「公務員といえば安定」そんなイメージを抱き、地元・西和賀町の隣にある岩手県北上市役所の門を叩いた蛭坂さん。しかし、入庁から10年以上が経過した今、彼を突き動かしているのは安定への執着ではなく、「正解のない地域課題に挑む面白さ」でした。
観光、税務、農林、そして現在の地域づくり。多様な現場を渡り歩く中で、蛭坂さんは「市役所はルーティンワークをこなすだけの場所ではない」という確信を深めていきます。特に現在の部署では、長年停滞していた職員研修をゼロからリニューアルし、若手職員の目に輝きを取り戻させるなど、自らの手で変化を創り出す醍醐味を味わっています。
「公務員は、もっと自由になれる」そう語る蛭坂さんの言葉は、現状に閉塞感を感じている若手世代や、やりがいを求めてキャリアを模索している方にとって、新たな一歩を踏み出す勇気になるはずです。北上市というフィールドで、住民と対話し、共に未来を描く。そんな“生き物のような現場”で奮闘する一人の職員の、熱い想いに迫りました。
- 「安定志向」から一変。現場で知った公務員の“本当の面白さ”
- 閉塞感を打ち破る「研修リニューアル」。ゼロからイチを生む醍醐味
- 勢いだけでは通用しない。「信頼」を損ねて学んだ事前準備の重み
- 市外出身だからこそ見える「北上のポテンシャル」と、変わる組織
- 「正解のない問い」を共に。未来の仲間に伝えたいこと
「安定志向」から一変。現場で知った公務員の“本当の面白さ”
ー まずは現在の所属と、具体的な業務内容について教えていただけますか。
蛭坂: はい。現在は地域づくり課という部署に所属しています。まちづくりの主役はあくまで住民の皆さんですが、私たちは地域のコミュニティ活動の活性化や支援をメインに行っています。
具体的には、自治会や行政区といった細かい区分けを統合・組織化している「地域づくり組織」という中間支援組織があり、連携協力しながら地域の運営をサポートしています。私個人としては、特に若者を中心とした施策に力を入れていて、学生や若者の地域体験事業などを担当させてもらっています。
ー 単刀直入にお聞きしますが、今のお仕事は面白いですか?
蛭坂: はい、今の仕事はすごく面白いです!現在の所属には去年の4月に異動してきてまだ1年経っていないのですが、自分の考えているイメージを仕事に反映させやすい環境だと感じています。何もない「ゼロ」の状態から「イチ」を作っていける感覚があって、それが自分にはとても合っていて楽しいですね。
ー 公務員を目指した当初から、そうした「挑戦」への想いは持っていたのでしょうか?
蛭坂: 実は、最初はそうでもなかったんです(笑)
きっかけを正直にお話しすると、両親が民間企業で働いていて、その大変そうな背中を見て育ったこともあり、小さい頃から「公務員になったらどうか」と言い聞かされてきました。
当時は一つの職場で信念を持って長く続けられる仕事こそが誇りだという、ある種の安定志向や、業種に囚われず社会に広く関わりたいというざっくりしたイメージで入庁を決めたんです。

閉塞感を打ち破る「研修リニューアル」。ゼロからイチを生む醍醐味
ー 入庁前の公務員のイメージと、実際に働いてからの実感にギャップはありましたか?
蛭坂: 入る前は、やっぱりどこか「閉塞感」があるイメージを持っていました。法令遵守や公平性のために、事務的でカチッとした、制度に縛られた世界だろうなという感覚ですね。
でも実際にやってみると、時代に合わせて仕事自体がどんどん変化していることに気づきました。街は時代に合わせて常に動いているので、昨日までの正解が今日通用するとは限らない。そこが面白いなと感じるようになったんです。
ー 何か「新しいことをした」という具体的なエピソードがあれば教えてください。
蛭坂: 一番手応えを感じたのは、職員向けの研修事業のリニューアルです。実は、ある研修事業が10年ほど前からあまり機能せず停滞していたんです。
今の課に配属された時、チームの課題として「これではいけない、職員の意識をまず変えなければ地域は変わらない」と感じ、私がきっかけとなって現代版に作り直す提案をしました。
ー 10年も止まっていたものを動かすのは、相当なエネルギーが必要だったのではないでしょうか?
蛭坂: そうですね。まさにゼロから始めるような感覚でした。
外部の講師としてお世話になっていた大学の先生や、他市のベテラン課長級の方に協力をお願いし、入庁1〜3年目の若手を対象とした指導研修の場を新たに立ち上げました。バックオフィスを担う部署との調整も大変でしたが、「市民の方と話す時に、まずは話を受け止め、話しやすい雰囲気を作る。それは立派な地域づくりのスキルだ」という文脈で説得し、なんとか実現にこぎつけました。
ー 実際にやってみて、周囲の反応はいかがでしたか。
蛭坂: 参加した若手職員たちの目が、キラキラしていたんです。「目から鱗だった」という声も聞けて、本当にやってよかったと思いました。
自分の学びにもなりましたし、何より「やりがい」と「自身の成長」を同時に達成できた瞬間で、大きな達成感を得ることができました。

