一度きりの現場に、責任と誇りを持って。調整から発掘、報告書まで、野々市市・文化財係の仕事
野々市市役所
「1回調査したら、もう2回目はない。昨日と今日で形が変わっていく現場を見られるのは、調査に当たっている人間だけなんです」
そう語るのは、野々市市教育委員会 生涯学習課 文化財係で働く入庁11年目の腰地さん。
大学・大学院で考古学を学び、長野県での文化財の仕事を経て野々市市に入庁。以来、市内の発掘調査や国史跡の調査に主担当として携わってきました。
今回は、文化財の仕事に関心のある方に向けて、開発前の調整から発掘の現場、報告書づくりや普及まで、文化財係の仕事の中身をたっぷりと伺いました。
- 学生時代の実習先が職場に。入庁当初から国史跡の主担当へ
- 遺跡の保護と開発。発掘の前にある「調整」の仕事
- 天気予報とにらめっこ。地元の人とワンチームで掘る発掘の現場
- 掘った後も仕事は続く。報告書づくりと、まちに伝える仕事
- 顔が見える職場で知恵を出し合い、仕事を次へつないでいく
学生時代の実習先が職場に。入庁当初から国史跡の主担当へ
ー野々市市を選んだ決め手は何だったのでしょうか。
腰地:野々市を初めて訪れたのは、大学2年生のときの発掘調査の実習でした。その後、文化財の仕事に就きたいと考えていたところ、お世話になっていた大学の先生から「野々市で募集が出ているから受けてみないか」と声をかけていただきました。
調べてみると、小さな自治体でありながら発掘調査の件数が多く、現場で作業する機会がたくさんある。さらに、国の史跡に指定されている御経塚遺跡と、古代のお寺の跡である末松廃寺跡の2つがあり、どちらも学生時代に勉強していたテーマと重なっており、学んできたことが生かせる環境ではないかと思い、受験を決めました。
実際、入庁してからはほぼ毎年、規模の大きな現場や国史跡の調査を担当しています。どちらもどの自治体でもできる経験ではないと思います。
遺跡の保護と開発。発掘の前にある「調整」の仕事
ー仕事の全体像を教えてください。
腰地:大きく分けると、調査の前の調整、遺跡の発掘調査、そして調査成果の普及です。予算管理などの事務仕事もたくさんあります。年によって発掘調査があったりなかったりと状況が変わるので、その年ごとに仕事の比重も変わります。
ー「調整」とはどのような仕事でしょうか。
腰地:たとえば市内で家を建てたい方がいると、不動産屋さんや住宅メーカーの方から、その土地に遺跡があるかどうかの確認が来ます。遺跡がある場合は、家も建てられて、遺跡もきちんと保護できる工法になるよう協議します。
市が道路や公園を整備するときも同じで、「ここは遺跡の中なので、こういう工事にしてください」「この工事だと遺跡が壊れてしまうので、このタイミングで発掘調査をしましょう」と、庁内で話し合ったり図面を確認したりしています。工事は突発的に入ってくるので、急に対応が必要になることもあり、読めない部分は大きいですね。
天気予報とにらめっこ。地元の人とワンチームで掘る発掘の現場
ー発掘調査が続く時期は、どのように過ごしているのでしょうか。
腰地:入庁してからほぼ毎年、4月から12月ごろまでほとんど外にいました。現場がある時期は、朝9時から夕方5時までずっと外で調査です。石川県は冬になると天気が悪い日が多く、外の作業が難しくなるので、その前に終わらせたい。天候は作業の進捗に大きな影響をもたらすため、天気予報とにらめっこしながらスケジュールを組んでいました。
現在は大規模な区画整理事業が一段落して調査件数が落ち着き、私もここ2年ほどはこれまで調査した成果を総括する仕事が多くなりました。
ー現場では、どんな役割を担っているのでしょうか。
腰地:現場は1人でやるものではなく、地元の10数名の方々と一緒に、ワンチームで掘っていきます。私が段取りを考え掘り方を指示し、記録を取っていく。自分の親くらいの世代の方と一緒に働くことも多いんですよ。
炎天下や冬の寒い時期、雨の中で作業することもあります。大変な作業でも一緒に頑張ろうと言ってくださる方々に感謝しながら、「無事終わったね」と言えるところまで持っていく。現場が好きな私にとって、それが一番のやりがいです。

