果物が繋いだ縁。さまざまな経験を経て歩む中堅職員の足跡
紫波町役場
「年齢や前職、ブランクがあるからと、公務員への挑戦を諦めてほしくはありません」ーそう朗らかな笑顔で語るのは、紫波町役場に入庁して中堅職員として活躍している大坊さんです。民間企業での勤務、主婦、そして他自治体の臨時職員を経て紫波町役場に飛び込んだ大坊さんのキャリアは、決して平坦な一本道ではありませんでした。
しかし、その多様な経験こそが、現在の丁寧なコミュニケーションや、いつでも周囲に安心感を与える「フラットな姿勢」の源泉になっています。今回は、これまでの歩みと、紫波町で働く本当の魅力について、お話を伺いました。
- きっかけは果物?民間から臨時職員を経て、紫波町役場へ
- 町全体を見渡す財政課での5年間と、目指すべき「上司」との出会い
- 前例を知ったからこそ、見えてきたこと。2年目に取り組んだ業務の見直し
- 食育と地産地消の未来を描く。農政課で
- ブランクや経歴は関係ない。「やりたい」という想いがすべてのスタートライン
きっかけは果物?民間から臨時職員を経て、紫波町役場へ
ー大坊さんは新卒で役場に入られたわけではないとお聞きしました。まずはこれまでのキャリアについて教えていただけますか?
大坊:私は大学を卒業したあと、最初は民間企業に就職をいたしました。ドラッグストアの運営会社で販売に携わっており、毎日店舗で、多くのお客様の対応をしていました。そこでの接客や接遇の経験が、実は私の社会人としての基礎になっています。
その後、結婚・出産を機にその民間企業を退職し、しばらくは子育てをしながら主婦として過ごしていました。子育てが少し落ち着き、再び仕事をしたいと思ってハローワークに相談したところ、勧められたのが、市役所での臨時職員(現在の会計年度任用職員)としてのお仕事でした。
当時は家庭との両立もあり、ある程度勤務時間が決まっている行政の臨時職員のお仕事が良いのではないかとアドバイスをいただいたのが、私が初めて行政の世界に触れることになった一番のきっかけです。
ーそこからなぜ、正規の職員として紫波町役場を受験しようと思われたのですか。
大坊:臨時職員として市役所で働いていくうちに、自分の中で少しずつ心境の変化が生まれました。臨時職員という立場ですと、どうしても自分が関われる業務の範囲に限りがあり、「もう少し自分にできることはないかな」と思うようになりました。
そんなときに、主人の転職が決まり、この紫波町エリアへ引っ越してくることになりました。
そこで新しい職場を探していたのですが、実は私はもともと、紫波町のりんごやぶどうといった果物が本当に大好きだったんです(笑)
主人の実家が近隣にある関係で、以前から実家に帰省するたびに、美味しい果物を買いたい一心で紫波町の産直へ何度も足を運んでいました。そんな大好きな紫波町で、たまたま職員の募集がかけられているのを見つけたんです。
そんな紫波町で募集があるなら、「受けてみようかな」という思いで応募し、無事紫波町役場に入庁することができました。

