けたものを予算化し、議会に諮り、それが通れば、翌年度に予算がつきます。
大きな工事であれば、先に設計の委託を発注して、設計コンサルタントの方と内容の詳細を話し合い、設計図を納品していただきます。その後、再度内容を確認し、必要な変更行ったうえで、予算を踏まえた発注用の設計書を作成し決裁を受けます。入札を経て、落札していただいた業者さんと施工内容や工程の確認をして、ようやく工事が始まります。工事が完了し、検査が終わり、支払いが済めば一連の業務は終わりです。
ー昨年4月からは区画整理課に異動されたとのことですが、どのような業務内容になるのでしょうか。
森:時津町では現在、元村郷、浜田郷において時津中央第2土地区画整理事業を進めていて、時津町が進めている様々な事業の中でも特に力を入れている事業です。私の仕事の内容は、工事発注業務になりますが、土地区画整理事業は、事業区域内に土地をお持ちの方々から土地を預からせていただき、道路や公園、それに宅地を整備してお返しするという、一般的な道路事業等とは異なった性質を持った事業です。
土地区画整理事業では、道路や公園の整備にあたって、土地をお持ちの皆様から、用地買収ではなく減歩として土地を出し合っていただきます。お住いの方々には、土地の減歩だけでではなく、仮住まいを伴う移転もお願いすることになるので、多くの方にご負担をいただいています。
補償や移転の交渉は、別の係の担当者が行いますが、移転していただいた後を引き継いで工事を進める立場として、お問い合わせをいただいた際には、皆さんの気持ちに寄り添った対応をするように心がけています。

「簡単にやり直せない」の重み。女性土木職員として歩んだ苦労とやりがい
ーお仕事をする中で、大変だと感じることを教えてください。
森:道路やインフラ整備は、簡単にやり直しがきかない仕事です。だからこそ、決断が難しいと感じる場面があります。
図面だけを見ても現地とは違っていることがあるので、図面と現地の両方を見てイメージをつくり、業者さんに自分の考えを伝えてすり合わせをします。いくつかの選択肢が出てきたときは、文献を読んだり、技術職の上司に相談したりながら「これがベストだ」と思える判断を探すようにしています。
ー住民の方からの電話対応も大変だと伺いました。
森:電話対応は、業者関係や不動産関係、官公庁関係、住民の方々など、多様な方からのお問い合わせがあります。区画整理事業は特に専門性が高く、これまでの経緯などもあり、対応が難しいものも多いです。
また、仕事の特性上、住民の方との距離が近いため、個人的なご相談をされる場合もあり、どこまで町として介入できるのか悩むことがあります。その時は、お時間をいただき、これまでの経緯を調べたり、課内で話合って方針を決めたりすることで、対応をさせていただいています。
困ったことがあっても、周りの人達が助けてくれるので、安心して働くことができています。
ー女性の土木職員として、苦労を感じることはありますか。逆に、この仕事のやりがいはどんなところに感じますか。
森:土木職は区画整理課、都市整備課、上下水道課などインフラを抱えている部署でのお仕事になります。たとえば、舗装にできた穴の補修や草刈りなど、簡単なインフラの維持管理については、発注をせずに職員で対応することがあります。現場作業は大変なこともありますが、周りの男性職員の方たちが率先して行ってくれたり、協力してくれたりするので、本当に助かっています。
また、大雨や台風などの災害に見舞われた時は、インフラの復旧にあたるため、通常業務に遅れが生じ、忙しい日が続きます。そんな大変な面もありますが、工事を発注して道が出来上がり、通りやすい道になっているのを見ると、良かったなと思います。今も自分が担当した道路を通るたびに、この時はこういう苦労があったなとか、うまくいったなとか思い出しますね。
また、公園整備の工事においても、自分の子どもに「ここに滑り台をつくったんだよ」と話すと、喜んで滑ってくれたこともありました。そんな瞬間も含めて、この仕事の魅力なんだと思います。

笑い声が絶えない区画整理課。子育てしながら働ける時津町の職場環境
ー職場の雰囲気について教えてください。
森:私がいる区画整理課は、会話も多くて笑い声もあり、風通しがいいと感じています。ちゃんと仕事の話をしていますよ。部署は違いますが、土木職がいる都市整備課や上下水道課にも足を運んで意見を聞いたりもしています。


ー残業やお休みの取りやすさはいかがですか。
森:災害関係の対応など、突発的な事案への対応もあり、自由気ままに休みと取るとはいかない部分があると思います。また、年度初めの4月や3月は、工事の発注や完了に伴う精算や検査が集中するので、比較的に忙しい時期になります。
ただ、私個人としてはしっかり休みを取らせてもらっていて、残業もほとんどせずに済んでいます。子育てがひと段落した先輩など、周りの方が気を遣ってくれて、子育てをしながらでも働きやすい環境です。
夏季休暇は6月から10月までの間に5日間あり、周りの職員と調整をしながらしっかり消化できています。
ー最後に、時津町の土木職を目指す方へメッセージをお願いします。
森:時津町役場の土木職には、土木を学んだことがある人、民間で土木経験がある人はもちろんのこと、高校を卒業してすぐに入った職員もいますし、土木とは違う分野の民間企業から来た職員もいます。
また、分からないことがあれば、先輩たちがアドバイスしてくれますし、さらには希望すれば土木に限らず様々な分野の専門的な研修を受講できるので、スキルアップの機械にも恵まれています。
どんな方でも、まずはぜひ採用試験を受験していただいて、一緒に働きましょうと伝えたいです。

ー本日はありがとうございました。
道路の完成を見るたびに当時のエピソードを思い出すという森さんの言葉から、日々の仕事への丁寧な向き合い方が伝わってきました。子どもと一緒に自分の手がけた公園で遊ぶという何気ない一コマにも、まちをかたちづくる仕事の手応えがにじんでいたように感じます。
土木という専門分野で働きながらも、周囲の理解と協力のなかで、着実に自分の役割を積み重ねてきた森さん。町の風景のなかに、彼女が手掛けた道はこれからも静かに残り続けます。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年7月取材)



