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【建築職・土木職】まちの形を作る仕事ー風景、暮らし、制度まで
【建築職・土木職】まちの形を作る仕事ー風景、暮らし、制度まで
Public Connect
2026/07/31
道も、橋も、建物も、いまある風景ははじめからあったわけではありません。誰かが計画し、地域と対話し、一つずつ形にしてきたものです。
自治体の土木・建築技術職は、その担い手です。「発注者」として企画から完成までを見渡し、"まちにとってどんな意味を持つのか"まで考える。そして、時には構造物だけでなく、制度までつくります。
2026年8月7日、東京ビッグサイトで開かれる「公務員キャリアフェス in 下水道展」を前に、全国4人の技術職員の歩みを紹介します。

「公務員はクリエイティブな仕事。できる範囲を、自分たちで広げていける」(佐倉市 榊田さん)
設計事務所で8年間、オフィスビルから図書館、商業施設まで幅広く設計を手がけてきた榊田さん。
子どもが生まれ、家族との時間を大切にしたいと考えたこと。そして佐倉で暮らすなかで芽生えた「この街をもっと良くしたい」という気持ち。その二つが重なり、生まれ故郷の市役所へ転職しました。
入庁後に配属された施設保全課(当時の名称は資産管理経営室)で、図書館を中心とした複合施設「夢咲くら館」の建設プロジェクトに、自ら手を挙げて参加。計画から完成の1年前まで、約5年間を担いました。
こだわったのは、図書館・子育て交流センター・市史編さんスペース・カフェといった、用途が分断されず「融合」する施設にすること。前職で担当した須賀川市民交流センター(tette)でのワークショップを通じて、「学びたい」「遊びたい」といった多様なニーズは用途に縛られない空間でこそ満たせると気づいた経験が原点でした。
そこで、施設保全課・産業振興課・子育て支援課・図書館・社会教育課など関係部署から担当者を集めてプロジェクトチームを立ち上げ、同じ目線で議論を重ねました。

チームでは「アフターコロナにおける公共空間はどうなるのか」をテーマに社会実験も実施。印旛沼沿いに移動図書館を呼び、その場で売られるパンを食べながら本を読む——そんな新しい公共空間の可能性を探りました。
机上の計画にとどまらず、まちの使われ方そのものをデザインする試みです。

完成した夢咲くら館に子どもを連れて行くと、「お父さんが作った建物だ!」と喜んでくれた。子どもたちが思いもよらない場所で本を読み、学生がデッキで勉強している。想定していなかった使い方に、行くたび驚かされるといいます。
設計事務所では完成後に利用者の反応を知る機会が少なかったけれど、市役所では担当した建物にずっと関わり続ける。生まれ育った故郷で、自分の手掛けたものを家族と使える。それが何よりの喜びだと語ります。
榊田さんが尊敬する公務員から言われた「公務員はクリエイティブな仕事」という言葉。民間はできる範囲がある程度決まっているけれど、公務員は条例を変え、新しい事業を立ち上げ、その範囲を自分たちで広げていける。だからこそ面白いのだと語ります。
関連記事:「生まれ育った街を良くしたい」建築士の視点で描く、夢咲くら館と佐倉市の未来(インタビュー全文)
【Case 2:南さつま市役所 建築住宅課・建築職】自分の仕事が、街の景色になる

「自分の仕事がこの街の景色の一部になり、誰かの喜びに繋がっている」(南さつま市 﨑向さん)
大工だった父に憧れ、家具製作会社で店舗の内装設計を3年、その後は実家の工務店で8年ほど大工として働いてきた﨑向さん。現場で「つくる」喜びを味わってきた職人が、子どもの誕生を機に、故郷の建築職へ転職しました。

入庁2年目に任されたのが、金峰山(きんぽうざん)展望施設の新築工事。トイレ・休憩所・展望台を備えた施設を、若手ながら一から担当しました。
設計段階から電気・機械の業者、観光交流課など他部署とも綿密に協議を重ねる、調整の連続の日々。市の意向をどうデザインに反映するか、コストと品質をどう両立させるか。悩んだ末に完成した施設を見に行くと、そこで訪れた人たちが笑顔で景色を眺めていました。
「自分の仕事が街の景色の一部になっている」と、深い感動を覚えたといいます。
民間は特定のクライアントの要望に応える仕事。一方、公共建築は「万人のため」のもの。誰か一人の好みではなく、すべての市民にとって安全で使いやすく、長く愛されるものでなければなりません。
その責任は重いけれど、「市民の税金や財産を預かり、その未来を代表して建設させてもらっている」という自負こそが、自治体の建築職としての誇りだと語ります。

大工として培った「現場の肌感覚」、そして民間で身につけた「コスト意識」。税金を使う以上、いかに無駄を省き効果を最大化するか——その徹底が、市民への誠実さにつながると信じています。
加えて﨑向さんには、もう一つの視点があります。入庁後は建築係で4年、その後は人事交流で鹿児島県南薩地域振興局へ2年間派遣され、建築基準法に基づく「審査」「検査」といった許認可の側面を学びました。
市役所の「つくる側」と、県の「審査する側」。両方を知ることが、建築行政を多角的に捉える強みになっているといいます。
いまは係長として、20〜30代中心の活気あるチームを率いています。「気軽に声をかけてもらえる距離感の近い係長でありたい」と、次の世代へバトンを渡そうとしています。
関連記事:「大工の経験を街の未来へ」――。南さつま市役所の建築職として挑む、公共建築ならではの大きなやりがい(インタビュー全文)

