まずは相手を知ることから。20地区に1人ずつ、飯田市保健師が向き合う仕事

飯田市役所

2026/11/02

「まずは相手の生活や、その背景にあるものを知ることが一番大事なんです」

 

そう語るのは、飯田市役所こども未来健康部健康づくり推進室で保健師として働く井坪さんと座光寺さん。井坪さんは看護師を経て平成29年に入庁し、これまで4つの地区を担当してきました。座光寺さんは大学病院の救急看護師からUターンし、平成30年に入庁。こちらも3つの地区を経験しています。

 

今回は、20地区に保健師が1人ずつ配置される飯田市ならではの体制のもとで、お二人がどのように住民と向き合い、支え合いながら働いているのかをたっぷりと伺いました。

 

それぞれの道から飯田市の保健師へ

 

ー本日はお二人とも、入庁前のご経歴からお聞かせいただければと思います。

 

井坪:大学卒業後、大阪の急性期病院 循環器内科病棟で看護師として3年間勤務しました。そして結婚を機に夫の地元である飯田市に来ました。保健師としては市役所が初めての経験になります。

 

病院で看護師をしていた時に入退院を繰り返す人を大勢見てきました。患者さんは、「若い時にもっと健康に気を遣っていれば良かった。」「自分の身体を大切にすれば良かった。」とおっしゃる方が多かった印象があります。保健師になった理由は、看護師だと病院に来院された方としか接することができず、その時点ではすでに病気が進行している状態で、病気になる前に関わるには保健師が最も自分のやりたいことに合っていると思いました。

 

座光寺:私は山梨県の看護大学を卒業した後、神奈川県相模原市にある大学病院で、救急科の看護師として4年間勤務しました。その後、夜勤のない働き方を考えて飯田市の公務員試験を受けUターンし入庁いたしました。

 

20地区に1~2人ずつ。それでも独りにしない、飯田市の支え合いの仕組み

 

ー飯田市の保健師の働き方には、大きな特徴があると伺いました。

 

井坪:飯田市には市内に20の地区があり、それぞれに自治振興センターという拠点窓口があります。そこに保健師が1人、人口が多い地区では2人配置されて、地区を担当する形になっています。

 

座光寺:私は今3地区目、井坪さんは4地区目を担当していて、2、3年に1度のペースで地区を異動しています。担当制なので、日々の業務は基本的に1人で進めることになります。

 

ー1人で地区を担当するのは、心細さもあるのではないかと思うのですが。

 

井坪:私自身、1年目は隣に保健師の先輩がいない地区に配属されました。ただ、地区は違ってもいくつかの地区がひとつのブロックとしてまとまって活動をするので、乳幼児健診の会場などで近隣の保健師同士が助け合う仕組みがあります。1つ1つの不安なことは先輩やプリセプターの方に相談して、不安なままにしないように意識しながら過ごした1年目でした。

 

座光寺:私は同じブロックの先輩がデスクを並べているような環境で、恵まれていたと思います。月に4、5回は乳幼児健診やブロック単位の会議で顔を合わせる機会がありますし、係全体の会議では毎月1回、2時間の研修時間もきちんと確保されています。

 

ー困ったときに相談できる場が、複数用意されているのですね。

 

井坪:健診が終わったあとには、保健師、管理栄養士、歯科衛生士、心理の専門相談員などがその場でカンファレンスを行い、健診後どのようなフォローが必要か地区担当保健師がその後どのようにフォローしていけば良いのか、カンファレンスで話し合った内容を持ち帰る流れがあります。年に2回程度、講師を招いて事例を共有する研修が行われることもありました。

 

座光寺:ブロックには年次や経験が上の職員がブロック師長として配置されていて、毎月1回のブロック会で困った事例を共有する場もあります。担当制ではありますが、問題を1人で抱え込まずにみんなで考えようという文化が根付いていると感じます。

「感謝される仕事」から「向き合う仕事」へ。保健師という仕事の手応え

 

ー看護師時代と保健師になってからとで、仕事の手応えに違いはありましたか。

 

