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【保健師】一度で終わらない関わりを。暮らしのそばで寄り添い続ける行政保健師のしごと
【保健師】一度で終わらない関わりを。暮らしのそばで寄り添い続ける行政保健師のしごと
まちぐるみの減塩運動、住民グループの筋トレ、健診後の保健指導、小中学校での健康の授業。自治体の保健師の仕事は、赤ちゃんから高齢者まで、暮らしのあらゆる場面に広がっています。
今回は、山口県周防大島町、京都府八幡市、熊本県人吉市、兵庫県たつの市で働く4人の保健師の歩みをお届けします。

「実際に人の人生に携わることができる仕事で、自分が感動する体験もたくさんできているので、得な仕事だなと思えています」
地域実習をきっかけに保健師を志し、旧東和町への入庁から町村合併を経て、長く周防大島の健康づくりに携わってきた行田さん。母子保健、成人保健、精神保健を経験してきました。
まち全体の健康課題に働きかける周防大島町でのお仕事について、お聞きしました。
町では、健康寿命が県内でも低い水準にあることが課題となっていました。食事調査で塩分過多がわかり、循環器疾患の対策として始めたのが減塩運動です。
減塩には「美味しくない」といったマイナスのイメージがつきもの。そこで「ちょびっとの塩で美味しく食べて元気になろう」と、「ちょび塩」と名付けました。
ポロシャツやソング、ダンスをつくり、保育園児に教えて親御さんへと広げる。スーパーやコンビニとも協力する。人口約13,000人の町を4人の保健師で受け持つなか、地域の団体や食生活改善推進員の協力を得ながら進めることを大切にしてきました。
県民を対象にした「山口健康マップ」のアンケートでも、周防大島では減塩活動の周知や効果への認知が広がっていることがうかがえます。
高齢化率が高い周防大島は、先進的な事業やモデル事業を始める現場にもなっています。「本当に必要だ」と思うことに、「私にしかできない」というくらいの勢いで取り組める。
だからこそ、忙しくても「やらされている」という感覚はないと行田さんは語ります。
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「放っておいたら駄目なんです。誰一人取り残さない、最後の砦みたいなところがあって」
入庁17年目の林さん。16年間、健康推進課で母子保健や成人の健康づくりに携わり、2026年4月から国保医療課で、高齢者の健康事業と介護予防を一体的に進める事業の企画調整を担当しています。
看護師を目指していた林さんが保健師に惹かれたのは、大学の授業で見たビデオがきっかけでした。住民に声をかけながら、港町を自転車でめぐる保健師の姿です。
病院で出会う患者には、病院に来る前と帰った後の生活もある。そこに関わり、病気にならないように支える仕事が自分に合っていると考えました。
印象に残っているのが、介護予防の「ご近所筋トレ」です。65歳以上の住民が5人以上のグループをつくり、DVDを見ながらゴムバンドで筋トレをします。16団体まで増えたものの、コロナ禍で新規の立ち上げはゼロになっていました。
担当になった林さんは、老人クラブや福祉委員会に声をかけ、健康教育の場にDVDを持ち込んで体験してもらいました。今では30か所ほどに広がっています。最初の4週間は職員が毎週通い、その後は住民が自分たちで続ける形。2018(平成30)年から続く団体も、ほとんどが活動を続けています。
健康に関心が薄かった方が、健康マルシェをきっかけに教室へ通うようになり、やがてサポーター養成講座を受けて、地域の体操教室を支える側になりました。本人が「いいね」と思って楽しく通ってくれるようになったことが、すごくうれしかったといいます。
今は、血圧が高い人を放っておかない。誰一人取り残さない最後の砦のような役割に、やりがいを感じています。
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「その地区に暮らす方々に、できるだけ近いところで関わっていきたいと思っています」
一人ひとりの生活に合わせて、小さな変化を一緒に探すのも保健師の仕事です。
ジュースをまず1回だけお茶に変えてみる。人吉市の守屋さんが保健指導で大切にしているのは、正しいことを一方的に伝えるのではなく、その人が「これならできる」と思える方法を一緒に探すことです。
民間病院の看護師を経て入庁し、4年目。保健センターで地区担当として、赤ちゃんからお年寄りまで関わっています。
病気になる前の予防や、地域に根差した関わりに惹かれて保健師になった守屋さん。隣町の錦町出身で、地元に近く、さまざまな経験を積める人口規模だと感じて人吉市を選びました。
1年目は成人保健で、特定健診後の結果説明や保健指導を担当。伝えすぎると、かえって聞いてもらえないこともあるため、対話の中でその人に合った目安を考えます。
難しい2次検査の結果説明では、文献や体のメカニズムを学び直して臨み、「そういうことだったんだ」と伝わったことが心に残っているといいます。
2年目からは、母子から高齢者までを地区ごとに受け持つ体制に。乳幼児健診を運用し、その結果を小児科の先生方にフィードバックしています。小学校入学を控えた5歳児の相談事業では、不安が大きい時期の保護者と個別に向き合います。
地区の小中学校では、生活習慣病やがん教育の授業も担当しています。子どもたちからは「ジュースを減らします」といった感想文が返ってきます。
ある学校で行うと隣の学校からも声がかかり、口コミのように広がっていきました。自分の仕事が地域に少しずつ根づいていく手応えを感じていると、守屋さんは語ります。
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「最後に『岩田さんで良かった』とおっしゃっていただけたんです」
一人ひとりとの対話を重ねた先に、たつの市の岩田さんは、一人の住民との確かな関係を築きました。新卒でたつの市に入庁し、3年目。健康課で予防接種と特定保健指導を主に担当し、精神的な悩みを抱える市民の相談にも応じています。
看護師を目指して大学へ進み、入学後に保健師という資格を知った岩田さん。看護と保健師、両方の実習を経験するなかで、予防的な関わりに強く惹かれました。
病気になってからケアするのも本当に大切な仕事だけど、防げる病気は防いだ方がいい。そこに関われる保健師をかっこいいと感じ、地元でもあるたつの市に入庁しました。
特に覚えているのは、特定保健指導で担当した一人の方です。メタボリックシンドロームの基準に該当し、精神的な疾患も抱えていたため、まずは本人なりの生活のリズムをつくるところから始めました。
本人は「あれでもない、これでもない」と言いながら頑張り、岩田さんもアドバイスできることを伝え続けました。やがて名前をちゃんと覚えてくれる関係になり、最後には「岩田さんで良かった」という言葉をもらいました。
住民との関係を築いていく一方で、岩田さん自身も、職場の先輩たちに支えられながら成長してきました。入庁して驚いたのは、事務作業の量。支えになったのは、事務職の先輩と1年間組むバディ制度と、3年間ずっと一緒に動いてくれるプリセプターの先輩です。
入庁時、健康課の男性保健師は岩田さん1人でしたが、周囲の先輩たちが気にかけてくれました。2025年度には男性保健師が2人加わり、現在は3人になっています。
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何度も顔を合わせるうちに、名前を覚えてもらう。一人ひとりとの対話から、少しずつ行動が変わる。働きかけを続けるうちに、地域の活動が住民自身の手で続いていく。
周防大島町の減塩運動も、八幡市のご近所筋トレも、人吉市の「これならできる」を探す対話も、たつの市で生まれた「岩田さんで良かった」という言葉も、一度きりの関わりからは生まれないものでした。
病気や健康だけを見るのではなく、その人が暮らす時間そのものに関わっていく。4人の話から見えてきたのは、そんな自治体保健師ならではの仕事のあり方です。