町全体を見渡す財政課での5年間と、目指すべき「上司」との出会い
ー実際に入庁されてからは、どのような部署を経験されてきたのでしょうか?
大坊:入庁して最初に配属されたのはこども課でした。そこである程度、制度に則った、ある意味カチッとした業務を経験したあと、次に異動になったのが財政課でした。
財政課には5年間所属していたのですが、ここでの経験が私を一番大きく成長させてくれたなと感じています。こども課のような事業課にいたときは、どうしても自分の課の事業や、目の前の仕事のことしか見えていませんでした。
しかし、財政課へ行くと自分の課の独自の事業というのはほとんどない代わりに、町全体の予算やお金の動きを管理することになります。各課から上がってくる様々な予算の要望や話を聞くことで、「今、町全体で何が起こっているのか」「紫波町として今、どういう施策を重視して動こうとしているのか」という大きな視点で物事を考えられるようになりました。
ここで学んだ予算の考え方や知識は、その後どこの部署に行っても共通して使うことができる大切な能力ですので、本当に貴重な5年間だったなと振り返っています。
ー財政課というと、予算時期はとても忙しいイメージがありますね。特に大変だった業務などはありますか?
大坊:財政課に異動して最初の年に担当した「決算統計」の業務が、今でも強烈に記憶に残っています(笑)
決算統計は、町の1年間の決算を全国共通のルールに沿って整理し、町の財政状況を明らかにするためのものです。町のすべての事業について、どのような目的で、どれくらいのお金を使ったのかを一つひとつ確認しながら分類していくので、とにかく扱う数字も量も多いんです。
それを係のメンバー全員で一ヶ月ほどかけて作り上げていきます。私は異動したばかりで、言葉の意味も数字の見方も分からないことばかりだったのもあり、本当に終わりが見えず、頭がパンクしてしまいそうだったのを覚えています…
しかし、そんな大変な状況をなんとか乗り切ることができたのは、当時教えてくださった上司の存在があったからです。その上司は、どんなに業務が忙しくても、いつでも態度がフラットで、イライラしているところを見たことがないくらい、いつも穏やかな方でした。
分からないことを聞きに行っても、いつも穏やかに教えてくださったので、私も萎縮することなく、安心してついていくことができました。
ー「聞きやすい」というのは一番の安心かもしれないですね。その方との出会いが、現在の大坊さん自身のスタイルにも影響を与えているのでしょうか?
大坊:はい、間違いなく大きな影響を受けています。その後、財政課で年数を重ねて自分に後輩ができたときや、他の部署に異動して中堅としての立場になってからは、あの時の上司のように「どんなに忙しくても、イライラした態度を周りに出さないようにしよう」と強く意識するようになりました。
忙しさのあまりイライラした空気を出してしまうと、周りの職員の方々が「話しかけたらまずいな、聞きにくいな」と感じてしまいますよね。なので、できるだけ話しかけやすい雰囲気でいたいと思っています。
そのため、もしどうしても本当に手が離せなくてその場で応えられないときは、「ごめんね、少し待ってね」と声をかけ、落ち着いたあとに自分から「さっきの件だけど、何だった?」と声をかけるように心がけています。
いつでも誰でも気軽に話しかけられるような「フラットな存在」でいられたらと思っています。

前例を知ったからこそ、見えてきたこと。2年目に取り組んだ業務の見直し
ーこれまでの業務の中で、ご自身が提案して改善に繋がったようなエピソードはありますか?
大坊:こども課に所属していたときのことなのですが、児童手当業務を担当しており、その中に年に3回対象となる町民の方へ通知を発送する事務がありました。その通知は1回あたり約2,000通と数が多く、毎回係の職員にも手伝ってもらいながら封入作業をしていました。
私がその業務を初めて担当した1年目は、とにかく前例の通りに業務の流れを必死に追いかけるだけで精一杯でした。しかし、2年目に入って少し業務に余裕ができたときに、改めて根拠となる制度や法令の通知をじっくりと読み進めてみたのです。すると、よくよく精査してみれば、年に1回の通知にまとめることもできるのではないかということに気づきました。
ー大きな気づきですが、従来のやり方を変えるのは難しかったのではないでしょうか?
大坊:幸いなことに、当時の上司がしっかりと話を聞いて相談に乗ってくれる方でしたので、「こういう記載を見つけたのですが、通知を1回にまとめられませんか」と提案しました。
上司も提案を受け止めてくださり、関連する例規などを確認してくれました。その結果、翌年から通知を年に1回に集約することになりました。これによって、毎年発生していた事務作業を減らすことができました。
自分自身の業務が楽になったのはもちろんですが、毎回郵送作業を手伝ってくれていた周りの職員の負担を減らすことができ、自分の中でも達成感があったのを覚えています。
これまで続いてきた業務についても、「これまでこうしてきたから」という理由でそのまま続けるのではなく、改めて根拠や目的を確認してみることも大切だと感じました。従来のやり方を否定するのではなく、業務を理解した上で、「もっと効率的にできる方法はないか」と考えてみる。そうした視点を持つことが、業務改善につながるのだと思った経験でした。