「完成したものが地図に載ったのを見た時は、震えるような感動がありました」(周防大島町 徳吉さん)
高校卒業後に入庁し、27年にわたって道路・下水道・漁港と、島の重要インフラを支え続けてきた徳吉さん。島という、暮らしをまるごと自分たちの手で担う場所で働いています。
現在は島内13の漁港を担当。船を停めるスポットを含めると30箇所以上の施設があり、建設から50年以上経った施設の更新や、台風対策の消波ブロック設置、補修工事を担います。
漁港の仕事は、ただコンクリート構造物を造るだけではありません。工事のために漁師さんに船を移動してもらい、作業時間を調整する。地元との人間関係をどう築くかが、工事の成否を分ける。誠実に相談を重ね「協力してやろう」と言ってもらえたとき、そこに土木職の醍醐味があるといいます。

特に心に残るのは、若い頃に担当した離島・浮島(うかしま)へ向かう渡船の浮桟橋新設工事。事業費1億円超、受注業者は大手ゼネコン。若い徳吉さんには毎日が勉強の連続でした。
完成し、自分の携わったものが形になって地図に載ったとき、震えるような感動がありました。いまもその桟橋を多くの人が使う姿を見るたび、「これは自分が作ったんだ」という誇りが込み上げるといいます。
後輩には「分からないことは正直に分からないと言おう」と伝えます。知ったかぶりで中途半端に答えることが、後々地元への迷惑につながるから。
ミスをしてもいい、次に活かせばいい。バックアップは自分がするから、若いうちは難しい工事にどんどん挑戦してほしい——。
風通しの良い現場で、役職に関係なくフラットに議論する。それが良いものをつくる近道だと考えています。「この島で一緒に、地図に残る仕事をしましょう」と語ります。
関連記事:島を守り、未来を築く27年の誇り〜山口県周防大島町で土木技術職として生きる理由(インタビュー全文)

「制度を作る側に回ればいい。ルールを変えることで、日本の土木をもっと面白くできる」(新潟県 武藤さん)
測量機器メーカーに約10年勤務した武藤さん。うち約4年間はアメリカ・カリフォルニアのグループ会社に出向し、カナダ・ロシア・インド・中国と多国籍のチームで、GNSS測量機開発のプログラムマネージャーを務めました。
子どもの誕生を機に、生まれ育った新潟へ戻り、県庁の土木職へ転身しました。
前職では、重機を自動で動かすICT活用工事の普及に携わっていました。世界最高水準の技術なのに、日本ではなかなか浸透しない。突き詰めると、それは製品ではなく「制度の問題」だったといいます。
アメリカでは工事を早く終わらせれば浮いたコストが企業の利益になる。一方、当時の日本では効率化しても「工事成績の点数」として評価される仕組みだった。これでは新技術に投資する動機が生まれない。メーカーの立場からいくら訴えても、仕組みが変わらなければ業界は変わらない。
「それなら、制度を作る側に回ればいい」
国という選択肢もあったけれど、生まれ育った新潟への手触り感のある貢献がしたかった。広域の制度設計と現場の両方に関われる県庁を選んだ、決定的な理由でした。
入庁後、最初に配属されたのは道路の維持管理を担当する部署。駅前の古い側溝を70メートル敷設し直す小規模な工事を担当し、完成後、近くに住む年配の方が「ガタガタして歩きにくかったから、本当に助かったよ」とわざわざ声をかけてくれました。
メーカー時代の「お客様」はビジネス上の相手。だが県庁では、整備したインフラを日々使う住民から直接感謝が届く。自分の仕事が誰かの不便を解消し、安全につながっている——その実感が、この道を選んでよかったと思わせてくれたといいます。

現在は計画調整課で「事業の卵を育てる」仕事を担います。新発田地域整備部が管轄するのは、新発田市・胎内市・阿賀野市・聖籠町の3市1町。
各市町の首長から寄せられる「ここに道路を作ってほしい」「この橋を架け替えてほしい」という要望を精査し、将来の交通量や周辺環境への影響を分析して、国や県の本庁に「これは事業化すべき案件だ」と提案する。まさに、地図に道を描き始める最初の一歩を創り出す役割です。
前例を踏襲するだけでなく、自分のアイデア次第で10年後、20年後の新潟の姿を変えられる。いまは中学・高校で出前授業も行い、「地図に残り、人から感謝される最高に格好いい仕事」だと、次の世代へ土木の魅力を伝えています。
関連記事:制度を変えれば、日本の土木はもっと変わる。転職を経て故郷・新潟県庁を選んだ理由(インタビュー全文)
榊田さんの複合施設、﨑向さんの展望施設、徳吉さんの浮桟橋。それぞれが「自分が作ったものが、まちの景色や地図になる」喜びを語ります。そして武藤さんは、構造物だけでなく、それを生み出す「制度」そのものをつくり替えようとしています。
4人に共通していたのは、自分が関わった仕事が「まちの形になって残り、人の暮らしや風景の一部になる」ことに手応えを見出している点でした。
建物から、道から、漁港から、制度まで。自治体の土木・建築技術職は、いまあるまちの形に手を入れ、より良い姿へつくり替えていく仕事です。その担い手たちに直接会えるのが、8月7日のキャリアセミナー/公務員キャリアフェスです。