ー現場を進めるうえでの判断も、担当者に委ねられているのですね。
腰地:はい。遺跡は1回調査したら、もう2回目の調査はできません。調査が進むと、昨日と今日で形が変わっていく。その一瞬一瞬を見られるのは、調査に当たっている人間だけです。その日その日の現場をどう進めるか、次にどうしていくかを専門の職員が判断する。
その判断が正解だったのか、間違っていた部分もあるかもしれない。苦しさもありますが、自分にしかできないという、ある種の誇りを持ってやっています。
ー工事に合わせた調査だけでなく、市が主体となって進める調査もあると伺いました。
腰地:国史跡の末松廃寺跡は、50年ほど前に史跡公園として整備されたのですが、今後更にここが歴史的な場所だったと感じてもらえる場にリニューアルする事業を市として進めています。現在はそのための発掘調査を行っています。
工事に合わせた調査とは難しさもやり方も違いますが、求められるスキルが高い分、自分のノウハウをフルに発揮して、技量を磨ける場だと思います。

掘った後も仕事は続く。報告書づくりと、まちに伝える仕事
ー発掘を終えた後は、どのような仕事があるのでしょうか。
腰地:調査の成果は、発掘調査報告書という刊行物にまとめます。行政としてどう調査に向き合い、どんな成果があったのかを学術的にまとめて世に出し、共有する。そこまでが1つのゴールです。
市のふるさと歴史館に作業部屋があって、原稿を書いたり図面を作ったりしています。専門的な内容ですが、誤りなく伝わる言葉選び、図や写真の配置、読みやすいデザインまで考えて、少しでも多くの方に「地域の歴史が分かった」と言ってもらえる本にしたいと思っています。
ー講座やイベントなど、普及の仕事にも力を入れているそうですね。
腰地:講座や講演会、体験イベントを企画して、お子さんからご年配の方まで文化財を知ってもらうきっかけを作っています。遺跡は普段は地中にあって、開発の場面では「工事が止まるんじゃないか」とネガティブに受け止められることも多い。まずは存在を知ってもらい、文化財が大事なものだという理解を広めていかないと、過去の歴史が失われてしまいます。
それに野々市は、大学進学や仕事で引っ越してくる方が多いまち。市外から来た方、特にお子さんが、「野々市にはこんな歴史があるんだよ」と言えるようになることが、野々市への愛着につながると思います。

顔が見える職場で知恵を出し合い、仕事を次へつないでいく
ー文化財係や市役所は、どんな雰囲気の職場ですか。
腰地:市役所全体で職員数は350名ほどです。何千人という規模の自治体だと、入庁から退職まで一度も話さない人もいると思いますが、野々市ではどの部署に誰がいて、何を担当しているかが見えやすい。困ったときに「この部署のあの人に相談してみよう」と、横につながりやすいんです。
まちもコンパクトなので、地域の方や関わる方の顔も見えやすい。仕事の進め方で壁にぶつかったときに、知恵をくれる人が周りにいるのは恵まれた環境だと思います。
ー専門性の高い仕事ですが、教え合う環境はどうでしょうか。
腰地:庁内には専門知識や経験を持った上司、先輩、後輩がいます。特に現場の技術は、口頭の説明だけで身につくものではありません。刻々と変化する現場の状況を見て、その都度どう対処するかを判断し続ける経験が必要です。 私たちの職場は、『次はどう調査を進める?』と一緒に頭を悩ませ、 最善の策を考えていく。そんな協力的な空気感があります。
ー仕事を次の人へつないでいく工夫もしているそうですね。
腰地:私自身もいずれ別の部署に異動することを前提に考えなければいけないので、できるだけ仕事を属人化させないことを意識しています。私は分かる、私はできるけれど、後輩や次に入ってくる職員は分からない、できない、ではいけない。記録を残したり、やり方の手引きを作ったりして組織として共有し、後から入った人が「過去はこうやっていたんだな、じゃあやってみよう」とつなげられるようにしたいんです。
ー最後に、野々市市の文化財の仕事を目指す方へメッセージをお願いします。
腰地:もちろん石川県や野々市出身の方であれば地元であることの強みもあるとは思いますが、私のように地元出身ではない職員もいますし、いろいろなルーツや経験を持った人が集まると、化学反応のように新しいやり方や発見が生まれます。文化財の仕事は、好きで応募してくる人が多いからこそ、野々市にある歴史とご自身の興味が重なるかどうかを、ぜひしっかり考えてみてください。
ー本日はありがとうございました。
開発との調整、地元の方々と掘る現場、報告書の誌面づくり、そして子どもたちへの発信。腰地さんのお話から見えてきたのは、地中に眠る歴史を、まちの人の手元へ届けるまでの一続きの仕事でした。
その日の現場の判断を自分で下す重さを語りながらも、「無事終わったね」と言い合う場面を話す言葉には、現場への愛着がにじんでいました。
取材・文:パブリックコネクト編集部(2026年10月取材)
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