勢いだけでは通用しない。「信頼」を損ねて学んだ事前準備の重み
ー これまでのキャリアの中で、逆に「難しい」と感じたり、壁にぶつかった経験はありますか?
蛭坂: 若い頃に経験した、説明会での挫折は忘れられません。行政職員なので市民の皆さんや団体向けに説明する機会が多いのですが、当時の私は「まあ大丈夫だろう、先輩もいるし」と準備不足のまま臨んでしまったんです。
元気よくプレゼンしたつもりでしたが、市民の方から「この数字の根拠は何だ?」と厳しい質問攻めに遭い、全く答えられませんでした。
ー それは冷や汗をかきますね…。
蛭坂: 本当に自分のレスポンス力のなさに絶望しました(笑)その時に痛感したのは、行政と住民の関わりにおいて「信頼関係」がいかに大切かということです。
一度失った信頼を取り戻すのは本当に難しいです。パッと聞かれた時に「私はちゃんと分かっていますよ」と即答できるだけの準備が、プロとして不可欠なんだと身に染みました。
ー その経験から、今はどのようなことを意識してコミュニケーションを取っていますか?
蛭坂: まずは「相手の話をしっかり受け止める」ことです。自分の伝えたいことや教えたいことを一旦脇に置いて、相手が何を困っているのかを徹底して聞くんです。そうすると自然と話しやすい雰囲気が生まれてきます。
その上で、事前準備と段取りだけは完璧にして臨む。過去の失敗があったからこそ、今の自分があると思っています。

市外出身だからこそ見える「北上のポテンシャル」と、変わる組織
ー 蛭坂さんは市外出身とのことですが、外から来たからこそ感じる北上市の魅力はありますか?
蛭坂: 北上は高校時代を過ごした思い出の地でもあります。野球部だったのですが、当時から市民の皆さんが本当に温かく応援してくださって、その恩返しをしたいという気持ちが強かったです。
外から見ていて感じるのは、北上は過去の成功例がしっかりある分、これまでのやり方に固執しがちな側面もあるということです。でも、人口構造が変わりゆく今、昔のままではいけない。そこに私が外からの視点で新しい風を吹き込み、若手がもっと活躍できる施策に変えていける余地がある。そこが最大のポテンシャルだと感じています。
ー 職場として「若手が意見を言いやすい」雰囲気はありますか?
蛭坂: すごく感じますね。今の中間管理職の方々が、まさに若手の頃から「どんどん発信していこう」という機運の中で育ってきた世代なんです。
だから私たちが提案したことも前向きに汲み取ってくれます。トップである市長や副市長からも「どんどんテーマを出して、課題をブラッシュアップしていこう」というお話をいただいています。
ー まさに今、新しく取り組もうとしていることはありますか?
蛭坂: はい。実は今、平成25年から続いていたまちづくり条例に基づいた計画を、現代版にアップデートしようと動いています。これも行政主導で作るのではなく、地域の皆さんと対話しながら作る機会を設けたいと思っています。
来年度から動き出せるよう、現在は予算調整を進めているところです。企業向け、学生向けと対象を分けてワークショップを行い、そこで出たリアルな意見を一本の大きな計画に取り入れていきたいと考えています。

「正解のない問い」を共に。未来の仲間に伝えたいこと
ー 改めて、蛭坂さんが考える公務員の醍醐味とは何でしょうか。
蛭坂: 「正解が一つではないこと」だと思います。制度上は正しくても、現場では別の配慮が必要になることが多々あります。だからこそ調整する力が求められますし、そのスキルを高めていけるのが面白いんです。
昔の成功例に囚われず、今の現場という「生き物」に対して、色んな視点で挑戦していけることが一番の魅力ですね。
ー 蛭坂さんは、今後どのような人と一緒に働きたいですか?
蛭坂: 北上で働くことにやりがいを感じ、地域のため、社会貢献のために汗をかける仲間ですね。もし北上市に興味を持ってくれたなら、行政が主催するイベントのボランティアなどに、少しだけでも関わってみてほしいです。
私も学生時代にグルメイベントの運営に関わりましたが、市役所の人が思っていたよりずっと気さくで、大変そうだけど和気あいあいと楽しそうに働いている姿を見て、イメージが180度変わりました。
ー 最後に、「安定」を求めて公務員を検討している学生さんへメッセージをお願いします。
蛭坂: 最初の動機が「安定志向」でも、私はいいと思っています。私自身もそうでしたから(笑)
でも、実際に地道な経験をコツコツ積み重ねていくと、安定や福利厚生以上に「自分が成長できる環境」や「やりがい」が、自分の人生を豊かにしてくれることに気づくはずです。北上市役所には、あなたの提案を受け止めてくれる土壌があります。
ぜひ、私たちと一緒にこの街の未来を作っていきましょう!

ー 本日はありがとうございました。
「安定志向で入庁した」と、包み隠さず笑って話してくれた蛭坂さん。その言葉の潔さに、嘘のない誠実な人柄がにじみ出ていました。かつての自分が抱いていた「公務員への閉塞感」を、自らの手で打ち破り、10年停滞していた事業を動かしたそのエネルギー。それは「安定」という枠に収まりきらない、プロフェッショナルとしての誇りそのものです。
「街は日々変わる」と語る蛭坂さんの視線は、常に目の前の市民、そして共に働く仲間の輝きに向けられていました。正解のない問いに立ち向かう彼の姿は、北上市役所という場所が、単なる「役所」ではなく、意志ある挑戦者が集う「クリエイティブな現場」であることを雄弁に物語っていました。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年2月取材)



