「次は自分が、町のために」。東京からUターンした職員が語る、恩返しの仕事と暮らし
中標津町役場
北海道の東部に位置する中標津町(なかしべつちょう)。この町で生まれ育ち、高校・大学とスピードスケートの道を歩んだのち、東京からUターンして町役場に入庁した職員がいます。
町民生活部生活課交通町民相談係の佐々木さんは、入庁9年目。「スケートを続けてこられたのは、町のおかげ」——その感謝の気持ちが、地元で働くという選択につながりました。
仕事のやりがいや9年間の歩みだけでなく、3歳のお子さんとの毎日や、スケート少年団の指導者としての活動まで。中標津町での「働く」と「暮らす」の両方を、たっぷり伺いました。
プロフィール
佐々木さん(中標津町 町民生活部 生活課 交通町民相談係)。中標津町出身。中学校まで中標津町で過ごし、スピードスケート競技を軸に帯広の高校、東京の大学へ進学。平成30年度に中標津町役場へ入庁し、教育委員会、総務課の職員係を経て、2026年度から現在の部署に。入庁9年目。3歳のお子さんの父親であり、地元スケート少年団の指導者としても活動している。
スケート一筋の学生時代。「町に恩返しがしたい」と地元へ
▼ 佐々木さんは、もともと中標津町のご出身なんですよね?
「そうですね。中学校までは中標津で過ごして、高校は帯広、大学は東京です。実家はずっと中標津なので、帰省するときは中標津に帰ってくるという生活でした」
帯広の高校も東京の大学も、進学の理由はスピードスケート。小学校1年生から始めた競技一筋で、大学までスケートで進んできました。
▼ 多くの就職の選択肢のなかで、なぜ公務員、そして中標津町役場だったのでしょうか?
「本当に就活ギリギリまでスケートばかりやっていたため、企業を探す時間が取れていませんでした。そんな中で、以前に親から勧められた公務員の選択肢を考えるようになりました」
▼ 役場を選んだ決め手は何だったのでしょう?
「ずっとスピードスケートをやってきて、競技環境や遠征費の補助だったり、何かと町にお世話になりながら競技を続けてこられたという思いがあったんです。その恩返しの気持ちというか、次は自分が中標津のために何かできないかなと。子どもたちや町のために、どんな形でもいいから地元に返せることはないかなと思ったのが、ここを選んだいちばんの理由です」
コロナ禍の成人式、多忙を極めた職員係。9年間で得たもの
▼ これまでのご経歴を教えてください。
「最初の配属は教育委員会の社会教育係で、4年間いました。スポーツ団体への遠征費補助や文化・スポーツ等の公共施設の管理、それから成人式の運営ですね。その次が職員係で4年間。給与や福利厚生、職員採用まわりを全般的に担当して、今年から今の交通町民相談係に配属されました」
▼ 9年間で、いちばん達成感があった経験は何ですか?
「成人式ですね。担当になったタイミングでちょうどコロナ禍になってしまって。結果的に1年間開催できず、次の年に1週間空けて2回開催することになったんです」
そもそも開催するのか、しないのか。開催するなら感染対策をどう乗り切るのか。判断も準備も、すべてが手探りでした。
「コロナ禍が理由で、式の内容や時間も多くの制限がある状況でした。でも皆さんのためにやらなきゃいけない。安全に配慮しながら、他の職員と一緒に細かいことまで考え抜いた上で実施しました」
「当日、会場で新成人の子たちが久しぶりに友達と会って、『久しぶり!』ってすごくキャッキャしながら自撮りをしたり、なかには涙ぐんでいる子もいて。その姿を見て、これはやって良かったなと。忘れられません」
▼ 逆に、大変だった時期はありますか?
「職員係の時代ですね。当時は業務量も多くて、残業もしていました。帰りが遅い日もあり、家族には迷惑をかけていたなと思います」と振り返ります。
「でも終わってみると、あの大変な経験は今に生きています。体力のある20代後半に、濃い仕事をさせてもらえた。長いキャリアから見ればラッキーだったと、プラスに捉えています」
交通と町民相談の最前線。地域の団体をつなぐ今の仕事