座光寺:看護師として救急科にいたときは、助けていただいてありがとうございますと、感謝の言葉をかけていただくことが多い仕事でした。保健師になってからは真逆で、生活習慣の改善を伝えたり、まだ発症していない病気の可能性を指摘したりする場面が多く、時には嫌がられる言葉を伝えなければならないこともあります。

 

ーそれは大きな違いですね。

 

座光寺:はい。ただ、そこで嫌がられるだけ、というのも伝え方に問題があります。一方的な指導や伝え方ではなく、きちんと関係性を築いた上で話をすれば、分かってくれる。まずはその人を受け入れて、どんなやり方が良いかを一緒に考えていくことが大切だと思うようになりました。

 

井坪:私も新人の頃、保健指導の場でこれは良いことだからと調べたことを一方的に伝えてしまい、住民の方と距離を感じたことがありました。そこから、まずは相手の生活やその背景にあるもの、相手を知る、住民を知るというところから意識するようになりました。

 

ーその意識の変化は、具体的にどのような関わり方につながったのでしょうか。

 

井坪:一度にすべてを伝えようとせず、また会いに来ますねという気持ちで何度も対話を重ねるようにしています。去年より変化があったところはきちんと伝えて、できていることを認めながら、次はどうしていくかを一緒に少しずつ確認していく。そうすると、名前を覚えてもらえたり、話も聞いてもらえたりするようになったと感じます。

 

座光寺:看護師時代は、病棟のカンファレンスで客観的な情報と自分のアセスメントを突き合わせる機会が日常的にありました。保健師は1人になる時間が長い分、その視点を意識的に持ち続けることが大事だと、経験を積むほどに感じています。

 

1人だからこその裁量と、無理なく続けられる働き方

 

ーワークライフバランスの面ではいかがですか。

 

井坪:小学生と幼稚園の子どもが2人います。保健師は自分でスケジュールを調整することができるので、行事や保護者会に合わせて休みを取ることができますし、周りには時短勤務の同僚もいて、それぞれが自分に合った働き方をしています。

 

座光寺:私たちの職場では、お互いの事情をある程度共有しているので、「(短時間勤務の同僚に)もう時間だけど大丈夫ですか」といった声かけが自然にあります。

私自身、今年度に第2子が生まれる予定で、地区担当制のなかで調整をすれば1か月ほどの育児休業を取得できる見込みです。ブロック単位でフォローし合う体制もあるので、働きやすい環境だと感じています。

 

ー最後に、飯田市の保健師を目指す方へメッセージをお願いします。

 

座光寺:この地域には飯田市より小さな町村が多く、どちらかというと注目される立場にあると感じています。だからこそ自己研鑽が必要な環境ですが、その分、月1回2時間の研修時間をしっかり確保している職場でもあります。1人で1地区を任される責任感がある分、勉強しようという気持ちも自然と続いていく環境です。

 

井坪:飯田市は住民の方も職場も、外から来た人を受け入れてくれる雰囲気があります。今までいろいろな経験をしてきた方にこそ来てほしいと思います。今までの経歴が無駄になることは絶対にないので、ぜひ多くの方に来ていただきたいです。

ー本日はありがとうございました。

 

20地区に1人という体制は、心細さと隣り合わせのようでいて、毎月何度も顔を合わせる場やブロックの協力でお互いを支え合っている。強固な体制と仕事ぶりが感じられる取材でした。

 

取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年7月取材)

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飯田市は2017(平成29)年から12年間の総合計画「いいだ未来デザイン2028」を策定しました。「合言葉はムトス 誰もが主役 飯田未来舞台」をキャッチフレーズに12年後のビジョンに向けて、市民、地域、事業者、団体、NPOそして行政が各々の立場でまちづくりにチャレンジします。 飯田の大火からの復興への願いと、新しい街への夢を託してつくられた「りんご並木」をまちづくりの原点として、過去から現在、現在から未来へと受け継いでいくとともに、リニア中央新幹線の実現によるグローバル化を活かし、ゼロカーボンも見据えた世界に通ずる地方都市の先進モデルを目指していきます。

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