食育と地産地消の未来を描く。農政課で地域の方々と向き合う日々
ー公務員=前例踏襲のイメージとは異なるということですね。現在はどういった業務に携わっているのでしょうか?
大坊:昨年の4月から現在の産業部農政課に異動となり、その年の10月からは農政企画係長となりました。
農政企画係全体の業務としては、これからの農業を引っ張っていく担い手の方々への支援や、循環型社会の推進として堆肥を作る「えこ3センター」という施設の管理運営など、非常に多岐にわたる業務を抱えています。
その中で、私自身がメインとして持っているのが「食育」と「地産地消」の推進に関する業務です。そして、今まさに最大のミッションとして取り組んでいるのが、「第三次紫波町食育・地産地消推進計画」の策定作業です。食育も地産地消もさまざまな分野に関わるため、やるべき作業も多いんです(笑)

ー立場も変わり、業務としてもとても多忙かと思いますが、大坊さんとしては、どのようなときに「役場職員」として働くやりがいを感じますか?
大坊:こども課では制度に基づいた業務、財政課では役所内部での事務作業が中心でした。しかし、この農政課に来てからは、これまで以上に地域の方々と直接関わりながら仕事を進める機会が増えました。
現在は、例えば、地域の食文化を次の世代につないでいくため、郷土料理などを伝えている方々と、今後どのように活動をつないでいけばよいか、一緒に考えることもあります。
地域の方々と膝を突き合わせてお話ししていく中で、目に見える形で「いま自分は地域の役に立っているのかもしれないな」と感じられることがあります。窓口や現場でお会いした方々が、パッと明るい笑顔を見せてくださったり、安心したようなほっとした声をかけてくださったりした瞬間は、自分の中で大きなやりがいを感じますね。

ブランクや経歴は関係ない。「やりたい」という想いがすべてのスタートライン
ー大坊さんが思う「紫波町役場で活躍できる人」とは、どのような方ですか?
大坊:紫波町は、公務員の一般的なイメージである「前例踏襲で安定したお堅い職場」というイメージとは少し違って、新しい取組にも積極的な自治体だと思います。
もちろん、法令に基づいて着実に進める業務も多いですが、一方で新しいことにチャレンジするような仕事も存在しています。そのため、目の前で起こる日々の「変化」を恐れることなく、むしろその変化をワクワクしながら楽しめるような方にも、紫波町役場は面白い職場だと思います。
決められたことを一つひとつ丁寧に進めることが得意な方も、新しいことに挑戦するのが好きな方も、それぞれの個性を活かして活躍できる仕事があると思います。
ーそれでは最後に、これから紫波町役場を目指す方々に、メッセージをお願いします!
大坊:行政のお仕事に少しでも携わってみたい、この町のために何かしてみたいという熱い想いが少しでもあるのなら、これまでの経歴や年齢、あるいは職歴のブランクなどを一切気にする必要はありませんので、ぜひ恐れずに一歩を踏み出してみてほしいなと思っています。
私自身、民間企業を経験したあとに結婚・出産を機に退職し、主婦としての期間を挟んでいます。それでも、紫波町役場を受験し、採用され、こうして責任ある立場を任せていただけるまで、充実した日々を重ねてきました。
どんな経歴をお持ちの方であっても、皆さんがこれまでの人生で培ってきた経験は、行政のどこかの現場で活かせる場面があると思います。「挑戦してみたい」という想いがあればぜひ一歩踏み出してみてほしいです。皆さんと紫波町役場で一緒に働ける日を楽しみにしています。

ー本日はありがとうございました。
どんなに忙しくても、いつも穏やかに接してくれた上司のような存在になりたい」そう語る大坊さんの眼差しが、とても心に染みるインタビューでした。
前例踏襲の事務を丁寧にひもとき、業務負担を減らした時のエピソードや、現在の農政課で町民の方々から直接いただく「ありがとう」の笑顔を大切に語る姿から、大坊さんが歩んできたすべての道のりが、今の優しさに繋がっているのだと感じました。
大切な人の人生を基盤から支える行政というお仕事の、温かさと重みに出会える、とてもあたたかい取材でした。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年5月取材)
撮影:紫波町企画課広報担当
この記事の官公庁・自治体
紫波町は岩手県のほぼ中央、盛岡市と花巻市の中間に位置する町です。交通の便に恵まれ、農村空間と都市的なコンテンツとの調和がとれた環境の中で、循環・協働・多様性の視点を大切にした「暮らし心地の良いまち」づくりを目指しています。
紫波町役場をフォローして、「新着求人の通知」を受け取りましょう!
この記事が気に入ったらお気に入り登録しましょう!