▼ 現在の交通町民相談係は、どんなお仕事なのでしょうか?
「大きく分けると2つで、交通安全運動の啓発指導や、街路灯・防犯灯・交通安全灯の維持管理、生活路線バスの管理等に関係する交通の分野と、行政相談、法律相談、その他町民生活の相談に関する業務があります。
交通整備が必要なイベントがあるときは、交通安全指導員に整理の協力を依頼し、当日の配置を決めて運営する。その他、年に4期ある”交通安全運動期間”では交通安全協会をはじめとする各団体と連携して、町・地域における交通安全運動の推進をしています。
春先には警察や交通安全指導員と連携した幼稚園・小学生向けの交通安全教室も。
さらに街路灯や町内会館の管理も担当しており、「街路灯の電気が切れている」と連絡があればすぐ現場へ。1日1回は外に出ている、フットワークの軽い仕事です。

6時起床、17時15分退庁。子育てとスケート指導が回る1日
▼ ここからは1日の過ごし方を伺います。朝は何時に起きるんですか?
「朝は6時です。妻が先に出勤するので、子どもの保育園の準備と身支度をして。子どもとテレビをゆっくり見ながら朝ごはんを食べて、8時に家を出ます。保育園に送って、その流れで出勤という感じです」
自宅から職場までは約2キロほどで、保育園を経由しても、トータル15分あれば職場に着くといいます。
「そんなに大きい町じゃないので、何でも近くにあるんです。あっちに行ったりこっちに行ったとしても時間がかかるということがない」
▼ 終業は17時15分。残業はありますか?
「時期とイベントの有無にはよりますが、基本残業はないです。仕事が終わったらそのまま保育園にお迎えに行って、買い出しがあれば買い物をして家に帰ります」
そして夜は、もうひとつの顔に。佐々木さんは地元のスケート少年団で、子どもたちの指導にあたっています。
「子どもを家に送り届けたら妻にいったん任せて、私は指導に向かいます。19時ごろまで指導して、帰ってきたらご飯を食べて、子どもの寝る準備をして。シーズンになると平日はほぼ毎日練習で、冬は土日に大会という生活です」

▼ スケートが、今もずっと生活の真ん中にあるんですね。
「そうですね。何かしらスケートに携わり続けています。これも地元に帰ってきて還元できることのひとつだと考えていたので、今は自分のやりたいことができているなと思います」
町には1周400メートルの本格的なスケートリンクがあり、指導環境も充実。競技者として町に育ててもらった佐々木さんが、今度は指導者として次の世代を育てています。
「車で10分あればどこへでも」。住んでみて分かる中標津の暮らしやすさ
▼ 最後に、佐々木さんが思う中標津町の良さを教えてください。
「一言で言うと、住みやすいんです。車は必要ですが、10分走ればどこへでも行けて、何でも一通りそろっている。スーパーもコンビニもたくさんあるし、ドラッグストアやスーパー、家具量販店、チェーンの飲食店まで。大通り沿いにいろんな施設が建っていて、そこだけ見ると『都会なんじゃないか』というくらいです。生活していて不便になることがありません」
さらに驚くのは、空港との距離。中標津空港までは車でわずか10分ほどです。

「東京にいたころは、空港に行くのに電車を乗り継いで1時間くらいかかっていました。ここは飛行機を降りて15分後には、もう家でくつろいでいます。旅行にも行きやすいし、これは本当にありがたいです」
子育て環境としても魅力は十分。「ゆめの森公園という、入場無料でテーマパークみたいに広くて何でもある公園があるんです。自然豊かで、子どもと一緒にのびのび遊べる。行くところに困らないありがたみを、今すごく感じています」

▼ あらためて振り返って、中標津町役場で働くという選択をして良かったと思いますか?
「はい。良かったなと思っています」
スケートに打ち込んだ日々を支えてくれた町へ、仕事でも、地域活動でも恩返しを続ける佐々木さん。都会での学生生活を経たからこそ実感できる中標津の暮らしやすさは、Uターン・Iターンを考える人にとって、何よりリアルな答えかもしれません。
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この記事は、2026年8月6日にパブリックコネクト編集部が取材した内容をもとに作成しています。
記載の内容・所属・数値は取材当時のものです。
この記事の官公庁・自治体
牧場や北海道らしい広大な景観が暮らしのすぐそばにある一方で、町の中心部から車で約10分の空港から、札幌と東京へつながるアクセスも確保できる――そんな自然と利便のバランスが魅力の町です。 夏も比較的冷涼で過ごしやすく、買い物や外食も町内で完結できる、日常の用事が済ませやすい生活環境も特長です。 業務の平準化や相互フォローを通じて、家庭の都合にも対応しやすい、ライフワークバランスを整えながら安心して長く働ける職場づくりを進めています。 自然の近さと、働きやすさ・暮らしやすさが揃うまちの一員として、さらに「住みたいまち、住み続けたいまち」をつくりあげる仲間になっていただける方を求めています。
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